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名前あそび  作者: 一奏懸命
第4章 暴きます
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第38話 俺でいいなら



「君が……秋田、さん?」

 今にも消えてしまいそうなほど、儚い雰囲気で充太の前に立ち尽くす少女。見た目は充太と年齢が変わらない少女ではあるが、姿がどことなく、古臭いというのは失礼かもしれないが、少なくとも充太たちの世代らしくはない服装だった。

 充太の問いかけに美穂子は小さくうなずく。

「……どうして」

 美穂子が呟いた。

「どうして! どうして私は殺されなきゃならなかったの!?」

 それまでおとなしい雰囲気を醸し出していた美穂子が突然、怒りを剥き出しにする。そして、充太の首を再び絞めに掛かってきた。

「ガ……は……っ!」

「許さない! 私を殺しておいて、ノウノウと暮らしてるヤツらが憎い! 憎い! 殺してやる、どれだけ時間が経っても恨んで、妬んで、殺して、呪ってやる!」

 抵抗など、とてもできないほどの力だった。彼女は、少なくとも10年以上この狭い空間に囚われてきたのだ。そう思うと、充太はとても抵抗する気にはなれなかった。

「い、い……よ……」

「!?」

 充太のか細い声に一瞬、美穂子の動きが止まった。

「い……いよ……」

 美穂子の力が緩む。形相が緩くなり、そのまま先ほどの儚げな印象へと戻っていく。

「約束……し、て、ほしい……んだ……」

「約……束……?」

 充太が目を細める。絞めつけられた首には、既に跡ができていた。

「も、う……これ以上……俺の、友達を奪わな……いでくれ」

「……。」

 充太の大きな瞳から、涙がこぼれ落ちる。

「君は……淋しかった、んだ、よ……な?」

 震える手で、美穂子の頬に触れる充太。

「俺……で、よけ、りゃ、傍に……いる、よ?」

「いやっ! 私は、私は翔一じゃないとダメなの!」

「落ち着いて……」

 充太はそっと、手を彼女の額に当てた。

「よく聞いて……。翔一さん……は、いま、俺たちの、担任の、先生だ……」

「翔くん……そんな、大人になったの?」

「先生は、君を、失ってから、過ちを犯したって、言ってた」

「過ち?」

 美穂子が驚きの声を上げる。

「君を、殺したクラスメイトを、殺した」

「……!」

 美穂子が愕然とした表情を浮かべる。

「今回……の、呪い……この、名前あそ……び……。俺の、幼なじみが、君と、翔一さんと、同じ目に……遭った。だから、君の怒りや恨みの……波長と、幼なじみの、波長が合って……」

 美穂子がうなずく。

「彼の憎悪は凄かった。だから、私が同調して、彼の恨みを晴らそうとした」

「考えても、みなよ」

 充太が優しく問い掛ける。

「翔一さんは、そんなこと、望んでたと思う?」

「……。」

 美穂子は何も答えない。

「逆に、聞くよ……。君は、翔一さんが、君の恨みを晴らすために殺人を……犯したのを」

「そんなの嫌!」

 美穂子が悲鳴に近い声で返した。

「……だろ?」

 充太が笑う。

「過去に……犯した罪を、少しでも、償うために、先生……いま、すっごい頑張ってくれてる」

 美穂子が俯く。

「だから……もう、先生を、苦しめないで……」

「……。」

「俺がずっと……傍にいて、あげ」

 美穂子がスッと充太の首から手を放した。

「ゴホッ!」

 思わずむせ返る充太。

「ありがとう……」

 美穂子の姿が、急激に薄くなっていく。

「秋田さん!」

「私……一度、翔くんに会ってくる」

「……。」

「ねぇ」

 美穂子がイタズラっぽく笑って聞いた。

「あなたの大切な人、少しだけ借りていい?」

「……。」

 つまり、憑依するということだろうと充太は解釈した。

「あぁ」

「ありがとう」

 美穂子が笑う。

「……。」

 充太は淋しげに美穂子を見つめる。

「心配しないで。あなたの……大切な人たちを奪ったのは、本当に申し訳ないと思うの」

「……仕方がないよ。俺のクラスメイトがやったことは……許されることじゃない」

「でも……あなたの親友を、そしてあなたを結果的に苦しめることになった。それは、反省しているの」

 そして、美穂子は言った。

「もう一度……お願い。ちゃんと、償って」

「……。」

 充太は美穂子が見えなくなる寸前で、眠るような感覚に襲われ、そのまま意識を失った。


「翔くん……」

 翔一の目の前にいた知里が突然、声色を変えた。

「美穂子……?」

「ありがとう」

 知里の顔をした彼女。しかし、その微笑みは間違いなく翔一の愛した人――秋田美穂子であった。

「翔くん、大人になってもカッコいいままだね」

 知里の手がそっと、翔一に触れる。

「バカ」

 翔一は笑った。笑顔にもかかわらず、涙が彼の頬を伝っていく。

「翔くんの……教え子も、私たちが歩んだ道と同じ道を……私のせいで歩ませちゃった……。ごめんなさい」

「……いや。俺も悪かった。教え子の過ちを……過去の俺たちと同じような道を歩ませたことを、気づいてやれなかった」

 知里が笑う。

「まだ、間に合うの」

「……え?」

 その声に驚きの声を上げる翔一。

「私……ね、あなたの教え子……あの子、カッコいいね。翔くんにそっくり」

 それはきっと、充太だろうと翔一は確信した。

「あの子に、救われた」

「……そうか」

 翔一は複雑な表情を浮かべる。

「私の負の力に飲み込まれた彼の親友……勇くんにも悪いことをしてしまった」

 翔一は首を左右に振った。

「気づいてくれただけで、いい」

「ねぇ。約束してくれる?」

 美穂子が最期に言う。

「なんだ?」

「あなたの生徒を……最後まで、守り抜いてあげてね」

「……あぁ」

 不意に知里の姿が、美穂子に移り変わる。

「美穂子……」

「時間……だね……」

 急激な眠気のようなものに襲われる翔一。


 遠のく意識の中、翔一は最期に美穂子に問い掛けた。


 俺たち、また、会えるよな?


 その答えは、翔一の薄れ行く意識の中、彼だけにハッキリと聞こえていた。







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