第38話 俺でいいなら
「君が……秋田、さん?」
今にも消えてしまいそうなほど、儚い雰囲気で充太の前に立ち尽くす少女。見た目は充太と年齢が変わらない少女ではあるが、姿がどことなく、古臭いというのは失礼かもしれないが、少なくとも充太たちの世代らしくはない服装だった。
充太の問いかけに美穂子は小さくうなずく。
「……どうして」
美穂子が呟いた。
「どうして! どうして私は殺されなきゃならなかったの!?」
それまでおとなしい雰囲気を醸し出していた美穂子が突然、怒りを剥き出しにする。そして、充太の首を再び絞めに掛かってきた。
「ガ……は……っ!」
「許さない! 私を殺しておいて、ノウノウと暮らしてるヤツらが憎い! 憎い! 殺してやる、どれだけ時間が経っても恨んで、妬んで、殺して、呪ってやる!」
抵抗など、とてもできないほどの力だった。彼女は、少なくとも10年以上この狭い空間に囚われてきたのだ。そう思うと、充太はとても抵抗する気にはなれなかった。
「い、い……よ……」
「!?」
充太のか細い声に一瞬、美穂子の動きが止まった。
「い……いよ……」
美穂子の力が緩む。形相が緩くなり、そのまま先ほどの儚げな印象へと戻っていく。
「約束……し、て、ほしい……んだ……」
「約……束……?」
充太が目を細める。絞めつけられた首には、既に跡ができていた。
「も、う……これ以上……俺の、友達を奪わな……いでくれ」
「……。」
充太の大きな瞳から、涙がこぼれ落ちる。
「君は……淋しかった、んだ、よ……な?」
震える手で、美穂子の頬に触れる充太。
「俺……で、よけ、りゃ、傍に……いる、よ?」
「いやっ! 私は、私は翔一じゃないとダメなの!」
「落ち着いて……」
充太はそっと、手を彼女の額に当てた。
「よく聞いて……。翔一さん……は、いま、俺たちの、担任の、先生だ……」
「翔くん……そんな、大人になったの?」
「先生は、君を、失ってから、過ちを犯したって、言ってた」
「過ち?」
美穂子が驚きの声を上げる。
「君を、殺したクラスメイトを、殺した」
「……!」
美穂子が愕然とした表情を浮かべる。
「今回……の、呪い……この、名前あそ……び……。俺の、幼なじみが、君と、翔一さんと、同じ目に……遭った。だから、君の怒りや恨みの……波長と、幼なじみの、波長が合って……」
美穂子がうなずく。
「彼の憎悪は凄かった。だから、私が同調して、彼の恨みを晴らそうとした」
「考えても、みなよ」
充太が優しく問い掛ける。
「翔一さんは、そんなこと、望んでたと思う?」
「……。」
美穂子は何も答えない。
「逆に、聞くよ……。君は、翔一さんが、君の恨みを晴らすために殺人を……犯したのを」
「そんなの嫌!」
美穂子が悲鳴に近い声で返した。
「……だろ?」
充太が笑う。
「過去に……犯した罪を、少しでも、償うために、先生……いま、すっごい頑張ってくれてる」
美穂子が俯く。
「だから……もう、先生を、苦しめないで……」
「……。」
「俺がずっと……傍にいて、あげ」
美穂子がスッと充太の首から手を放した。
「ゴホッ!」
思わずむせ返る充太。
「ありがとう……」
美穂子の姿が、急激に薄くなっていく。
「秋田さん!」
「私……一度、翔くんに会ってくる」
「……。」
「ねぇ」
美穂子がイタズラっぽく笑って聞いた。
「あなたの大切な人、少しだけ借りていい?」
「……。」
つまり、憑依するということだろうと充太は解釈した。
「あぁ」
「ありがとう」
美穂子が笑う。
「……。」
充太は淋しげに美穂子を見つめる。
「心配しないで。あなたの……大切な人たちを奪ったのは、本当に申し訳ないと思うの」
「……仕方がないよ。俺のクラスメイトがやったことは……許されることじゃない」
「でも……あなたの親友を、そしてあなたを結果的に苦しめることになった。それは、反省しているの」
そして、美穂子は言った。
「もう一度……お願い。ちゃんと、償って」
「……。」
充太は美穂子が見えなくなる寸前で、眠るような感覚に襲われ、そのまま意識を失った。
「翔くん……」
翔一の目の前にいた知里が突然、声色を変えた。
「美穂子……?」
「ありがとう」
知里の顔をした彼女。しかし、その微笑みは間違いなく翔一の愛した人――秋田美穂子であった。
「翔くん、大人になってもカッコいいままだね」
知里の手がそっと、翔一に触れる。
「バカ」
翔一は笑った。笑顔にもかかわらず、涙が彼の頬を伝っていく。
「翔くんの……教え子も、私たちが歩んだ道と同じ道を……私のせいで歩ませちゃった……。ごめんなさい」
「……いや。俺も悪かった。教え子の過ちを……過去の俺たちと同じような道を歩ませたことを、気づいてやれなかった」
知里が笑う。
「まだ、間に合うの」
「……え?」
その声に驚きの声を上げる翔一。
「私……ね、あなたの教え子……あの子、カッコいいね。翔くんにそっくり」
それはきっと、充太だろうと翔一は確信した。
「あの子に、救われた」
「……そうか」
翔一は複雑な表情を浮かべる。
「私の負の力に飲み込まれた彼の親友……勇くんにも悪いことをしてしまった」
翔一は首を左右に振った。
「気づいてくれただけで、いい」
「ねぇ。約束してくれる?」
美穂子が最期に言う。
「なんだ?」
「あなたの生徒を……最後まで、守り抜いてあげてね」
「……あぁ」
不意に知里の姿が、美穂子に移り変わる。
「美穂子……」
「時間……だね……」
急激な眠気のようなものに襲われる翔一。
遠のく意識の中、翔一は最期に美穂子に問い掛けた。
俺たち、また、会えるよな?
その答えは、翔一の薄れ行く意識の中、彼だけにハッキリと聞こえていた。