雨を越えて、牙を折る
「エリィ、俺は……俺は――」
言葉にならなかった。
堪えていた感情が、決壊する。
涙と鼻水が滝のように溢れ、雨と混ざって顔中がぐちゃぐちゃになる。
情けなくて、惨めで、それでも止められない。
そんな俺を、エリィはただ黙って抱きしめてくれていた。
時間がどれくらい経ったのか分からない。
心が落ち着いた頃、俺は震える息を吐き出した。
「……もう大丈夫だ。ごめん、エリィ」
「もう、謝らないで。ベルも……きっとそう言ってるよ」
「……そうかもな」
雨の向こうで、雷が鳴る。
「さあ、行こう!」
エリィが顔を上げ、まっすぐに前を見た。
「蛇の飢餓化の後を追おう! 私たちの因縁に――終止符を打とう!」
「……ああ」
俺は頷く。
「けど、この大雨だ。血の匂いも、だいぶ流されてる。見つけられるか……?」
「大丈夫だよ、ノアス君!」
エリィは人差し指で自分の鼻先をちょんと触り、少し誇らしげに笑った。
「私はオオカミの獣人。他の獣人より、ずっと鼻が利くんだから」
「……頼もしいな」
「えへへ」
自分が役に立てると分かった途端、エリィは本当に嬉しそうだった。
「じゃあ、頼む」
胸の奥が、驚くほど軽い。
長い間、喉に引っかかっていた棘が、ようやく抜けた気がした。
俺は、すべてを話した。
どんな罵声が飛んでくるか覚悟していたのに、エリィは何一つ責めなかった。
――俺は、本当に救われてばかりだ。
新たな覚悟を胸に、俺たちは負傷した蛇の飢餓化を追った。
雨で匂いは薄れているはずなのに、エリィは一切迷わない。
確実に、着実に――奴を追い詰めていく。
「……見えた!」
視線の先。
肩を押さえ、千鳥足で逃げる蛇の飢餓化の背中。
「エリィ、畳みかけるぞ」
「御意!」
憑依。
エリィは少し離れた場所で、そのまま力尽きるように倒れ込む。
――ここからは、俺の番だ。
地を蹴り、一気に距離を詰める。
イノシシのような勢いで突進し、首元に噛みついた。
鮮血が飛び散り、蛇の飢餓化が苦悶の声を上げる。
だが、すぐに無数の蛇が反撃してきた。
避ける。
避けきれない。
足に絡みついた蛇に振り回され、地面へ叩きつけられる。
(このままじゃ……)
タイミングを見計らい、爪で蛇を切り裂く。
相手は飢餓化。
俺の能力は通じない。
――エリィの力だけで、勝たなければならない。
幸い、相手は右側の警戒が甘い。
数の暴力が本命なら、そこが唯一の突破口だ。
攻撃をかわし、踏み込む。
爪が肉を裂き、血が噴き出す。
同時に、俺も噛まれた。
蛇で作られた“弾丸”が肩を貫く。
(怯むな……!)
ここで止まれば、飲み込まれる。
一気に距離を詰め、短期決戦へ。
紙一重の殴り合い。
その最中――一瞬の隙。
「……今だ!」
踏み込んだ、その瞬間。
「――しまった!」
ブラフ。
蛇の飢餓化は、俺ではなく――
意識を失っている、エリィを狙った。
「エリィ!」
「ノアス君!」
蛇で構成された弾丸が、エリィへ放たれる。
――終わった。
そう思って、目を閉じた、その瞬間。
「これで貸しは無しじゃな」
「「――え?」」
衝突音は、なかった。
砂煙が晴れる。
そこに立っていたのは――漆黒の体毛を纏った巨体。
「ノアス。これで、勝負の貸しはなしですよ」
「ふん。これで私の謝罪もチャラじゃ。エリィ」
「ジータ……リン……!」
蛇の攻撃を止めてくれたのは、かつて因縁のあった二人だった。
「最近目立ってるって聞いたけどな。俺たちを置いていくのは禁止だ」
ジータの拳が、蛇の飢餓化を吹き飛ばす。
「轢死!」
投げられた小石が、巨大化し、直撃する。
なおも蛇を放とうとした、その時。
「やれ」
「了解です!」
背後から現れたのは、ライオンのヒーローたち。
「ラン、リーリス!」
ランの能力で、蛇の飢餓化は落下感覚に陥り、動きが止まる。
「ノアス! エリィ! いっけええ!」
「行くぞ、エリィ!」
「うん!」
すべてを込める。
俺とエリィの想い。
ベルの願い。
積み重ねてきた痛みのすべて。
――渾身の一撃。
手応えがあった。
吹き飛んだ蛇の飢餓化は動かなくなり、やがて症状が消えていく。
残ったのは、意識を失った一人の獣人。
「……勝った、のか」
肩で息をしながら、俺は呟いた。
俺たちを地獄へ落とした存在は、もう――そこに倒れている。
長い苦しみの果てに。
俺たちは、確かに一つの因縁を終わらせた。




