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腹が満ちても、心は満たされない

 道中、人々はまるで餌に飢えた獣のように、食に集中していた。

 誰もが黙々と口を動かし、空腹を満たすことだけに意識を向けている。


 ――この光景を、俺はどれほど待ち望んでいたのだろう。


 そんな思いを胸に、俺たちはヒーロー協会へと辿り着いた。


 協会の中には、すでに多くのヒーローが集まっていた。

 外の異変について、口々に議論している。


 数名の獣人の姿もあったが、エリィたちが外で声をかけたことで、トラブルもなくその場を離れていった。


「集まってくれ。話がある」


 俺はテーブルの上に立ち、大きく声を張り上げる。

 ジータとランも手を叩き、人を集めてくれた。


「今、外が大混乱なのは――俺とエリィが、飢餓の始祖の討伐に成功したからだ」


 一瞬の静寂。

 次の瞬間、木々がざわめくように空気が揺れた。


「本当かよ!」

「証拠はあるのか!」


「証拠なら外にあるだろ」


 声を荒げたのはジータだった。


「食料が空から降ってきている。この現象を説明できる奴がいるなら、今すぐ言え。

 それとも、俺たちが命懸けで倒してきた存在を、まだ疑うのか?」


 強い言葉に、空間は一気に静まり返る。


 俺は一度咳払いをし、飢餓の呪いの正体、獣人の力の抑制、そしてこれから起こる変化について、包み隠さず語った。


「……マジかよ」

「じゃあ、獣人は今以上に危険になるってことか」


 予想通りの反応だった。

 恐怖と困惑が、ヒーローたちの顔に浮かぶ。


「獣人の本能は、人間の恐怖に呼応する」

 俺は続ける。

「飢餓の呪いについて、すべての獣人に話すつもりはない。

 だが俺とエリィが目指すのは――人間も獣人も、区別や差別のない世界だ。

 それを、今から本気でやりたい」


「無理だ!」

 一人のヒーローが声を張り上げた。

「獣人の暴力は、ここにいる全員が知っている!」


 怒りは連鎖し、多くが頷く。


「俺とエリィを見てくれ」


 俺は一歩前に出た。


「俺たちの夢は、何度も笑われた。

 それでも、飢餓の始祖を倒した。

 いがみ合っていたら、絶対に不可能だった」


 言葉を噛みしめる。


「壁を越えて、手を取り合って、話し合って、分かち合った。

 だから成し遂げられたんだ」


「そうだよ」


 ランが続く。


「この中にもいるでしょう?

 僕やリーリスたちのボランティア活動に参加してくれた人たちが。

 本当は……仲良くしたいって思っている人たちだって」


 視線が揺れる。


「……じゃあ、どうする」

「獣人は暴力的だ。ジータ、あんただって揉めてきただろ」


「確かに」


 ジータは淡々と頷いた。


「僕の相棒、リンは暴君だ。

 気に入らなければ暴れるし、人間を見下す。

 獣人の悪い見本みたいな奴だ」


 そう言って、眼鏡をクイッと上げ、少し笑う。


「それでも勝てればいいと思っていた。

 ――でも、僕たちはノアスたちに完敗した」


 空気が張り詰める。


「すると不思議なことに、リンは変わった。

 話し合うようになり、暴力も減った。

 この中にも、僕らにボコボコにされた奴がいるだろ?」


 苦笑が漏れる。


「いがみ合って、良いことなんて一つもない。

 獣人は餓鬼だ。

 だからこそ――大人の僕たちが、近づくしかないんだ」


 沈黙。

 だが、拒絶ではなかった。


「……じゃあ、きっかけが要るな」


「任せてくれ」


 俺は頷いた。


「知り合いに葬儀屋がいる。

 話がまとまったら来いと言われている。

 獣人と歩む覚悟がある奴は、俺たちについて来てくれ」


 俺が歩き出すと、ヒーローたちが続いた。


 全員ではない。

 だが、七割近くが背中を預けてくれた。


 ジータの実績。

 ランの積み重ね。

 ――俺一人では、成し得なかった。


 俺たちはヒバナの元へ向かう。


 道中、満ちていく世界を見て、多くのヒーローが笑っていた。


「じゃあ、後でな」


 ヒバナの家の前には、すでに人だかりができていた。


「待たせたな」


「街中の職人に声をかけていた。

 明日の葬儀を盛り上げる準備だ」


 ヒバナはニヤリと笑う。


「で、どうすればいい。獣人と和解するには」


「簡単だ」


 ヒバナは即答した。


「服を脱げばいい」


「……は?」


 全員が同じ反応をした。


「警戒を解くのは簡単だ。

 無害だってことを、体で示せばいい」


 不安はあった。

 だが――俺たちは、もう後戻りしない。


「中に入れ。作戦会議だ」


 こうして、次の一手が動き出す。

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