劇薬P
夜半過ぎ。私は、眠れずにいた。これで3日目だ。朝日を浴びるまで退屈だが、携帯を見ると余計に目が覚めると聞いた事があったので、見ないでいた。読書をすると眠くなると聞いた事があったので、試してみたら嘘だと分かった。
どうしたものか……と思いながら、朝を待つ。
陽の光を浴びた私は、仕事に行く準備をする。
紅茶を入れ、ロールパンを食べる。
「紅茶のせい……」
自然と出た言葉だった。私は、なぜか「茶」という類のものは脳を刺激し、眠れなくするという漠然的な思考の持ち主であった。
起床してからの時間経過はあっという間で、もう、会社に向かわなければいけない。
自転車に乗って行ける距離にあるから、他の社員に比べて交通費が少ない。まあ、電車や車で1時間かかる遠方よりかマシかなぁと思ってはいる。
自転車を漕いでいると目の前が暗くなり、身体の力が急激に抜ける感覚に陥った。
「なにこれ……」
うわ言を放つ。
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「目を覚ましましたか?」
「あなたは、幸運な人ですね。自転車事倒れそうになっている所、屈強な通行人に助けられたんですよ。ハハハ」
誰だこの人……
メガネをかけて白い服を着ている。
今の気持ちを言語化するには時間がかかりそうだ。
「うわの空ですね。また、様子を見に来ますから」
屈強な通行人……プロレスラーかしら……それともお相撲さん?後は……地球外生命体。
無傷でいられた事は、本当に奇跡だ。今年の運を使い果たしたのではないだろうか。
それにしても、なんで自転車事倒れる症状が出たのだろう。そうか。よく眠る体質の私が、3日も寝ていないからだ。
カーテンを開ける音がして、先程の人間が入ってきた。
「だいぶ、良い状態になりましたね。ハハハ」
私の苦手なタイプだ。ニコニコし過ぎている人。
「はい。良くなりました」
大きなあくびをすると、
「もしかして、寝不足ですか?」
よく見ると、医者だと分かった。遅すぎる判断だ。
「はい。3日も寝ていません」
ゆっくり起き上がった。また、あくびが出る。
「あら〜重症ですね~睡眠薬を処方いたしましょう」
眉間にシワを寄せ、心配そうに話す。
「よろしくお願いします」
また倒れたら厄介なので、タクシーを呼んで帰った。
私が救急車で運ばれた事を知った同僚から、メッセージが来ていた。
「課長が、明日1日休みなさいって言っていました。無理せずにゆっくり休んでください」
1日?
一週間程休みたい気分だった。
夕飯後に、睡眠薬を飲む。
すぐに睡魔が襲ってきた。
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「山口くん!山口くん!起きたまえ!」
え?課長の声がする……起きなきゃ、早く起きなきゃ。
重い瞼を開けた。
「やっと、目覚めたかね。びっくりしたぞ〜床に転がってるんだもの」
「なぜ、課長がここに?」
眠気眼で、ゆっくり起きた。
「なぜって、真面目な君から連絡来ないから、どうも様子がおかしいって思って、大家さんに言って中に入ってもらったんだよ。そしたら、倒れてるから救急車を呼ぼうとしたら、君、大きないびきかいてたから寝てたんだって思って……」
早口言葉が苦手な課長が、流暢にそして素速く言い放ったものだから驚いた。
「お手数かけてすみません……」
課長は、ソファに座るよう促した。
「勝手に入って悪かったな。倒れてる君を見て心臓が止まるかと思ったよ……で、どうして床に寝てたんだ?」
私も疑問に思った。急に睡魔が襲って……それから記憶がない。
「実は、自転車事倒れて救急車に運ばれる前の晩から遡ること3日間一睡もしていなかったんです」
「何!?それは……ひどいな……」
「だから、医者に睡眠薬をもらって飲んだわけです。そしたら、課長に起こされまして今に至ります……」
「3日も寝てなかったから強い睡眠薬処方されたのかな〜」
課長は、天井を見つめて言った。
「その、睡眠薬医者に説明して返した方がいいな〜」
「俺が、その病院に連れてってやるから。今すぐ行こう!」
行く気満々なので、少し怠い身体にムチを打って病院へ向かった。
待合室で待っていると、すぐに呼ばれた。
「あれから、ぐっすり眠れましたか?」
例の医師は、ニコニコしながら話す。
「ぐっすりと言いますか……死んでると勘違いした課長に起こされました。起こされなかったら、いつまで寝てたでしょう……」
医師は、
「プラセボなのに?そこまで眠りましたか!アハハハ!」