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月下の亡霊と、銀の獣人

ヒーローでなければ、街の外へ出る事は出来ない。

 そして今の俺はヒーローではない。資格を失った俺は、いわば国に幽閉された身だ。


 街の苦痛を見て、悲鳴を聞き、貧しい世界をただ傍観するだけしか出来ない現状は――正直、拷問だ。


 ヒバナと再会してから一週間。

 今夜もまた、時間だけがやけに冷たく過ぎていく。


 街の明かりが全て落ちているからか、満月の金色はいやに眩しかった。星々の瞬きも、初めて見たときは感動したものの……慣れてしまえば、それもただの景色だ。


 俺はもう半年近く、朝から晩まで、まるで死に場所を探す亡霊のように街を徘徊している。

 一人の獣人――碧眼の少女を探すために。


「……今日も帰るか」


 先の見えない暗闇を歩き続ける感覚。挫けそうになった日は数知れないが、それでも完全に折れなかったのは――あいつの声が、まだ心に残っているからだと思う。


「まさに亡霊探しだよな、これ」


 ため息を落として踵を返そうとした、そのときだった。


「こうやって、こう! それからあーやって、こう! どりゃあ!!」


 坂の下。川沿いで、一つの影が騒がしく跳ねていた。


 影は見えない敵と戦っているような、大きく、そして……驚くほど下手くそな動き。

 陸に打ち上げられた魚か何かか? 獣人のくせに戦闘経験ゼロみたいな、妙に素人くさい。


 なんで獣人が一人で? 珍しい。


 気付けば俺の足はその影へ向かっていた。


「おい、あんた。独りで何してるんだ」


 月明かりに照らされた彼女は、繭糸のように美しい銀髪の少女だった。犬の耳がぴくぴく動く。


「えっと、貴方は……?」


「いや、あんたの動きがあまりにも素人だったからな。獣人のわりに戦い慣れてないように見えた」


「アハハ、やっぱり? 私、下手っぴ?」


「ああ、かなりな」


 普通の獣人なら怒るところだが、彼女は後頭部をかきながら恥ずかしそうに笑った。


「君は戦い慣れてそうだね。もしかしてヒーロー?」


「いや。元ヒーローだ。あんたは?」


「私はヒーローじゃないよ。……ていうか君、人間=獣人は暴力的って先入観あるでしょ?」


「まあ、獣人は戦闘狂ってイメージがあるからな」


「仕方ないかぁ。でもね、私はヒーローを目指してるんだ。人間と協力して、飢餓の始祖を倒すのが目標!」


「へぇ……ずいぶん珍しい理由だな。獣人で人間と協力とは」


「うん、私の“目指す世界”があるんだよ」


「目指す世界?」


「聞いてくれる? 絶対笑わない?」


「ああ、笑わない」


 すると彼女は胸に手を当て、はっきりと言った。


「――区別も差別もない世界を作りたいの」


「――!」


 雷に打たれたような衝撃だった。

 既視感が襲う。

 その言葉を、俺は“知っていた”。


「そういえば、名前を言ってなかったね。私はエリィ。オオカミの獣人。君は?」


 月光に照らされたその瞳は――碧眼。

 俺が探し続けていた色。


 神々しいほどの光景に、息を呑んだ。


「俺は……ノアス」


 ようやくそれだけを口にした。


 名前にどう反応されるか恐怖したが、エリィは向日葵みたいな笑みを浮かべる。


「いい名前だね。髪も同じ銀色だし。ねえ、君って強いの?」


「……ああ。自信はある。――なあ、もし相棒がいないなら……俺と一緒にヒーロー、やってみないか?」


 自分でも驚くほど緊張していた。初めてヒーローになった日のような、背筋が張りつめる感覚。


「私はいいけど……ノアス君は大丈夫?」


「え、大丈夫って何が?」


「ほら、私は弱いよ? 迷惑かけちゃうと思うけど」


「あー……獣人の強さは関係ないぞ。ヒーローとしての役割はな。人間に“憑依”して、力を貸すことだ」


「えええ!? じゃあ私、この半年の修行……全部意味なかったの!? ショック!!」


 エリィは膝から崩れ落ち、涙目でうずくまった。ほんと、子供みたいだ。


「まあ、努力して損はない。さっきのは置いといて……もう一度聞くぞ。

 ――俺と一緒に、ヒーローをやってくれるか」


「もちろん!! よろしくね、ノアス君!」


「こちらこそ」


 差し出された小さな手を握り返し、

 俺たちは――ヒーローとしての新たな一歩を踏み出した。

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