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獣人の長は、子供の姿で待っていた

進むべき道は、もう決まっていた。

そう思うと、この死んだ街の景色でさえ、ほんの少しだけ色づいて見える。


今日、俺たちはある人物のもとへ向かっている。

リーリスから教えられた――獣人の長の住処だ。


「なんだか、少し緊張するね」


「そうか? 俺はあんまりだな」


同じ獣人であるエリィは、明らかに肩に力が入っている。

一方の俺は、不思議なほど気が楽だった。

理由は分からない。ただ――きっとランとリーリスのおかげだ。


獣人の長が住む場所は、街から外れた森の奥。

誰も近づかない暗い区域だ。


湿った空気。

不気味な鳥の鳴き声が、背中をなぞるように響く。


嫌な汗をかきながら、ようやく一軒の家の前に辿り着いた。


「……ここ、だよね」


エリィは落ち着かない様子で、準備運動を始めたり、深呼吸をしたりと忙しい。


「行くぞ」


「あ、ちょ、待ってってば!」


俺は構わず扉をノックした。

コン、コン。


「え、ノアス君、ちょっと――!」


返事はない。

二回、三回とノックしても沈黙は変わらなかった。


……だが、確かに気配はある。


「……失礼します」


「ノアス君っ!」


出てくる気配がないなら、強行突破だ。

常識外れでも構わない。

俺はそう思い、思い切って扉に手をかけた。


――開いた。


「……えっと。どうも」


勢いで入ってしまい、思わず声が小さくなる。


室内は真っ暗だった。

埃が舞い、俺たちが入った衝撃で、天井のランタンがゆっくりと揺れる。


その明かりで、部屋の中が見えた。


壁一面の本棚。

隙間なく詰め込まれた大量の本。


部屋は埃だらけなのに、本だけは不思議なほど綺麗だった。


「これはこれは……今どき珍しいのう」


背後から、声。


「勢いよく不法侵入とは。獣人を恐れぬ人間が増えたというのは、果たして良いことなのかのう」


「……え?」


明かりが灯る。


そこに立っていたのは――


「え、え、子供……?」


小さな影。

六歳ほどにしか見えない、亀の獣人だった。


背中には、体に似合わない立派な甲羅。

そして、その手には――杖。


「失礼な! オオカミ目、この、この!」


「いっ!? ちょ、待っ――きゃっ!」


杖がエリィの足元を的確に突く。

見た目に反して、かなり痛いらしい。エリィは本気で飛び跳ねていた。


「で、なんじゃお前たち」


亀の獣人は腕を組み、ふんと鼻を鳴らす。


「言っておくが、儂は子供ではない。立派な大人じゃ」


「えっと……もしかして、獣人の長老さん?」


「そうじゃ」


そう言って、くるりと一回転。

どう見ても、どう足掻いても子供だ。


艶のある肌。

頬には桜色の模様のようなものまである。


……口調だけが、やたらと年寄り臭い。


「あはは、本当にこど――」


「エリィ、口を閉じてくれ」


俺は即座に遮った。

下手をすれば、ここで交渉終了だ。


「すみません。友人に教えてもらって、こちらへ伺いました」


「にゃははは」


長老は愉快そうに笑う。


「誰かのツテがなければ、ここに辿り着けぬと思ったか?

それ自体が、なかなか失礼じゃのう」


「あ、はは……すみません」


「本心で話せ」


笑顔が消えた。


「機嫌を取るな。上辺で取り繕うな。

そこの獣人も、黙っておらんで口を開け」


エリィがびくりと肩を震わせる。


「儂はな、そういうのが一番嫌いじゃ。

失礼でも構わん。話すかどうかは、儂が決める。にゃはは」


……この人、いや、この獣人。

見た目以上に厄介だ。


「分かりました」


俺は一歩前に出る。


「俺たちはヒーローです。

獣人も人間も、区別も差別もない世界を目指している」


長老の目が細まる。


「現状、獣人に権力が偏っているこの世界を、俺たちは壊したい。

それについて、あなたはどう思いますか」


沈黙。


「……不可能ではない」


長老は、静かに言った。


「が、よく理解しておる。

それがどれほど難しいか、な」


「ラグナロク王国の歴史を、どこまで知っておる?」


「正直、詳しくは……」


「私は、何も知りません」


「はっ。今どきのガキどもは」


長老は鼻を鳴らす。


「まあよい。

この国の歴史を知る者は、現国王と儂、あとは葬儀屋くらいじゃ」


「……葬儀屋?」


「今は気にせんでよい」


長老は俺を真っ直ぐに見た。


「お前の言う通り、この国は人間と獣人が共に作った。

当初の王は、平等を願っていた」


「だがな」


空気が重くなる。


「国が生まれた瞬間から、多くの獣人は人間を見下していた。

争いは、最初から終わってなどおらん」


「……」


「お前は、それをひっくり返すと言う。

分かるか? どれほどの覚悟が要るか」


俺は、視線を逸らさなかった。


「それでも、俺たちはやる」


一歩、踏み出す。


「俺たちだけじゃ足りない。

だから、あなたの力が必要なんだ」


獣人の長。

獣人たちから最も敬意を集める存在。


「あなたが声を上げてくれれば、世界は動く」


長老は、しばらく黙っていた。


そして――


「……断るつもりはない」


「なら――」


俺の言葉を、彼は静かに遮った。

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