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勝者の条件と、約束の重さ

「っく……俺の、負けだ」


「は!」


腹を押さえながら立ち上がったジータは、あり得ないほどの内股になっていた。

つま先でちょびちょびと小刻みに歩き、今にも限界だと言わんばかりの姿勢。


「俺たちの勝ちだ。リン、解放してやれ。

 これ以上ここに留めたら、こいつは人としての尊厳を失う」


そう。

ジータの体は、もう悲鳴を上げている。


だが、彼を蝕んでいるのは猛毒なんかじゃない。

蕎麦屋で隙を見て仕込んだ――強力な下剤だ。


今になって、その効果が腹を直撃している。


正直、腹痛を抱えながらここまで戦えていたことには驚いたが、

もう限界だろう。


俺の話術によって、

ジータとリンは俺の能力を「毒」だと思い込んでいる。


だからこそ、

“毒能力”はこの戦闘中に限って成立する。


――だが、もう終わりだ。


「すまない、リン……もう、限界だ!」


リンの制止の声も届かず、

ジータは情けないほどの速足でこの場を後にし、トイレへと消えた。


憑依が解除され、

残されたリンが、ゆっくりと起き上がる。


「エリィ……まだ終わっていないようだ」


俯いたその表情は読めない。

だが、殺意だけははっきりと伝わってくる。


ルールは破られた。

戦闘は延長――いや、ここからが本番だ。


リンを制圧する。

彼女が築き上げてきた“獣人の誇り”を、叩き壊す。


「絶対に……お前たちは殺すッ!」


体毛が伸び、漆黒に染まったリンが突っ込んでくる。

理性を半ば失った動きは、むしろ分かりやすい。


「さあ……毒の力を使ってみようか」


俺は手のひらを広げ、

毒を銃弾のように撃ち放った。


リンは避けるが、一発被弾する。


じゅわっ――

体毛が溶ける音が響いた。


肩を押さえながらも距離を詰めてくるリン。

だが、その拳は――最初に出会った時ほどの迫力はない。


もう、勝敗は揺るがない。


油断せず、

攻撃を避け、肉球で受け止め、顎を打つ。

胸を裂き、さらに毒を浴びせる。


この毒は致死性じゃない。

――一時的に、体の自由を奪うものだ。


膝をついたリンを蹴り飛ばし、

勝負は決した。


「っく……くそがぁぁぁぁ!」


仰向けに倒れ、起き上がろうとするが動けない。

悔しさを吐き出すように拳を振り、地面を叩く。


その姿は――

まるで、泣きじゃくる赤子のようだった。


「勝負ありだ。契約は行使される。

 数分もすれば、俺の能力の記憶は消える」


「謝罪の件は後日でいい。

 この敗北が、無駄にならないことを祈ってる」


憑依を解除したエリィが立ち上がる。

リンは静かに泣いていた。


これ以上、ここで干渉する必要はない。

敗北を、噛みしめる時間が必要だ。


俺たちはその場を後にした。


「……すごく緊張したよ」


「そうか。いい動きだった」


「え? 戦ってたのはノアス君じゃん」


「違う。

 肉球の吸収力も、体のキレも前より良かった。

 それはエリィが鍛えてきた成果だ」


人間が戦う。

だが、戦える理由は獣人の力だ。


――この勝利は、二人で掴んだもの。


「ところで……いつ毒を仕込んだの?」


「この一週間、徹底的に調べた。

 隙を作って下剤を仕込んだんだ」


俺の能力を毒だと信じ込ませれば、

その“想像”が能力になる。


「準備しておいて正解だったよ」


「そっか……ありがとう、ノアス君」


「ああ。問題ない」


ようやく、ケジメをつけられた。


そのとき――

エリィが晴れやかな笑顔で言った。


「今度ね、ママに会ってほしいの。紹介したい!」


「……そうか」


その言葉に、

俺の笑顔は一瞬で消えた。


エリィの母。

――ベルの母でもある。


まだ、知らない。

ベルの死を。


俺は、どんな顔で会えばいい?


「……ダメ?」


「いや。大丈夫だ」


平然を装って答えたが、

内心はぐちゃぐちゃだった。


――逃げるわけにはいかない。


エリィからも、ベルからも。


胸を刺されるような痛みを抱えながら、

俺はエリィと約束を交わし、今日は解散した。

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