表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/41

それでも俺は、消えないと誓った

「俺は、幼い頃の記憶がない……それって」


 言葉の続きを、俺自身が恐れていた。


「そうです」


 飢餓の始祖は、淡々と告げる。


「貴方たちは――飢餓化の暴走による突然変異で生まれた存在。

 幼少期という概念は、最初から存在しません」


「……」


「気づいた時にはヒーローに属し、遺伝子に刻まれた使命――

 私を倒すか、国を守るか。そのためだけに行動していたのです」


「それって、つまり……」


 言葉にする前から、胸の奥がざわつく。


 ――俺たちは、最初から操り人形だったってことか。


 しかも、俺たちを創り出した存在は、憎んできた相手。

 飢餓の始祖その人。


 嘘だ。

 そんな都合のいい話が、あってたまるか。


 けれど――否定できなかった。


 俺は、他のヒーローから「幼少期の話」を聞いたことがない。

 能力者は皆、例外なく飢餓の始祖を討つために動いていた。


 反射の件も、すべて辻褄が合ってしまう。


 ――奴の言った通りだ。


「私を倒した場合」


 飢餓の始祖は、静かに続ける。


「私が創り出した貴方たちが、この世界に残れる保証はありません。

 可能性は五分。消滅するか、残るか」


「……!」


「私という存在が消えることで、同時に消える可能性。

 あるいは、飢餓化の延長として存在が固定され、残る可能性。

 どちらも否定できません。私にも断言はできないのです」


 飢餓の始祖を倒した先の世界に――

 俺たちがいない可能性。


 じゃあ、その先、誰がこの国を守る?


「けれど、ノアス」


 視線が、俺からエリィへ移る。


「貴方たちは認められた。多くの者に期待され、信頼された。

 エリィ、貴方も同じです」


「……」


「だから私は、二人の前に姿を現しました。

 仮に能力者が消えたとしても、貴方がいる」


 エリィは、ぎゅっと拳を握りしめている。


「ノアスと共に過ごし、ベルの意思を継ぐ貴方なら――

 この国を任せられる」


「……っ」


「もう、独りではありません」


「無理だよ!」


 エリィの叫びが、空気を裂いた。


「意味わかんないよ……!

 ママはもう死んでて、その体は飢餓の始祖で……

 それを倒せば全部解決だと思ってたのに……!」


 声が震える。


「そしたらノアス君が消えるかもしれないなんて……

 そんなの……そんなの、あんまりだよ……!」


 大粒の涙が、床に落ちる。


 胸が、刺されるように痛んだ。


 飢餓の始祖を倒せば、目的は果たされる。

 でもその先の世界に――俺はいないかもしれない。


 エリィの声も、顔も、二度と見られないかもしれない。


 憎んできた存在が、俺たちの“親”だったなんて。

 あまりにも皮肉だ。


「選択肢は二つ」


 飢餓の始祖が告げる。


「私を倒し、新しい世界を迎えるか。

 私と共存し、呪いを継続して現状を守るか」


「……」


「二つに一つです」


「エリィ」


 俺は、彼女の前に立つ。


「俺は消えない。絶対に」


「何を根拠に言ってるの!?」


 涙で歪んだ瞳が、俺を睨む。


「もし本当だったら……

 私はママも、ベルも、ノアス君も全部失うんだよ!

 そんな世界で、どうやって生きろって言うのさ……!」


 エリィは崩れ落ちた。


 俺の言葉は、空っぽだ。

 希望を装った、ただの願望。


 ――残された者の苦しみを、俺は知っている。


 だからこそ、何も言えなかった。


「嫌だよ……もう独りになりたくない……

 私は……私は……」


「エリィ。起きて」


「……ママ?」


 その瞬間、飢餓の始祖の声音が変わった。


 あの日、病室で聞いた――キスリングの声。


「ここまで成長したあなたを見られて、嬉しかったわ」


 優しい声音。


「あなたは、たくさん苦労して、ここまで来たの。

 私は、ずっとあなたを守ってる」


「……」


「独りじゃないでしょう?

 ヒーロー活動で、仲間ができたはずよ」


 エリィの肩が、震える。


「大丈夫。あなたならやれる。

 ベルの憧れのお姉ちゃんで――

 何より、私の自慢の娘なんだから」


「……ママ……」


 それが飢餓の始祖なのか、キスリングなのか。

 俺には分からない。


 ただ、彼女の意思は確かに残っていた。


「俺は、ベルやお前に出会えて救われた」


 俺は、はっきりと言う。


「それは本心だ。

 絶対にお前を独りにはしない」


 エリィを見つめる。


「飢餓の始祖を倒して、その先の世界で笑おう。

 俺だけじゃない。リンも、ジータも、ランも、リーリスもいる」


「……」


「皆で笑える、平等な世界を創ろう」


「ノアス君……」


 差し伸べた手を、エリィは握った。


 赤くなった鼻。

 零れ落ちる涙を、俺は拭う。


「約束だよ。絶対に、居なくならないで」


「ああ。

 俺はそのために、ずっと探してきたんだ」


 根拠なんてない。

 それでも――


「俺たちが紡いできた歴史がある。

 何があっても、独りにはならない」


 エリィは、ゆっくり頷いた。

 いつもの笑顔が、戻った気がした。


「覚悟は決まりましたね」


 飢餓の始祖が、剣を差し出す。


「これで、私の胸を貫いてください」


「ノアス君」


「エリィ」


 俺たちは目を合わせ、同時に頷いた。


 二人で、一つの剣を握る。


「ありがとう、ママ。見守っていてね」


「行くぞ」


「うん」


 剣は、迷いなく振り下ろされた。


 次の瞬間――

 太陽のような光が、俺たちを包む。


 温かくて、切なくて。

 涙が、止まらなかった。


『ありがとう……ありがとう、ノアス、エリィ……』


 何百年も抱えていた想いが、光となって溢れる。


 ――飢餓の始祖も、ずっと苦しんでいた。


 その理解と同時に、世界は白に染まり、

 俺の意識は、静かに途切れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