雨の中で、真実は牙を剥く
国王から渡された地図を頼りに、俺たちはいくつもの地点を回った。
一か所、二か所……五か所。
だが――蛇の飢餓化は、どこにも姿を現さなかった。
「……少し、待とうか」
エリィの言葉に、俺は黙って頷く。
その場に腰を落ち着けた瞬間から、心臓の音がやけにうるさかった。
時間が進むほどに、鼓動が大きく、速く、逃げ場を失っていく。
「……来る」
言葉にした瞬間、全身に鳥肌が走った。
空が一気に灰色に染まり、世界が暗転する。
泣き出したような大雨とともに、雷鳴が地を裂いた。
――ゴロゴロ、と。
崖の上に、影が立っていた。
人の形をしている。
だが、人ではない。
二足で立つ蛇の獣人。
腕や首元からは、繭を破るように白い蛇が顔を覗かせている。
そして――俺たちを見下ろす、その眼。
あまりにも鋭く、冷たい、蛇の眼光。
「あれが……蛇の飢餓化」
「……俺の、因縁の相手だ」
喉が、ひくりと鳴る。
「ベル……見ていてくれ」
「……え?」
崖を蹴り、蛇の飢餓化が降りてきた。
次の瞬間、両腕から無数の蛇が放たれる。
「来るよ!」
俺とエリィは散開する。
「エリィ! 憑依だ!」
「うん!」
距離を取り、エリィが憑依を開始する。
全身に力が満ちていく感覚。
オオカミの力が、俺を戦場へ引き戻した。
四足で地を蹴り、一気に距離を詰める。
蛇は槍のように伸び、死角なく襲いかかってくる。
(近距離も遠距離も……隙が無い)
噛まれれば、数秒の麻痺。
それは即ち、死。
――だが。
「今だ!」
右腕を振り抜き、深々と切り裂く。
血が飛び、体勢が崩れた。
「はああっ!」
腹を蹴り上げ、さらに爪で追撃。
だが――
反撃は、早かった。
一匹の蛇が飛び、俺の左脚に食らいつく。
「ッ……!」
電流のような痺れが走り、動きが止まる。
そこへ、顔面、腹部――重い一撃。
俺は地面を転がった。
荒い呼吸。
互いに満身創痍。
奴は深手を負っている。
それなのに――
「……逃げる、気か」
「待て!」
蛇の飢餓化は、俺たちを一瞥もせず、雨の中へ消えていった。
追おうとして、脚が言うことをきかない。
「……絶対に、逃がさない」
今度こそ。
今度こそ――終わらせる。
そう思った、その時。
「……ねえ、ノアス君。教えて」
背後から、静かな声。
憑依を解いたエリィが、立ち止まっていた。
その声音は、雨よりも冷たい。
「……君の前のパートナーって……私の妹、ベルだよね?」
「――ッ!」
雷に打たれたような衝撃。
思考が凍りつき、世界が遠のく。
「……やっぱり」
エリィは、静かに語り出した。
「ベルね、ヒーローになってから、私に手紙をくれてたんだ。相方の名前は書いてなかったけど……その人のこと、いっぱい書いてあった。ベルの夢を笑わずに、一緒に走ってくれる人だって」
胸が、締めつけられる。
「その人に憧れて、私もヒーローを目指した。でも……ある日、手紙が来なくなった」
雨音に、言葉が溶けていく。
「忙しいだけだって思おうとした。でもね……私、馬鹿じゃないから。ヒーローがどんな仕事か、分かってたから……」
エリィは、微笑った。
壊れそうな、微笑みだった。
「最悪の現実には、薄々気づいてた」
――もう、隠せない。
「……そうだ。ベルは死んだ」
声が、震える。
「俺が弱かった。守れなかった。あいつを殺したのが、さっきの蛇の飢餓化だ」
言葉が、刃になる。
「ごめん、エリィ。隠してた。最低だ。俺は――」
背中に、温もり。
抱きしめられていた。
「……自分を責めないで」
耳元で、エリィの声が震える。
「ノアス君、ありがとう。ヒーローの現実を教えてくれて。だから分かった。ベルの死は……仕方なかったんだって」
腕に、力がこもる。
「君は逃げなかった。私のために、生きてくれた。今も、守ってくれてる」
雨の中で、俺は声を失う。
「だからもう……一人で罪を背負わないで」
優しく、しかし強く。
「これからは、ベルの姉としてじゃない。エリィとして――一緒に行こう」
「……エリィ……俺は……」
言葉は、まだ見つからない。
だが、胸の奥で――何かが、確かに動き始めていた。




