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飢餓の始祖は本当に悪か

ヒバナ――その名前を聞けば誰だって思い出す。

 能力を持たない人間であり、そして俺の友人だ。


「立ち直ったのか、あれから」


 俺の顔を確かめるように、ヒバナは静かに問いかけてきた。


「まあな。もう随分前の話だし、完全に吹っ切れた……なんて言えば嘘になるけど、少しずつ前は向けている気がするよ。いつまでも暗い顔してたら、あいつに怒られるしな」


「そうか。それなら良かった。ヒーロー活動は?」


「まだしてない」


「ってことは、復帰するつもりはあるんだな?」


「どうだろうな。ただ……探してる獣人がいる。偶然でも出会えたら、もしかしてまたヒーローとして咲けるかもしれない」


 自嘲気味に笑ってしまう。

 曖昧な言葉しか出てこない自分に、少し嫌気がさした。


「そうか。俺は応援してるぜ、ノアス」


「サンキュー。……で、お前はどうなんだ。調子は?」


「どうだろうな」


 ヒバナはひとつ息を吐き、表情を渋くした。


「知ってると思うが、俺の本業は葬儀屋だ。しかも“豪快で派手で元気よく送る”ってのが家の流儀だ。だがな、この食糧難の時代じゃ派手な葬儀なんて出来ねぇ。餓死する奴も、自殺する奴も、誰にも見つからずに冷たくなっていく。葬儀屋として、何も出来ねぇってのは……悔しいもんだぜ」


 拳を握りしめたまま、ヒバナは視線を落とした。

 彼の家は数百年続く王国一の葬儀屋。

 本来なら屋台を出し、食って飲んで歌って踊って、泣いて笑って――派手な夜を作るのが仕事のはずだ。


 だが俺が物心ついた時から、そんな葬儀は一度も見たことがない。


「……現状を嘆くだけじゃ変わらねぇのは、分かってんだけどな」


「王国が飢餓に苦しんでるのも、飢餓化で死者が出るのも、何もかも飢餓の始祖のせいだからな」


 親指を噛んで、奥歯に力が入った。


 飢餓の始祖。

 書物によって姿も正体も違う、謎の生物。

 悪魔とも、突然変異とも、神の擬態とも、魂の具現化とも言われている。


 だがひとつだけ――どの本にも共通して書かれていることがある。


 飢餓の始祖を倒せば、飢餓化も食糧難も全部終わる。


 ヒーローの最終目標は、飢餓の始祖の討伐。


 あいつがいなければ――

 あいつがいなければ、あの日も、あの時も、誰も死なずに済んだのに。


「……なあ、ノアス」


 思考に沈んでいた俺に、ヒバナがぽつりと言った。


「本当に飢餓の始祖は“悪”なんだろうな?」


「は? 何言ってんだ、お前」


 思わず眉をひそめる。


「いや、わかんねーけどよ。俺、国の歴史とか全部詳しくねぇし、もしかしたら……悪い奴じゃねぇ可能性だってあるのかなって」


「前から言ってたな。飢餓の始祖は悪じゃないかもしれないって。だが、そんな訳ないだろ。国が苦しんでるのは間違いなく飢餓のせいだ。書物にも全部そう書いてある。……お前だって、葬儀が満足に出来てねぇのは飢餓が原因なんだろう?」


「まあ、そうだが……」


「だったら恨みのひとつでも呟けよ。少しは怒れよ」


「ハハ……」


 乾いた笑い。

 らしいと言えば、らしい。


「まあいいや。今の俺じゃお前の役に立てることもねぇし、また暇な時に顔出すよ。じゃあな」


「ああ、ノアス。最後にひとつだけ」


「ん?」


「お前……今、空腹か?」


「……は?」


 変なことを聞いてくるな。

 無意識に腹に触れた。


 痩せこけた体に守られるような腹部。

 ぺったんこだが、空腹感は――やっぱりほとんどない。


「……いや。あまり腹は減ってないな」


「そうか。変なこと聞いて悪かった。じゃあ、また来いよ」


「お、おう。じゃあな」


 ヒバナは何かを言いかけて、言わなかった。

 その目には、深くて重い意味があった気がしたが――


 俺は気付かないふりをした。

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