第39話 素直な気持ち
「ん……」
充太が眩しい明かりに気づいて目を覚ますと、見慣れた教室の自分の座席に伏せている自分がいた。
「あれ……。俺、どうしたんだろ」
周りを見渡すと、机にはクラスメイトが同じように伏せていた。
「……ウソだろ?」
充太は恐る恐る、隣で眠るような姿をしている夏哉に触れた。
「温かい……」
夏哉の頬に触れた充太の手には、彼の体に血が通っている証拠として、その体のぬくもりが伝わってきていた。
グルリと部屋を見渡すと、知里がいる。みなみがいる。純司がいる。
そして、勇がいる。
充太は自分の頬を引っ張ってみた。
「痛ぇ……。マジ……?」
しかし、まだ誰も起きない。オロオロしているうちに、違和感を覚えた。
「机が……ひとつ多い?」
「気づいた?」
ついさっきまで、何度も聞いた声が聞こえていた。
「三輪……」
心美が一番後ろの席に座って、微笑みかけていた。
心美が立って、充太の傍に立った。その姿は見えてはいるものの、先ほどの美穂子同様、少し透けていた。それが何を意味しているのか、すぐに充太も悟った。
「……最期、なんだな」
心美は小さくうなずく。
「あ……」
ありがとう、と言おうとした充太の言葉を遮るように、心美が言った。
「ありがとう。三雲くん」
「……。」
充太は首を横に振った。
「俺は何もしていない」
今度は心美が首を左右に振る。
「そんなことないよ? だって、見て……」
心美はパッと手を振った。スゥスゥと寝息を立てるクラスメイトたちの姿を見て、充太が微笑む。
「皆を……三雲くんが助けたんだよ?」
「そんな大げさな……」
充太がはにかむ。
「皆だけじゃない。先生に、美穂子さん。それに私。そして、勇。みんな……救われたのは、三雲くんのおかげ」
「……。」
「ありがとう」
充太は気恥ずかしさが拭えなかったが、やっと素直になってそう言った。
「もしもさ……」
充太が涙を浮かべて言う。
「皆が……こんな風に素直になってたら、こんなこと、ならなかったのかな?」
心美がうなずく。
「だよな……。三輪を好きなヤツらだって、勇を好きなヤツらだって、素直にその気持ちを伝えれば良かったんだ。伝えなかったから……」
「遅くないよ」
心美の言葉に充太が顔を上げる。
「まだまだ、皆には時間がある。この……私がいなくなってしまった記憶は、なくならない。それは辛いことかもしれない。でも、それをきっと皆越えて、今度こそ同じことを繰り返さないと思うよ」
「……俺が絶対、繰り返させないよ」
充太は拳を握り締めた。
窓から、眩しすぎるほどの陽射しが差し込んできた。
「……時間だね」
心美が言う。
「本当に……ありがとう……」
充太は最期に、心美の手を握り締めた。
「勇を……よろしくね」
「あぁ……」
不意に陽射しがきつくなって、すぐにその光が引いていった。その頃には、心美の姿はなくなっていた。
充太たちが巻き込まれた事件は結局、彼らの意識の中で進行しているものだった。充太たちが目を覚ました時には、最初の事件――充太が退院して、そのお祝いパーティーを始めた時間――からたった30分しか経過していなかった。
罪悪感に駆られた充太と知里以外の心美の事件の当事者たちは、すぐに自供した。そして、自供どおりの場所から心美の遺体が発見された。
同時に、充太は美穂子が埋められている場所を懇願して開けてもらい、そして彼女の遺体を警察に収容してもらったのだった。
不思議だったのはやはり、充太たちが経験した(それが夢だったのか現実だったのかは別として)とおり、その部屋からパソコンが見つかったことだった。事件当時、パソコンはまだそれほど普及していなかった。完全密室状態のこの部屋に誰がパソコンを持ち込んだのか。それは最後まで判明しなかった。
心美の死因は転落した際の頭部強打によるもので、ほぼ即死状態だった。しかし、事情聴取をしていくうちに事件性は薄い、すなわち殺意があったものではないと警察は判断し、クラスメイトたちに刑罰は科されなかった。
あの「名前あそび」について充太はその後、いろいろと調べてみた。翔一が起こした事件の際にも、今の時代とは形式が異なるものの、やはりクラスメイトたちの名前を用いて次々と残虐な事件が引き起こされていた。
今回の充太たちの場合は、新しい文明――パソコンと携帯電話というものを用いていた。時代によって変化する形式。翔一たちの時代には、身体的に傷をつけたものだったが、充太たちの場合には精神的に傷をつけた。結果的に勇がそれを意識した可能性は低く、美穂子に先導されていた雰囲気こそあったものの、やはりクラスメイトの心に残した傷は甚大であった。
しばらく欠席が続いたクラスメイトもいた。しかし、次第に自分たちの犯した罪を悔い、それを償い、しっかりと自分たちがそのすべてを奪ってしまった心美の分まで生きる、という意志を抱いた。
「ねぇ、充太」
事件から半年が経過した。制服も秋服に変わった。
「柳本くん、相変わらず来れないの?」
「あぁ……まだ信頼できないって、さ」
「そっか……」
知里が俯く。
「まぁ……そんなすぐに切り替えができるようなことじゃねぇだろ?」
「そうだけど……」
充太が知里の頭を撫でる。
「俺たちはいつでも勇を迎え入れられるような体勢、取っとこうぜ」
「……そうだね」
そう言って笑う知里。そんな彼女を目を細めて見つめる充太。その視線の向こう側にある扉がそっと開いた。
「……!」
教室が静まり返る。
「……勇」
「……オッス」
勇が笑顔でそう言った。
「……おっす」
充太も笑顔で返した。同時に、翔一が教室に入ってきた。そして、全員が揃っていることに気づくとそっと微笑んだ。
勇が着席したのを確認して、翔一は教科書を教卓に置いた。
「それでは……出席を取ります」
翔一の声が教室に響いていく。充太は、心美が座っていた座席を見つめた。
ありがとう。
心の中でもう一度、呟く。
君の犠牲は、無駄にしない。
そう強く、充太は誓った。