獣人の誇りは、腹痛に敗れる
エリィも、俺の体へと憑依する。
瞬間、全身に力が漲った。
爪がナイフのように鋭く伸び、牙が突き出す。
手のひらにはマシュマロのように柔らかい肉球。
背後には、ふさふさとした大きな尻尾。
俺は四足歩行になり――
イノシシの如き速度で、一直線に突っ込んだ。
一方、ジータはリンのゴリラの力を得たことで、体が異様なまでに膨れ上がっている。
筋肉は何倍にも肥大化し、ダイヤモンドのように硬い。
その姿は、もはや人間ではない。装甲車だ。
ジータはポーチから、小さなナイフを取り出した。
「――轢死!」
叫ぶと同時に、ナイフを全力で投げつけてくる。
最初は地面に転がる小石ほどの大きさ。
だが――
俺に近づくにつれて、
それは異常な速度で巨大化していった。
「やはり、そういう能力か」
目と鼻の先に迫る頃には、
ナイフは人一人分ほどのサイズにまで膨張している。
だが、事前に能力は調べてある。
俺はエリィの身体能力を最大限に活かし、
紙一重でナイフを回避――そのまま一気に距離を詰めた。
ジータの能力名は《轢死》。
投げた物体を巨大化させ、相手を轢き殺す能力。
距離が長いほど、巨大化は加速する。
リンのゴリラの力によって投擲速度も跳ね上がり、
まさに最悪の組み合わせだ。
――油断すれば、即死。
さらに厄介なのは右側。
視界が半分しかない以上、
一瞬の判断ミスが命取りになる。
「行くぞ!」
踏み込む。
爪を尖らせ、全力で引き裂いた。
ガギン――
装甲車のような筋肉に、確かな手応え。
「チッ!」
噛みつこうとした瞬間、
大木のような腕が俺を阻む。
「さあ、勝負だ。ノアス!」
拳が振り抜かれる。
一瞬見失ったが、顔を振って位置を把握――
ギリギリで回避。
パンチ、キック、叩きつけ。
嵐のような攻撃を、俺は読み切ってかわしていく。
一歩、後退。
――遅れて、額から血が流れた。
「どうやら、無傷ではなかったようだな」
「ノアス君、大丈夫!?」
「問題ない」
ジータは知っている。
俺の右目が見えていないことを。
だからこそ、攻撃は徹底的に死角から来る。
右を意識すれば左が甘くなり、
左を見れば右が飛んでくる。
休む暇はない。
《轢死》による投擲が、間断なく襲いかかる。
拾った小石が、隕石のような速度で迫り――
避けた先にも、次の“死”が待っている。
「エリィ。肉弾戦で行くぞ。
もう少しで……俺の能力も発動する」
「了解!」
ジータは派手に動きすぎている。
――消耗が、目に見えていた。
距離を詰める。
攻撃をかわし、顔面に一撃。
効いた。
明らかに、大振りになる。
「クソが!」
俺は、笑った。
両手を重ね、肉球を広げる。
渾身の一撃を――衝撃ごと、吸収。
「なっ――!?」
空振り。
生まれた隙を、俺は逃さない。
一撃、二撃、三撃。
腹、太腿、顔面。
ラッシュ。
ガードは間に合わない。
速度が、俺の方が上だ。
やがて、焦った二人は
俺の“弱点”である右側を狙ってくる。
――そこが、狩り場だ。
左の隙を突き、足を刈る。
膝をついた瞬間――
顔面に、膝蹴り。
俺はバク転で距離を取った。
「何をしている、ジータ!」
「うるさい! 黙っていろ、リン!」
「イライラする!
獣人の恥に、なぜそこまでやられる!」
「……全て、読まれている。なぜだ……」
空気が、最悪になる。
余裕を失えば、判断も鈍る。
――そろそろだ。
「おい、ジータ。リン。
降参した方がいい」
「なに!?」
「なんじゃと!」
「ジータ。
動きが悪い理由、分かってないか?」
「……なぜ、それを」
肩で息をし、汗が滝のように流れる。
「オイ、ジータ。何かあったのか」
リンの声にも、答えられない。
「俺は今まで、エリィの力だけで戦ってきた。
一方、お前はどうだ?」
「はぁ……はぁ……」
「疑問に思わなかったか。
――俺が、自分の能力を使っていないことを」
「……っ」
「お前は攻撃を受けすぎた。
傷口から――毒が、入っている」
「毒じゃと!?」
その瞬間、
ジータは力尽きたように膝をつく。
「俺の能力は毒。
傷口から侵入させ、自在に操る」
「……そういう、ことか」
「発動には少し時間がかかる。
だから、消耗させた」
派手に動くほど、血流は回る。
――毒は、全身へ。
「正直、よく耐えたよ。
もう腹、ヤバいだろ?」
「……ッ」
「今すぐトイレ行って、水飲まないと
ヒーロー活動どころじゃないぞ」
「……ッチ……ッ!!」
「何をしている!
立て! ジータ! 殺せ!」
「無理だよ、リン。
彼は今、地獄の腹痛と戦っている」
「う、ウンコを漏らすじゃと!?」
「……っ」
否定できず、
ジータは奥歯を噛みしめた。
「そんなことで、降参する男じゃないだろう?」
沈黙。
――そして。
「……俺の、負けだ」




