第04話 履歴
平和な教室に響き渡ったのは、ガラスの割れる音だった。
ガシャン!というコップの割れる音が響き、クラスメイトの視線がそちらへ集中する。
「ごぼっ……ゲボッ!」
一誠が喉を押さえ込んだかと思うと、いま飲んだばかりのオレンジジュースが吐き出された。
「きゃああああああああああああああ!」
それに驚いた知里が悲鳴を上げ、後ろに下がる。
「一誠!?」
驚いた翔太と龍輔が一誠のところに駆け寄ろうとした。しかし、次の瞬間一誠はさらに激しく吐いた。
「ゴボオォッ!」
「うわああああああああああああああ!」
翔太と龍輔は同時に悲鳴を上げ、一誠の吐き出したそれを見つめていた。オレンジ色をした液体の次に吐き出されたのは、真紅の液体―― 一誠の血液だった。
「ゴボッ……グブゲボッ……! がはっ……!」
さらに激しく吐き、一誠が机に倒れこむ。七海の作ったから揚げがぶちまけられ、散らばって床に落ちた。
「いやあああああああ! やあああああああ!」
あずさと徹子が抱き合い、泣き喚いている。
「ひっ!」
一誠の吐いた血が一部、和彦の制服に付着した。
「ガアアアアアアアア! ぐ……ゲボオッ!」
机の上でさらに激しく吐き、一誠は最期にもう一度吐いてから痙攣を起こしながら床に倒れこんだ。
ゴポッ……と音がして一誠の口から血が吐き出される。
「……。」
「……。」
誰もが言葉を失い、血の池に倒れこんだ一誠を見つめることしかできなかった。そして30秒ほどが経過してから、ようやく翔太が叫んだ。
「だ……誰か」
悲鳴が起きる。その悲鳴を掻き消すように翔太が叫んだ。
「誰か糸井先生呼んできてくれ!」
「俺が行く!」
充太が真っ先に職員室に向かって走り出した。職員室までは教室からそれほど離れていなかった。
「先生!」
充太の姿を見て翔一が笑顔になる。
「おっ! 三雲! 来てたのか!?」
「先生……!」
「どうした? そんなに慌てて」
充太は涙を堪えながらなんとか声を振り絞った。
「いっ、一誠が……」
「岸辺がどうした?」
「血を吐いて倒れたんだ!」
翔一が教室に駆けつけたときには、一誠はピクリとも動かず教室の真ん中で倒れていた。周りでは女子が泣き叫び、一誠の姿が見えないように男子たちがその前に立っている光景が広がっていた。
そのまま、翔一は救急車を呼んだ。同時に、警察にも連絡が入った。クラスメイトの証言から、一誠は何らかの毒によってこのような症状を引き起こしたと考えられるからだった。しかし、同じジュースをほぼ同時に口にした知里は吐血どころか、何も症状は出ていなかった。
そして、一誠が病院に運ばれてから30分後の午後6時。翔一の元に同行した教頭から連絡が入った。
「……わかりました」
翔一の手が震えている。
「先生? 一誠は……?」
充太の問いかけに翔一は震える声で小さく言った。
「先ほど……死亡が、確認された」
「……。」
「ウッ……ウウッ……!」
知里やあずさ、徹子の嗚咽が小さく響き渡る。
「とにかく……明日以降、警察は事件性があると見ているそうだから、君たちのところにも警察の方が訪問すると思う。何があったか、素直に何も怯える必要はないから、あったことを……言ってくれ」
「……はい」
翔一の言葉に、何人かが小さく返事をした。
「……!」
翔一も誰も気づいていなかった。一誠が取り落とした携帯電話を充太はそっと、自分のポケットに入れ、何事もなかったかのように立ち上がった。
「それじゃ、今日は一旦帰宅しなさい。ただし、こんなことがあった後だ。まとまって帰り、特に男子は女子を家まで送り届けてあげてくれ」
「……はい」
「よろしく頼むぞ」
翔一が青ざめた顔をしながら教室を出て行った。
「……。」
誰も口を開かない。しかし、夏哉が沈黙を最初に破った。
「あのメール……」
誰もが口にしたくなかった話題を、夏哉は口にした。
「関係、あるのかな」
「……。」
誰も答えられなかった。あの不気味な料金請求メール。確かに、あの音声ファイルは不気味なほど一誠の最期の瞬間と一致していた。しかし、未来に起きる出来事をどうして先取りして録音し、メールで添付などできるのか。常識で考えても、それは不可能だった。
