第20話 ヴィジュアルさいきょー
雪村さんを怒鳴った男を親父がバックヤードで宥め、ことの発端を問いただした。
彼は、『きのう雇用したメイドがやばいらしい』の大ファンらしいのだが、雪村さんのコスプレに納得していなかった様だ。そして接客態度もキャラクターと全然違うことに腹を立てて雪村さんを怒鳴ったみたいだ。
男が腹を立てた理由に、多少は店の落ち度もある。コスプレカフェを名乗って経営しているのだから、そのキャラが接客してくれると勘違いする人もいるかもしれない。ただウチはコスプレカフェと名乗っているが、モノマネカフェではないことを理解していただきたい。
だが、女の子に手を上げるというのは見逃せず、そこはしっかりと反省して欲しいことを親父が述べると、簡単に頷いたみたいだ。
そりゃ、あんなアンバランスマッチョに責められたら怖いよな。夢に出て来そうだし。
親父も大事にはしたくないからと警察までは呼ばなかったが、次はないとのことを告げてくれた。それを了承した男は、あっさりと帰ってくれた。
「多分、大丈夫だとは思うけど、逆恨みとかあるかもしれないから、しばらく雪村さんを家まで送ってあげて。色葉ちゃんは僕が送っておくから」
親父の言うことはもっともだ。クローズ作業を終え、俺は雪村さんを家まで送ることにする。
それは良いんだが──。
「近いな、おい」
カフェを出て、住宅街を駅の方へと歩いて行く夜道。
彼女は俺の腕にしがみついて歩いていた。
「……っはぁぁ♡ 一日中働いた後の匂い、キマルゼ、オイ♡♡」
「そんなこったろうと思ったわっ!! はなれんかいっ!!」
振り払うように腕を振ってやると、むしろ喜んできやがる。
「上下運動によって生じた汗の濃いのがたまんねぇ♡♡」
「やめろおお!! 夜中に、そんな、発言したら、本気でやべぇ、だろうがっ!!」
思いっきり突き放してやると、ようやくと彼女が剥がすことに成功する。しかし様子が変だ。今度は俺に抱きつくどころか、自分の匂いを嗅ぎ出した。
「残り香、たまらぬ♡♡」
こいつ末期だわ。
「ほら、行くぞ」
ったく。これが学園の三大美女ってんだから世の中どうかしてるぜ、ほんと。つうか、これなら彼女の真相を知らずにいたかったわ。清楚系の可憐な顔でド変態とか、俺の普通の性癖が歪んでしまう。それはそれでありなのか……? まてまて、変態のベクトルが異常だろ。
そんなことを思いながら、一歩、二歩と進んで気がつく。
あいつ、まだ俺の残り香とか言って変態発動させてんのか。そんなことしてたらいつまで経っても家に帰れないだろうが。
「おい、雪村さん──」
振り向いた時に気がついた。
彼女が俯いて立ち尽くしている。
「雪村さん?」
さっきと全然様子が違うことに違和感があり、少し優しめに呼びかけると、俯いたまま応答があった。
「私……その……」
彼女は震えていた。
考えてみたら、初めてのバイト。初めての接客。それでいきなり怒鳴られて、変な男に手を掴まれたら怖くもなる。
変態を発動させて自我を守っていたが、急に思い出して怖くなったというところだろうか。親父が家まで送れってのは、こういうこともあるかもしれないからってことだったのかも。
「バイト、やめたくなった?」
聞くと弱々しく首を横に振っていた。
「それは俺の匂いを嗅ぎたいからやめたくないってこと?」
「それもあるけど……」
あるんかいっ。ぶれないな、この子。
「初めてコスプレして、接客して……。店長さんも優しくて、七式さんもかわいくて……その、降井くんも頼りになって……ちょっとしか働いてないけど、楽しかったからまた働きたいって思う」
でも……とバツが悪そうに歯切り悪く言葉を放つ。
「キャラをバカにしたつもりはないけど、お客さんにそう思われるなら、やめた方が良いのかなって……思っちゃって……今も降井くんがわざわざ家まで送ってくれてるし……みんなに迷惑かける」
「こんなの迷惑になんねぇよ」
「……え?」
俺の答えにようやくと顔を上げてくれた。
「むしろ感謝してるくらいだ。バイト初日でほぼ一人立ちできてたし。親父は良い人材を確保したと思う。色葉だって雪村さんのことベタ褒め。あいつコミュ症なのにペラペラペラペラと雪村さんを褒めちぎってたぞ」
色葉は学園の三大美女に俺が脅されてると思ってるのにそんなの忘れてた様子だよな。趣味の力ってすげーわ。
「親父も色葉も……まぁ俺も、雪村さんにはいて欲しいと思う……から、やめるとかいうなよ」
自分の言っていることが途中で恥ずかしいセリフなことに気がついて、照れて頬をかきながらの発言になってしまった。
「えっと、雪村、さん?」
こんな俺の安っぽいセリフじゃなにも響かなかったか、反応はなかった。
かと思うと、ゆっくりと俺に抱きついてくる。
「ちょ……!?」
「すぅぅぅ、はぁぁぁ♡ デレ男子の匂いくっさぁ♡ 染みりゅゅ♡」
あー、はいはい。この子はこういう子でしたね。変態担当のラスボス様は精神力もラスボス級ってか。
「いい加減に──」
「ありがと、《《自由》》くんっ」
俺のことを名前で呼ぶと、俺から離れてニコッと天使のような笑顔を見してくる。
「次回からも、私、バイトがんばる。だから見ててね、自由くんっ」
月明かりを浴びた雪村佳純は本当に天使のように綺麗だった。
こんなヴィジュアル卑怯だろ、ちくしょう。




