第19話 ド変態は揺るがない
学園の三大美女が一人、ド変態担当の雪村佳純はウチの面接をクリア。即採用の、即出勤となった。
今回のコスプレ案は、『今日雇用した変態がやばい』というアニメのコスプレ。いや、『きのう雇用したメイドがやばい』だったか……ま、どちらでも良いが、コスプレにより彼女は初日からメイド服を着ての初仕事となった。
「──紙ナプキンとか少なくなってるところの補充。ついでにサッとテーブルを拭いたりとか」
「はい」
仕事を教える役目は自然と俺になってしまった。
親父は基本的にキッチンと事務作業だし、色葉は口下手で教えるなんてできないだろう。コスプレするとそのキャラになりきるが、それで仕事を教えるなんてできなさそうだから。
「あと、ウチはコスプレカフェだから、そのキャラになりきって接客するのが大事だ。案は基本的に色葉が出してくれるから、わからないキャラ設定だった場合は、色葉に聞けば良いよ」
「はい」
真正の変態なわりに、ハキハキと教わる姿勢を見せる彼女が逆に怖かった。
今はお客さんも少ないし、ソッと彼女に尋ねてみる。
「……なにが目的だ?」
「んー?」
唐突なこちらの質問の意図をわかっているのか、なんだか含みのある顔をされてしまう。
「客としてじゃなくて、ウチの従業員になるなんて、なんの目的があるんだよ」
さっきの質問じゃ少し遠回しなため、ストレートに聞いてやる。
「そりゃ──」
雪村佳純は俺に近付いて、クンカクンカと鼻を鳴らすととろけた顔で俺を見てくる。
「これで無料で匂いを嗅げるでしょー♡♡」
「大方予想通りだな、ちくしょうが……」
「んほぉぉ♡ 学校終わりでそのままバイトする男子の匂い、やっべぇ♡♡」
可憐なメイド服を着た女性がおほ声発動させんな。つうかお客さんに聞こえたらどうすんだよ。
「しかも、バイト代でシフトじゃない時も客として来店して、降井くんにチップ出して嗅ぎ放題って戦法だよ」
「お前、バイト代を俺の匂いにぶっ込むなよ」
「全プッシュ余裕」
やだ、この子、怖い。
「ほ、ほら。男子更衣室の匂いを嗅いでたんだろ? それって他の男の匂いも興味あるってことだよな? 男ならなんでも良いんだろ?? な???」
「そうだねー」
新しいタイプのビッチを認めたが、すぐさま俺の匂いにロックオン。
「でも今は、降井くんに夢中だよ♡♡ んほぉ♡♡ たまんなぃ♡♡」
新しいタイプのビッチを新しいタイプの一途に更生させた俺のばかっ。
♢
ド変態の教育係として色々と教えているんだが、時折俺の匂いを嗅ぐ以外は優秀な子らしい。仕事を覚えるのも早いし、色葉からコスプレしているキャラの設定を聞いて、そのキャラになりきって接客してくれているし、申し分ない働きぶりだ。
「親父。そろそろイベントの時間だし、俺も色葉にメイクをしてもらってくるわ。ちょっとだけ雪村さんのこと見ててよ」
「おっけー」
そう言い残して、バックヤードのドアを開けた時だ。
「なめてんのかっ!? ああ!?」
店内に怒号が響き渡った。男の声だった。先程まで穏やかな時間が流れていたのに、店の中は一気に緊張が走り、張り詰めた空気に変わってしまう。
声の方を見ると、ヒョロくてボサボサ頭の男性客が雪村さんに向かって怒鳴りちらしていた。
バックヤードの中にいた色葉が怯えているのがわかり、「大丈夫だから」と手を上げて合図。
親父は可愛い顔をしているが、筋肉を膨張させて今にも現場に急行しそうになっていた。
「親父。俺がヘルプに行くから」
ウチの親父は結構武闘派。話が通じなければ余裕で追い出す。それでも抵抗するなら容赦しない。あの筋肉でしばかれたら相手が簡単に病院送りになっちまう。最後の砦。リーサルウェポンだ。
まだどちらに非があるのかわからない状況で親父を解き放つのは危険だ。店の評判にも関わる。まずは俺が間に入ってから状況確認だ。
「お客様。どうなされましたか?」
「うっさい!! お前は関係ない!! 俺はこいつに言ってんだ!!」
頭に血がのぼってしまっているのか、血走った目で雪村さんの手を乱暴に握った。
「いたっ……!!」
「メイドならメイドらしくしろよ!! 俺が教育してやるっ!! ほら、行くぞっ!!」
どうやら頭がおかしい客みたいだ。
俺は男が握っている手を振り解き、雪村さんをこちらに引き寄せた。強引な割に力の弱い男らしい。
「な、なにすんだよ!! なに抱きしめてんだよ!! 俺のメイドだぞ!!」
どうやら本当にとち狂っているみたいだ。こんなのは客でもなんでもない。
「このメイドは俺の大切なメイドだ。お前なんかに渡さない」
おおおおおお──!!
張り詰めた現場の空気が一気に和らいだ。それどころか、他のお客さんから歓声の声が上がる。
「やっば、ご主人様の再現度高すぎ」
「流石カフェふりーのコスプレ。レベチだわ」
「さいこー!!」
なんだ、なんだ、なにが起こっている?
歓声の中、「お客さん、ちょっと」と親父がさっきのとち狂った客をバックヤードに連行していった。入れ替わりで色葉が物凄い満足そうな顔でやってくる。
「さ、流石です!! 自由くん!!」
「な、なにが?」
「今のは、『きのう雇用したメイドがやばい』のアニメ10話のご主人様の名言!! ライバルにメイドを取られそうになった時に発した名言中の名言。あの状況、沈黙、間、息継ぎ。全てにおいてご主人様でしたよ!! やっべかったですよ!! 自由くんっ!!」
色葉の発言に合わせて周りの歓声も熱くなる。どうやら意図せず俺はコスプレアニメの名台詞を吐いてしまったようだ。だからお客さんもイベントかなにかと勘違いしちゃったのかな。
そんな中、引き寄せた勢いで抱きつく形となってしまった雪村さんが俺の胸の中で震えていた。
そりゃいきなり怒鳴られたときたら怖かったろう。震えて当然だ。
「雪村さん。大丈夫か?」
盛り上がるカフェとは裏腹に、怖い思いをした雪村さんは俺を強く抱きしめ──。
「すぅぅぅ」
ちょっと。なにをそんなに大きく息を吸ってんだ。
「ぷっはあああ♡♡」
そして上目遣いで俺を見る顔は、完全に決まっていた。
「やっべぇ♡♡ 私を守ってくれたご主人様の濃いのがダイレクトに♡♡ さいこーにくっさぁ♡♡ 脳がふるえりゅゅゅ♡♡」
あ、はい。こいつは大丈夫みたいだ。流石はド変態。あの程度じゃ揺るがないか。




