第03話 着信
「遅い!」
帰るなりあずさが叫んだ。
「怒るなって~! たかだか2分だろ!?」
「ダメ! それで進行がどれだけ遅れたことか!」
「相変わらずうるさいなぁ、曽根は」
充太は呆れた様子で席に着く。
「まぁまぁ、わかってやれよ」
高槻 翔太(8番)が充太の肩に手を回す。
「何をだよ」
「わかんねーヤツだな! いいか?」
翔太はヒソヒソと充太に耳打ちした。それを聞いた充太の顔がたちまち赤くなる。
「ちょっとぉ! 充太に何吹き込んでるの!?」
知里が耐え切れず叫んだ。
「なんだよ! 藤阪、お前充太の嫁さんかぁ!?」
翔太が知里の背中を叩く。
「よっ、嫁!? アンタ、バカじゃないの!?」
「そうだよ! 変なこと言うなよ!」
知里も充太も顔を真っ赤にしてトマトのようになっている。
「ったく! 俺まだ退院して間がないのに、興奮させんなよ」
「へぇ~? 興奮してんだぁ?」
星田 龍輔(13番)が翔太と充太の間から顔をヒョッコリ出した。
「いちいちうるせーな、もう! うら、散った散った!」
充太が鬱陶しそうに翔太と龍輔を散らせた。そしてしばらくすると、椅子取りゲームが再開された。
5時を過ぎた。
「ねぇ!」
大声で叫んだのは川西 七海(4番)だった。
「そろそろ、ご飯しませんか?」
「ご飯!?」
男子の目が輝く。
「そう! あたしと美知留で作ってきたのー!」
吹田 美知留(6番)がいつの間にか机の上におにぎり、から揚げ、サラダ、ジュースといった品々を並べていたのだ。
「うぉー! すっげぇ!」
守山 和彦(17番)が叫ぶ。
「よし! 食事会だぁ!」
充太の声に全員が「オーッ!」と反応する。そして食事会が始まってからしばらくした時だった。
「ん……?」
充太の携帯電話が震えていたのだ。
充太は携帯電話を取り出した。すると「Eメール 1件」の表示。すると、左隣に座っていた圭一がほぼ同時に携帯電話を取り出した。
「ん?」
「なんだ? 充太も?」
「あぁ……。気が合うな」
「確かに」
2人が笑い合っていると、右隣に座っている知里が携帯電話を取り出したのだ。
「なんだよ! お前もかよ!?」
充太が苦笑いする。
「何よ!? 悪い!?」
「悪くねぇよ! いちいち突っかかって来るなっつーの」
しかし、充太はそこで異様な雰囲気に気がつく。あずさも、翔太も和彦も、七海も携帯電話を開いていた。
「な、何……? 全員にメール?」
さすがに気持ち悪く感じた知里が呟く。
「みたいだな……」
「……。」
誰も何も言わないまま、教室には時計の音だけが響いていた。
充太はゴクッと唾を飲み込んでから、メールを開いた。
< 0001 > D
From:☆♪※!!?
Sb:納期限のお知らせ
添付:なし
―――――――――――
岸辺 一誠様
お知らせいたします。岸
辺様がご利用になられま
した、1,280円が未納で
す。お支払いを早急にお
願いいたします。
「何? 何で岸辺くんの料金未納メールがあたしたちにまで入るの?」
土山 徹子(9番)が不安そうに呟いた。
「何かの間違いよ」
七海が呟く。
「そうそう! おい、一誠~。お前、エロサイトの料金未納だってさ!」
大久保 健(3番)の大声に岸辺 一誠(5番)が顔を赤くする。
「バカ言うなよ! 俺、こんなの知らねーもん!」
「それに、差出人の名前が文字化けしてるし。何かのイタズラかな?」
六地蔵 素華(20番)が笑って言った。
「そうだな。気にする必要ないじゃん! 皆、続けよう続けよう!」
夏哉の言葉をキッカケに、全員が携帯電話をポケットに仕舞い込んだり机の上に置いたりして、再び食事と歓談を始めた。
しかし、5分後。
「……!」
充太の携帯電話がまた、震えた。圭一の顔が強ばっている。そして、知里、七海、みなみ、一誠、徹子、夏哉、守彦。全員の顔が強ばっていた。
「まただ……」
恐る恐る充太は携帯電話を広げた。
「Eメール 1件」
「……。」
< 0001 > D
From:☆♪※!!?
Sb:納期限のお知らせ
添付:あり
―――――――――――
岸辺 一誠様
お知らせいたします。
お支払いの期限が過ぎま
した。お支払いの意志が
ないと見なし、弊社より
罰則を付します。詳細は
添付ファイルをご確認く
ださい。
「何……?」
全員が充太の周りに集まる。
「い、行くぜ?」
充太が意を決して添付ファイルをクリックした。
「おう」
夏哉と圭一が応答する。
添付ファイルはどうやら音声ファイルのようだった。
『ねぇ、ジュースないってさー』
『こっちあるぜー』
『はい、どうぞー』
「これ……あたしの声?」
徹子が呟く。
「こっちあるぜーは、俺だな」
翔太が引き取る。
「はい、どうぞーは私」
七海が呟く。そして『ありがと!』の声。
「俺だな」
一誠が呟いた。
『ね! あたしも入れて!』
「この声はあたしだな」
知里が答える。
『ほい』
「また俺」
一誠の声。
『それじゃ、カンパーイ!』
「またあたし」
オッサンのような勢いの知里の声が響いたその直後だった。
『きゃああああああああああああああ!』
『うわああああああぁぁぁ!』
ガラスの割れる音が響く。その後も悲鳴が飛び交い、すぐにそれが聞こえた。
『ゴボッ……グブゲボッ……! がはっ……!』
『いやあああああああ! やあああああああ!』
『ひっ!』
『ガアアアアアアアア! ぐ……ゲボオッ!』
そこで音声ファイルの再生が終了した。
「なんだ……ってんだ」
圭一が呟いた。
「わかんない……」
知里も震えている。
「タッ、タチの悪いイタズラだって!」
翔太が手を叩いた。
「そうそう! 雰囲気悪くしちゃうなぁ、もう!」
あずさが同調する。
「よし! 飲み直しだぁ!」
「オッサンかよ!」
健の言葉に和彦がツッコむ。いつもどおりの雰囲気にあっという間に戻った。空気が悪くなってもすぐに盛り返すことができる。1年生のときから培ってきた絆が、そうさせていた。
「あれ?」
一誠の持ったペットボトルが空だった。
「ないや」
「ん? ジュースないの?」
徹子が気づいたので、一誠に声をかける。
「うん」
「ねぇ、ジュースないってさー」
「こっちあるぜー」
翔太が応答する。未開封のジュースが彼の目の前に置いてあった。
「はい、どうぞー」
七海からジュースが手渡され、一誠はそれを受け取った。
「ありがと!」
一誠がジュースをコップに注ぐ。
「ねぇ、あたしも入れて!」
「ほい」
一誠がジュースを知里にも注いだ。
「それじゃ、カンパーイ!」
一誠と知里がコップをぶつける。
「……お、おい」
充太がそこで初めて気づいた。
「今の流れって」
その充太の言葉を遮るように、それは始まったのだった。