「偶然、だろ」
創佑が答えた。
「そうよ」
あずさが続ける。
「あんなの、偶然。岸部くんの……件とは、関係ないわ」
「だよな……」
それっきり、誰も口を利かなかった。
交差点ごとに人数は減っていった。そして、いつもどおり充太は知里と2人きりになった。知里はまだヒックヒックと嗚咽を繰り返している。
「知里……。大丈夫か?」
「……。」
何も言わない代わりに小さくうなずく知里。しかし、一誠が吐血し、死んでいく瞬間を最も近いところで見ていたのは知里だった。精神的ショックは計り知れないだろう。
「あたし」
「ん?」
「あたし……疑われたり、しないかな?」
目に涙をいっぱい溜め、知里は充太に聞いた。充太は胸が締め付けられる思いがした。
「大丈夫だ」
充太はギュッと知里を抱き締めた。驚くほど大胆な行動だが、驚くほど素直にできた。
「お前はただ、ジュースを入れて一誠と杯を交わしただけだ。やましいところなんてひとつもない。それは、知里自身が一番わかってるだろう?」
「うん……」
「警察にはそう言えばいい。変にビビッたりするなよ? 逆効果だからな」
「……わかった」
「うん」
しばらく歩いてから、充太はポケットから携帯電話を取り出した。
「それ……」
「あぁ。一誠の携帯だ」
「大丈夫なの?」
「問題ない。それより、一誠が死ぬまでにどんなメールをして、どんな電話をしていたか……知りたい」
「それって」
知里が一瞬言葉を遮ったが、すぐに続けた。
「あの、料金未納の件?」
「あぁ」
充太は小さい声でうなずいた。そして、充太は一誠の携帯電話を開き、メールボックスをさらに開いた。幸い、ロックはかかっていなかった。
1通目はあの音声ファイルのメール。2通目は料金未納を知らせる、あのメール。その2時間前。
「なんだ……?」
< 0003 > D
From:☆♪※!!?
Sb:最終結果
添付:
―――――――――――
残念ながら、全問ハズレ
! お約束どおり、罰を
受けてもらうので覚悟し
てね!
「なんだよ、このメール」
充太は顔をゆがめた。不気味なメールである。罰という言葉なんて、なかなか使うものではない。
「前のメールは?」
「いま見てみる」
< 0004 > D
From:☆♪※!!?
Sb:最終問題
添付:
―――――――――――
それでは、川西七海さん
の利用料金は次のうちい
くら!?
A:1,650円
B:1,280円
C:650円
D:210円
「また利用料金……?」
知里が画面を覗き込んで呟いた。
「最終問題ってことは……最初はどんなメールなんだ?」
充太は慎重にメールを探していくと、それは7通目に見つかった。
< 0007 > D
From:☆♪※!!?
Sb:名前あそび
添付:
―――――――――――
いま流行のケータイゲー
ム『名前あそび』! ア
ナタもやってみませんか
!?
このメールに返信するだ
けで、気軽にゲームに参
加していただけます☆
気になったそこのアナタ
! ぜひ返信を!
「……名前あそび?」
充太は聞いたことのないゲームの名前に首をかしげた。
「知里、お前こんなゲーム知ってる?」
「あたしも初めて聞いた」
「……なんか変だな」
2人は顔を見合わせる。
「とりあえず、これもメールのことも明日、警察に言ったほうが良さそうだ」
「そうだね……」
そうこうしているうちに、知里の家へ着いた。とは言うものの、幼なじみの2人。充太の家は斜め右向かいだ。
「じゃあな」
「うん……」
「また明日」
充太はできる限りの笑顔で手を振った。行こうとしたとき、知里が充太の腕を握った。
「知里?」
「充太……。あたし、怖い……」
「……。」
充太は優しく知里の頭を撫でた。
「大丈夫だよ。お前もクラスの皆も何もしてないんだ。一誠の事件は確かに不気味だけど……。そこまで神経質になる必要はない」
そう言った後、知里が泣きそうな顔をしていた。
「怖くなったら、いつでも電話してこいよ」
「うん……」
いつもは強気な知里がずいぶん素直に答えたことに、充太は少し戸惑いを覚えた。
「名前あそび……か……」
充太はその言葉をもう一度呟いてから、家へと向かって行った。