信じるという選択
「そうだ。この事が漏れれば、間違いなく獣人の反逆者が増える。だからこそ嫌だった。特に――お前のように、まさに“獣人”と言わんばかりの性格の奴には言いたくなかった」
「失礼な」
リンは鼻で笑う。
「まあ、そうだな。今よりも強くなれるなら、国の一つでも乗っ取ろうかのう」
「ちょっと、リン!」
今まで黙って聞いていたリーリスが、眉を顰めて声を荒げる。
「黙れ。飢餓化になった雑魚獣人が」
「……うぅ」
「冗談だよね、リン?」
今度はエリィが一歩前に出た。
「貴方は、そんな事をする獣人じゃないと思うよ」
「一度勝ったからと、随分と知った口じゃな」
リンは睨み返すが、エリィは怯まない。
「知っているよ。貴方たちは実力主義の世界を目指しているんでしょう?」
エリィは真っ直ぐ言葉を続ける。
「それって、常に強い相手と戦いたいって事じゃないの? 国を乗っ取ったところで、リンが見る景色は退屈なものになると思うけど……どうかな」
リンたちは、多くの者と戦ってきた。
それは自分たちの掲げる“実力主義”に忠実な行動だった。
エリィは、そのさらに先――
頂点に立った後の“空虚さ”を見据えていたのだろう。
リンは、口を結ぶ。
「……」
「安心してください、国王」
沈黙を破ったのはジータだった。
「こいつはこんな性格ですが、国を脅かす存在にはなりません。口も態度も悪いですが、ヒーロー活動には誰よりも真摯です」
ジータは、隣に立つリンを見る。
「それは、相棒の俺が一番知っています」
「黙れ、雑魚が」
リンは吐き捨てるように言うが、それ以上は何も言わなかった。
――照れているのか、不服なのか。
どちらにせよ、否定はしなかった。
「私もです」
リーリスが静かに言葉を継ぐ。
「例え今よりも強い力を持ったとしても、私はランと……他の人たちと協力して、ラグナロク王国を助けていきたいです」
前向きな声だった。
その姿勢は、どこかエリィに似ている。
「王様」
エリィが、国王を見つめる。
「私たちの事を、信用してください」
一切目を逸らさず、真剣な瞳で。
「口約束しかできませんが……飢餓の始祖を倒したとしても、反逆なんて絶対にしません。信じてほしいです」
国王は、しばらく黙ってエリィの瞳を見返していた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……信じよう」
小さく、だがはっきりと。
「いや、信じるしか道がない」
国王は深く息を吐く。
「ただし、この事は絶対に他の獣人には話さないでほしい。力がどのような形で還元されるのか、そもそも元に戻るのかすら不明だ。それでも、この情報が漏れれば――必ず裏切る者が出る」
「そんな事、分かっておるわ」
リンは椅子を足で揺らしながら、天井を仰ぐ。
「幸いにも、ここにいる獣人が信用できる人格者で良かったのう」
少し退屈そうに、欠伸を一つ。
「ああ。信じるさ」
国王は頷く。
「この事をヒーローである人間に話す事は許可する」
「いいのか?」
「構わない。獣人に知られなければいい」
国王は続ける。
「君たちの目指す“区別や差別のない世界”には、多くの人間の協力が必要だろう。そのためなら、私も協力しよう」
「分かった。状況に応じて話すよ」
「これが、飢餓の始祖の存在だ」
国王は締めくくる。
「皮肉にも、飢餓の始祖によってこの国は成り立っていた。今後は――君たちに託そう。国が存続してくれれば、それでいい。その上で皆が幸せなら、尚のことだ」
ヒーローは最前線で命を張る職業だ。
それでも国王が今まで姿を見せなかった理由――
それは、飢餓の始祖討伐に前向きではなかったから。
ようやく、すべてが腑に落ちた。
俺たちは国王との会話を終え、王室を後にした。
「……なんか、すごい話を聞いた気がする」
外を歩きながら、ランが曇り空を見上げる。
「“気がする”じゃない」
ジータが眼鏡をクイッと上げる。
「とんでもなく凄い話を聞いたんだよ」
「で、これからどうするんじゃ」
後頭部で手を組み、リンが俺とエリィを見る。
「やる事は変わらない」
俺は答える。
「飢餓の始祖を倒す。それから――人間と協力して、獣人と和解する」
エリィが頷く。
「私たちが協力できたように、きっと他の人や獣人も……」
「相変わらず考えが甘い」
リンは鼻で笑う。
「……と言いたいところだが、やりようによっては可能かもしれん」
一拍置き、続ける。
「悔しいが、私はお前さんたちに負けた。故に、その世界を否定はせん。長老の一声と、私の名声があれば……少しは状況が動くかもしれぬな」
「協力してくれるの?」
エリィが目を瞬かせる。
「勘違いするな。義理を通すだけじゃ」
リンは腕を組む。
「私はお前さんたちに負けた。ヒーローとして、獣人として――今は格上だ。だが、いずれ必ず勝つ。その前に借りを返すだけじゃ」
「……何を話しておる、ジータ!」
ジータが俺に耳打ちし、リンが怒鳴る。
だが、その表情はどこか柔らかかった。
「私たちの事も忘れないでよね!」
「僕たちだって行動してるよ!」
ランとリーリスも前に出る。
その言葉に、俺は頷いた。
「信じているさ」
そして、言葉を結ぶ。
「俺は獣人の長老や知り合いに、もう一度話をしに行く。それから信用できる人間を集めて、今日の事を話そう」
――あと一歩。
理想の世界は、確実に近づいている。
その時は、協力してほしい。
それが、俺たちの答えだった。




