強者の理屈、弱者の願い
「まあ、そうだな」
ジータは箸を止め、淡々と語り出した。
「僕たちが掲げる世界は、人間だろうが獣人だろうが関係ない。強者が上に立ち、先導する。それだけだ」
一度、言葉を切る。
「……だが、仮に僕がそれで良くても、リンが納得するわけがない」
眼鏡の奥の視線が鋭くなる。
「あいつは誰よりも獣人らしい獣人だ。人間を見下し、自分が最強だと疑っていない。気に喰わなければ即決闘。僕だって最初は、文字通りボコボコにされた」
「それでも組んでるのか」
「だからこそだ」
ジータは苦笑した。
「あいつを制御するために鍛錬を積み、思考や行動理由を徹底的に調べた。僕たちが掲げている世界だって、妥協に妥協を重ねた末の形だ」
そして、核心を突く。
「そんな“獣人の中の獣人”が、人間と獣人が平等な世界に頷くと思うか?」
……無理だろう。
それは、俺も分かっていた。
初対面の印象は最悪だったし、あれこそがこの国の現状――獣人が決定権を握る社会の象徴だ。
だが、だからこそだ。
「難しいのは分かってる」
俺は静かに答える。
「でも、可能だと思ってる。獣人は上下関係に厳しい。もし――圧倒的な力で制圧したら、どうなる?」
中途半端な勝利では意味がない。
一度、完全に叩き潰し、絶望を味わわせる必要がある。
そうすれば、少なくとも理不尽な怒りは向けてこない。
“自分より強い”と理解すれば、協力の余地は生まれる。
強者が上に立つ――
それは、ジータたちの掲げる世界のルールそのものなのだから。
俺の言葉を聞き終えると、ジータはスープを飲み干し、食器を強く置いた。
眼鏡を直し、小さく笑う。
「僕たちを圧倒する、か……面白い」
口元が歪む。
「確かに、僕たちを完膚なきまでに叩けば、リンも考えを改めるだろう。……楽しくなってきた」
「それは何よりだ」
「ところで」
ジータが顎で外を示す。
「店の前で待っているのは、お前の相棒じゃないか」
視線を向けると、鬼の形相で貧乏ゆすりをしながら立っている獣人――リンの姿があった。
「もうそんな時間か」
俺が指さした瞬間、ジータも視線を外に向ける。
その一瞬の隙をつき、俺は小さな細工を施した。
「行こうか。水でも飲んで」
「……ああ」
水を一気に飲み干し、ジータは立ち上がる。
「表に出ろ、ノアス。勝負だ」
懐かしい、このヒリつく空気。
俺たちは店を後にした。
「なにをしておる、お主ッ!」
外に出るなり、リンが怒鳴りつける。
俺と並ぶジータが気に喰わないらしく、殺気が露骨だった。
「話をしていただけだ」
「そうか……ッフン!」
次の瞬間、リンの回し蹴りがジータを襲う。
重い一撃を、彼は予測していたかのように受け止めた。
「お待たせ、みんな!」
張り詰めた空気を一撃で壊す声。
エリィが、太陽のような笑顔で手を振っていた。
「チッ……獣人の恥が」
リンは舌打ちし、剥き出しの敵意をエリィに向ける。
「また誇り高き獣人を穢しに来たか」
ジータは気にも留めず、服の埃を払った。
「場所を移そう」
少し先の開けた場所。
十メートルの距離を挟み、俺とエリィ、ジータとリンが向かい合う。
「契約を結ぼう」
「僕たちが勝った場合、ノアスたちはヒーロー解散だ」
「ええっ!? ノアス君、それ大丈夫なの!?」
「問題ない」
俺は即答した。
「負けなければいい。それだけだ」
「……それだけか」
「追加だ」
リンが嗤う。
「そのオオカミの獣人は、二度とこの国を歩くな。目障りだ」
「ああ、了解だ」
エリィの不安そうな視線に、俺は頭を撫でて応える。
「俺たちの条件だ」
俺は前に出た。
「この戦闘における、俺の能力と戦闘方法の記憶を抹消する」
「記憶の抹消?」
「能力は知られたくない」
「なるほど……」
ジータは納得したように頷く。
「だから情報が出なかったのか」
「それともう一つ」
俺はリンを真っ直ぐに見る。
「俺たちが勝ったら、エリィに謝罪しろ。二度と見下すな。対等だ」
「ふん、構わぬ」
リンは拳を鳴らした。
「どうせ負けぬ。さあ、戦おう」
好戦的な笑みを浮かべ、リンはジータに憑依する。
「エリィ」
「うん。分かってる」
彼女は小さく頷き、前を見据えた。
「――頑張ろう」




