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腹が鳴る、それだけで

長老の姿を認めた瞬間、獣人たちは一斉に食事と会話を止めた。

広場にあったざわめきが、嘘のように静まり返る。


ただ、立っているだけ。

それだけで伝わる。

この存在が、獣人たちにとってどれほど大きいのか。


「……多くの者は、今の話を聞いても納得できぬじゃろう」


長老はゆっくりと、しかし確かな声で語り始めた。


「儂はこの国の創設から、人間も獣人も見てきた。

喜びも、憎しみも、裏切りも、そして多くの終わりをじゃ」


一拍置き、長老は続ける。


「その積み重ねが、今の歴史を作った。

――だが、その歴史は正しかったか?」


答えを待たず、長老は首を振った。


「ノーじゃ。

いがみ合っても、何一つ生まれはせん」


会場が、しんと静まる。


「今回、飢餓の始祖を討った者たちを、多くが知っておるじゃろう。

二人は、争わず、話し合い、笑い合い、時に泣いた。

その関係性そのものが、今までの歴史が誤りだった証じゃ」


長老の視線が、こちらを向く。


「……儂は長い間、歴史から目を背けてきた。

じゃが、ヒーローは――ノアスは、儂にこう言った。

『獣人の歴史も教えて欲しい』と」


ざわり、と空気が揺れる。


「そんな人間が、今まで何人いた?

今日の踊りもそうじゃ。

人間は、初めて歩み寄ってきた」


長老は拳を握りしめる。


「ならば、次は儂らの番ではないか。

誇り高き獣人として、けじめをつける時じゃ」


声が、次第に熱を帯びていく。


「少しずつでよい。

一歩ずつでよい。

前へ進めば、それでよいのじゃ」


そして、長老は叫んだ。


「さあ、歩もうではないか!

我が娘たちよ!」


次の瞬間、獣人たちが一斉に拳を突き上げた。

重なった声は地鳴りのように響き、足元が揺れる。


「何かあれば、儂が聞こう。

儂らは、これから新しい歴史を作る」


それだけを残し、国王と長老は舞台を後にした。


「……影響力、凄いね」


「長老は何百年も生きてきたから」

リーリスが微笑んで言う。

「私たちにとっては、母みたいな存在なの」


「長老が言うなら仕方ないのう。

面白い姿も見られたし、にゃはは」


「実はリン、長老に憧れて口調を真似してるんだって」

リーリスが小声で付け加える。


「オイ、ジータ。何を吹き込んだんじゃ」


「仕返しさ」


眼鏡を押し上げるジータと、頬を膨らませるリン。

そんな光景を眺めながら、祭りは夜まで続いた。


獣人と人間が言葉を交わし、笑い合う。

いがみ合う者は、その日、誰一人いなかった。


祭りの後、俺はエリィと二人きりになる。


「これからだね。ここから始まるんだ」


「ああ。一緒に目指そう。

区別も、差別もない世界を」


その時――


ぐぅー。


「……なんだ?」


「ふふ。ノアス君のお腹だよ」


俺たちヒーローは、空腹にならない。

それが、飢餓の呪いによって生まれた性質だった。


それなのに――今、俺の腹は鳴っている。


「これが……空腹か」


呪いを越え、

俺たちはこの世界の“生き物”になったのだと、ようやく理解した。


「さあ、飯でも食いに行くか」


「うん!」


腹の音一つで、心が晴れていく。

俺とエリィは、輝く街の中へ歩き出した。


新しい歴史が、

静かに、確かに始まっていた。

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