第06話 ほんの遊び心
「ただいま……」
吹田美知留は暗い玄関で呟いた。
「まだお父さんもお母さんも仕事か……」
美知留は一人っ子である。両親は共働きのため、こうして帰宅したときに一人きりということも珍しくない。その代わり、料理や掃除といった家事全般が大の得意で、今日のように料理を振舞うことも頻繁にある。
「はぁ……」
美知留はカバンを床に置いてソファに寝転んだ。一誠が吐血して絶命する瞬間のあの表情、声。すべてが生々しく美知留の脳裏に刻まれていた。
「どうして……岸部くんが……」
美知留には理解できなかった。なぜ一誠があのような酷い殺され方をされなければならなかったのか。翔一の言うところによると、警察は事件性があると判断していた。美知留は犯人がいるとすれば、このクラスの中の誰かであることは間違いないと確信していた。しかし、誰もが犯人になり得る代わりに、誰かがそのような動機を抱いているとも美知留には思えなかった。
美知留はポケットに入っていた携帯電話を取り出し、机の上に置いた。寝転ぶ時にけっこう携帯電話が邪魔になることが多い。
「あれ?」
着信が入っているようであった。それも、メールのほうだ。
「あずさか……徹子かな?」
美知留の一番の友人である曽根あずさか土山 徹子だと思い、彼女はメールを開いた。しかし、メールはあずさからでも徹子からでもなかった。
< 0001 > D
From:☆♪※!!?
Sb:名前あそび
添付:
―――――――――――
いま流行のケータイゲー
ム『名前あそび』! ア
ナタもやってみませんか
!?
このメールに返信するだ
けで、気軽にゲームに参
加していただけます☆
気になったそこのアナタ
! ぜひ返信を!
「こ、この送信者……!」
美知留は慌てて一誠の料金請求メールを開いた。
「間違いない……同じ人だ!」
ともすれば、この送信者になぜ一誠にあのようなメールを送ったのか、このメールと一誠の死が関係あるのかを聞くことができる。美知留はそう思い、メールにすぐ返信をした。
< 0001 > D
宛先:☆♪※!!?
Sb:Re:名前あそび
添付;なし
―――――――――――
あなた、誰? 岸部くん
の事件とあなた、関係あ
るの?
「送信」
美知留は内心ドキドキしていた。どのような返信が来るかドキドキでたまらなかった。すると、1分もしないうちに返信が来たのだ。
「もう? 早すぎない?」
美知留はメールを開いた。
< 0001 > D
From:☆♪※!!?
Sb:参加ありがとう!
添付:
―――――――――――
ご参加ありがとうござい
ます! 吹田美知留様で
登録しました☆ それで
は、早速1問目を出題い
たしますよ?
吹田様の利用料金はいく
らでしょうか!?
A:210円
B:1,340円
C:1,110円
D:930円
「バカにしないでよ! 私の質問に答えて!」
美知留は怒りに任せて暴言に近い内容でメールを即座に返信する。しかし、次のメールはクイズの不正解を伝える内容だった。そしてその不正解のメールのすぐ後に2問目と称するメールが届き、美知留はまたそれに一誠の事件との関連性を問うメールを送った。しかし、次も不正解というメールが届く。同じことの繰り返しだった。
そして20分後、ようやく違うメールが届いた。
< 0001 > D
From:☆♪※!!?
Sb:最終結果
添付:
―――――――――――
残念ながら、全問ハズレ
! お約束どおり、罰を
受けてもらうので覚悟し
てね!
「な……何? 罰……?」
静まり返る室内で美知留はその不気味な内容のメールに唾を飲み込んだ。そして4分後、メールが届いた。
「……。」
恐る恐る美知留はメールを開いた。
< 0001 > D
From:☆♪※!!?
Sb:納期限のお知らせ
添付:なし
―――――――――――
吹田美知留様
お知らせいたします。吹
田様がご利用になられま
した、1,110円が未納で
す。お支払いを早急にお
願いいたします。
「や……やだ! これ……」
一誠が吐血して絶命する瞬間が、美知留の脳裏によぎった。恐怖で頭がどうにかなりそうだったが、美知留は何とか冷静に考え、ひとつの答えにたどり着いた。
「これ、きっと皆にもメール届いてるはず! 誰かに助けを求めれば……」
今のところ一番、何の疑いもない人物は一人だけ。半年間入院していた、三雲 充太のみだった。
美知留は震える手で充太に発信する。3コール鳴ったところで、ようやく通じた。
「もしもし! 三雲くん!? わ、私! 吹田です!」
「……。」
けれども、応答がない。
「三雲くん……?」
次の瞬間、不気味なほど低い声が美知留の耳をつんざくほどの音量で聞こえてきたのだ。
「三雲ジャナイヨ。吹田サン」
「ひいっ!?」
「吹田サン、ワカッテルヨネ? 君タチハ、罰ヲ受ケナイトイケナインダヨ?」
「や、やだ!」
美知留は必死で通話を終えようとするが、なぜか通話は終わらない。
「なんで切れないのよ! も、もう!」
「吹田サンヘノ罰ハモウ決マッテイルンダヨ。悪アガキハヤメテ、自分ノ運命ヲ受ケ入レルノガ一番ダネ」
すると、今度はかん高い女性の悲鳴が聞こえてきた。
『いやー! いや! 来ないで、来ないで……ヒッ! いい、いやあああああああああ!』
「いやああああああああ! こ、これ……!」
美知留の声に間違いなかった。
「いやああああああああああ!」
美知留は携帯電話を放り投げた。ガシャン!と音がして携帯電話が床を滑る。
「……。」
そっと近づいてみると、音はしなくなっていて、プーッ、プーッという音だけが響いていた。どうやら、通話は終了したようだ。
「……悪い夢よ」
美知留はフゥッとため息を漏らし、顔を洗うために洗面所へ向かった。
「……。」
美知留の脳裏にふと、半年前の記憶が蘇った。
――ヤッちゃえ、ヤッちゃえ!
とても自分とは思えない言葉が、どんどん出てきた。多分、遊び心がほとんどだったからだと思っていた。そして事態はあの日を境にまるで泥沼のような日々へと変化していったのだ。しかし、それもすぐに終わりを告げた。予想外の形で。
「まさか……罰って、あの時の?」
ハッと顔を上げた美知留。
「で、でもほんの遊び心だったのに……」
ブンブンと顔を横に振り、もう一度顔を上げ鏡を見る。そして、鏡の後ろに映るソレを見て、彼女は声にならないような悲鳴を上げた。