墜ちる感覚と、嘘の能力
痛みに耐えて、俺は笑った。
「……効かないね」
「なんだと?」
ランの目がわずかに見開かれる。
「ライオンの力は確かに強い。けど――俺の能力の前じゃ、無意味だ」
「どういう意味だ……まあいい。倒せば済む話だ」
言葉を切り捨てるように、ランは一気に距離を詰めてきた。
次も直撃なら、奥歯を噛みしめて耐えるしかない――そう覚悟を決めた、その瞬間。
「――え?」
飛んできたのは、拳でも、鋭い爪でもなかった。
ランはただ、右手で俺の体に触れただけだった。
違和感を覚えた刹那、世界が歪む。
地面に立っているはずなのに、感覚は真逆だった。
まるで――高所から真っ逆さまに落ちていくような感覚。
胃が持ち上がり、内臓が浮く。
俺は思わず膝をついた。
「さあ、続いていくぞ」
ランは不敵に笑い、再び突撃してくる。
「ノアス君、何か変だね」
「ああ……情報が、圧倒的に足りない」
近距離戦に持ち込めば、経験は俺に分がある。
左手の攻撃は見切ってかわす。
踏み込みが甘い一撃、体重移動の読める攻撃――それらは、あえて受けた。
表情は崩さない。
余裕の笑みすら、浮かべる。
――思い込ませるために。
俺の拳も、確かに何発かは入っている。
鮮血が、世界をじわじわと紅に染めていく。
「これでどうだ」
再び、威力のない右手が俺の肩に触れた。
――来た。
次の瞬間、先ほどよりも深い落下感が俺を襲う。
さっきより高い。
さっきより、怖い。
足が震え、呼吸が乱れる。
(間違いない。能力だ)
ただの足止めじゃない。
触れるたびに“落ちる感覚”が増していく。
そして――そのたびに、ランの表情は明るくなっていく。
「俺たちの勝ちかな」
そう呟いて、ランは距離を詰めてきた。
左からの攻撃はかわす。
耐えられる一撃は、あえて受ける。
単調だ。
戦闘経験の差が、動きに如実に出ている。
――だが、問題は能力だ。
右手。
あれがトリガーなのは、ほぼ確定。
激しい打ち合いの中、俺の攻撃が何発かクリーンヒットした。
その瞬間、ランの表情から余裕が消えた。
そして――戦い方が変わる。
今まで温存していた右手を、露骨に狙ってくる。
必死さが、動きに滲み出ていた。
(……危険だな)
俺は判断を切り替え、右手の攻撃をすべて回避する。
焦ったランの動きは、もはや読みやすい。
隙を突いて、思い切り吹き飛ばした。
「なるほど……理解した」
「……なに?」
「右手に触れられるたびに、落下の感覚が強くなる。一回目より二回目の方が酷かった」
ランの目が、わずかに揺れる。
「二回目のあと、お前は勝ちを確信した。
つまり――回数制限がある」
俺は一歩、前に出る。
「上限に達したら、俺は完全に戦闘不能になる。違うか?」
沈黙。
「……三回だろ。三回触れたら、俺は負け」
ランは、苦笑した。
「正解です。能力名は『墜死』。
右手で触れた相手を落下感覚に陥らせ、三度目で完全に“落ちた”と思い込ませる」
「やっぱりな」
「……それにしても凄い。ここまで見抜かれるとは思わなかった」
「経験の差だ」
俺は淡々と告げる。
「その能力、気づかれた時点で厳しい。
悟られる前に、もっと早く決めるべきだった」
「簡単に言わないでくださいよ」
ランは肩をすくめる。
「あなたの能力が不明なまま、そんな博打は打てない」
そして、真っ直ぐ俺を見る。
「……ところで。ずっと隠しているあなたの能力は?」
――来た。
ここからは、賭けだ。
「その前に一つ」
俺は静かに告げる。
「この戦い、契約を結んでいない」
「……契約?」
「まずはそれを終わらせよう」
「……分かりました。
僕たちが勝ったら、あなたがなぜそんなに強いのか教えてください」
「いいだろ。
俺の条件は――この戦闘における、俺の能力と戦い方の記憶の抹消だ」
「記憶の抹消、ね……まあいい」
契約は成立した。
「さあ、教えてください。ノアスさんの能力を」
俺は、静かに問い返す。
「気づかなかったか?
俺はさっきから……痛そうにしてたか?」
「……なに?」
「俺の能力は――体の硬質化だ」
ランの目が見開かれる。
「あらゆる攻撃を耐える能力。
だから、お前の攻撃も効かなかった」
「……だから、平然として……」
「そして、もう一つ」
俺は、拳を握る。
「硬質化は、溜め込める。
受けた攻撃を吸収して、より硬く、より強く変換する」
腕が、鋼のように変色していく。
「今までが“耐え”の時間だ」
俺は、一歩踏み出した。
「――ここからが、俺のターンさ」
ランが、ごくりと唾を飲む。
「……厄介な能力だ」
「さあ」
俺は笑った。
「ラストバトルだ」




