墜ちない理由、進む理由
「さあ、ラストバトルさ」
俺は不敵な笑みを浮かべ、四足歩行で一気に距離を詰めた。
ここからが本番だ。
注意すべき点は二つ。
一つはエリィの義眼。右側が見えないため、その死角を意識しなければならない。
もう一つは――ランの右手の能力。恐らく、あと一度でも触れられたら俺の負けになる。
硬質化した鋭い爪を振るう。
引き裂かれたランの体から鮮血が溢れ、苦悶の表情が浮かんだ。
ライオンの力によって研ぎ澄まされた鉤爪が俺に襲いかかる。
だが、紙一重で回避。
そのまま膝蹴りを腹に叩き込み、続けざまに顔面を殴り飛ばす。
死角から迫った右手が視界に入る。――危ない。
だが、ギリギリでかわした。
最後は渾身の一撃。
ランの体が大きく宙を舞い、地面に叩きつけられる。
「……俺たちの、負けです」
大の字に倒れたランが、小さく息を吐きながら敗北を認めた。
これで戦いは終わりだ。
契約は行使され、俺たちは勝利を得た。
「流石ですね、ノアスさん」
「強かったです」
ランとリーリスは、清々しい表情でそう言った。
「お前たちも強かった。『墜死』は、相当厄介な能力だ」
「それを戦いの中で読み切る方が、よっぽどヤバいですけどね……あ、そうか」
ランは少し困ったように笑う。
「契約が守られて、もう二人の能力が思い出せない」
「契約とか関係なくさ」
俺は肩をすくめる。
「俺たち、友達ってことでいいんだよな?」
「はい! ぜひ!」
「だってよ、エリィ」
「うん! 私、初めて友達が出来た!
よろしくね、ラン、リーリス!」
ウサギみたいにぴょんぴょん跳ねるエリィ。
その姿を見ていると、自然と胸が温かくなる。
「友達なら敬語はなしだ。
同じヒーローなんだからさ」
俺の提案に、二人は顔を見合わせてから頷いた。
「分かった。これからもよろしく、ノアス、エリィ」
「こちらこそ!」
誰よりも嬉しそうなのはエリィだった。
ずっと孤独だった彼女にとって、初めての“対等な友達”。
それがどれほど嬉しいか、痛いほど伝わってくる。
「俺たちは協力関係であり、友人関係だ」
俺は続ける。
「ただ……俺たちが目指す世界は、正直言って簡単じゃない。
お前たちは、何か考えてきたのか?」
ランは少し考え込み、リーリスが先に口を開いた。
「私たちは、とにかくヒーロー活動を続けてきたよね。
冷たい目で見られたり、いざこざに巻き込まれたりもしたけど」
「ヒーロー以外のこともやってた」
ランが続ける。
「料理の手伝いをしたり、困ってる人を助けたり。
小さな広場でイベントを開いて、皆を笑わせたりもした」
「……その発想はなかったな」
俺たちはヒーロー活動一辺倒だった。
それ以外の選択肢を、考えたことすらなかった。
「すぐには人は集まらなかったけど、それでも少しずつ増えていった。
『皆が笑える世界』に、ほんの少し近づけた気がする」
ランは頷く。
「支持してくれる人も増えた。
進んでるかは分からないけど……悪くはない」
「なるほどな」
俺は自分たちの活動を語った。
飢餓化の制圧。
人間側が抱える恐怖と不満。
そして――飢餓の始祖。
「始祖を倒せば、確かに説得力は生まれる。
けど、それだけじゃ弱い気もする」
ランは顎に手を当て、考え込む。
「だったら、今は飢餓化の制圧に力を入れた方がいい。
危険だけど、確実に名は広がる」
「……飢餓化、か」
その言葉に、胸の奥が冷たくなった。
――ベル。
曇天。大雨。
白い悪魔のような蛇の獣人。
あと一歩だったはずの勝利。
俺の油断で、全てが壊れた。
目を覚ました時、ベルはもう動かなかった。
震える俺の手を、エリィが握った。
「ノアス君、何でそんなに悩んでるの?」
「……」
「私たちはヒーローだよ。
人を救える私たちが、やらなきゃ」
その言葉に、雷に打たれたような衝撃が走る。
――あの日、ベルが言った言葉と同じだった。
「ノアス君! 頑張ろう!」
「……ああ」
俺は小さく頷いた。
「分かった。
飢餓化と戦って、名前を売ろう」
「やった! 一緒に頑張ろうね!」
これは試練だ。
二度と同じ悲劇を繰り返さないための。
俺は強くなった。
エリィも、強くなった。
次こそ――守る。
「なら決まりだね」
俺は言った。
「俺たちは飢餓化の制圧に参加する。
同時に、仲間も増やしていく。
今が、そのチャンスだ」
「いいね。お互い、やってみよう」
別れ際、リーリスが一枚の紙を差し出した。
「ここ、行ってみて」
「……これは?」
「獣人の長老が住む場所。
飢餓の始祖について、何か知ってるかもしれない」
獣人の長――初めて聞く話だった。
「ありがとう。行ってみる」
こうして、俺たちは別れた。
ただの勝負のはずだった。
それが、未来の道を決める出会いになるなんて。
隣でエリィが、覚悟の決まった顔をしている。
その横顔を見て、俺は静かに微笑んだ。




