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最初の依頼と、飢餓化という現実

「ただし、一つ注意があるぜ」


 ヒバナの声が、ほんの少し低くなる。


「注意?」

「俺が掴んでる情報だと、その場所には――行方不明になった“飢餓化”がいるらしい。しかも獣人だ」


 空気が、一瞬で張り詰めた。


「そいつの制圧も頼みたい。……厳しいか?」


「獣人の飢餓化、か」


 俺は短く息を吐いた。


 飢餓化には大きく分けて二種類ある。

 人間の飢餓化と、獣人の飢餓化だ。


 人間の飢餓化は、能力を持たない者がなるケースが多い。

 脳の安全装置が外れ、異常な怪力を得る――それだけでも十分に危険だが、まだ対処は可能な部類だ。


 問題は、獣人の飢餓化。


 飢餓化の本質は「自我の崩壊」と「力の暴走」。

 本来、生物は無意識に力を制御していて、全力の二割ほどしか出せない。

 だが飢餓化すると、そのリミッターが外れる。


 そこに獣人特有の“獣の力”が重なれば――

 制御不能の怪物が出来上がる。


 人間の飢餓化との戦闘死亡率が三割だとすれば、

 獣人相手では六割、下手をすれば七割を超える。


 熟練ヒーローでも油断すれば命を落とす相手だ。


 まして――


 ちらりと隣を見る。

 エリィは状況を深く理解していないのか、のほほんとした表情だった。


 俺がヒーローを一度絶たれた原因も、獣人の飢餓化。

 戦闘経験の浅いエリィを連れて挑むのは、明らかにリスクが高い。


 だから俺が考え込んでいると――


「ノアス君、やろうよ!」


 即答だった。


「……やろう、って。命に関わる仕事だぞ」


「うん、分かってるよ」


 エリィは少しだけ真剣な顔をして、けれど迷いなく言った。


「でもさ、困ってる人がいるんでしょ?

 ヒーローって、そういう時に動く仕事だと思うんだ」


 そして、にっと笑う。


「何かあったら、ノアス君が助けてくれるでしょ?」


 その言葉に、胸が小さく痛んだ。


 ――聞いたことがある。

 まるで、あの子の口癖みたいだ。


「……分かった」


 俺は観念して頷いた。


「ただし条件がある。

 獣人の飢餓化は優先順位を下げる。

 初戦闘だ、命の危険を感じたら即撤退。

 最悪、成果ゼロでも構わない」


 ヒバナを見る。


「それでも、掲示した報酬は貰う。いいな」


 友人相手でも、甘くはしない。

 これは命を賭ける仕事だ。


「分かった。頼む」


 ヒバナは真剣に頷いた。


「この依頼はヒーロー協会にも出してる。他のヒーローと鉢合わせる可能性もある。

 協力でも何でもしてくれ。

 食料確保には報酬、飢餓化制圧には追加報酬だ。

 制圧報酬は倒した奴だけが受け取る仕組みにしてある」


 地図を差し出される。


「目的地は王国から半日ほどの洞窟だ。よろしくな」


 受け取った地図に描かれていたのは、草食動物が多く生息すると噂される洞窟。

 噂が本当なら、食料は期待できる。


「じゃあ、行ってくる」


「え、今からか?」

「ライバルがいるかもしれないだろ。待つ理由はない」


 俺はエリィを見る。


「準備は?」

「万端だよ! 私、国の外に出るの初めてだから楽しみ!」


 ピクニック前の子供みたいな笑顔に、不安がよぎる。


「……絶対に死ぬなよ」


「お前が言うか。でも任せとけ。そんなヘマ、二度としない」


「二度と……?」

「行くぞ、エリィ」

「う、うん!」


 疑問を浮かべつつも、エリィは深追いしなかった。


***


 昼過ぎ、正門を抜けて国の外へ。


 季節は穏やかだが、景色は痛々しい。

 枯れ草、萎れた木々、痩せ細った小鳥。

 外の世界も、飢餓の呪いに蝕まれている。


「外の世界って、どれくらい危険なの?」


 長い枝を杖代わりに、エリィが俺の隣を歩く。


「昔は魔物がいたらしいが、今はほとんどいない。

 飢餓で死んだか、別の地域へ逃げたんだ」


「じゃあ安全?」

「油断するな。空腹の動物は、人も襲う」


「はーい」


 素直に返事をしながら、エリィは少し先を走り、くるりと回った。

 鳥かごから解き放たれた鳥みたいだ。


 俺は外の世界の雑学を話しながら、洞窟を目指して歩き続けた。


 ――これが、俺たちのヒーローとしての最初の一歩だった。

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