第02話 欠けた友人たち
「ヨーッス!」
充太が大声で教室の扉を開くと、なんとクラスのほぼ全員が充太を出迎えたのだ。
「よぉ!」
「きゃー! 三雲くんじゃーん!」
「お前今までドコ行ってたんだよ!」
次々と降り注ぐ言葉に充太は少し戸惑いながらも、嬉しそうに皆の言葉に応える。充太はまさか全員が揃っているとは思ってもみなかったので、感動もひとしおだ。
「驚いたか?」
圭一の言葉に充太はただうなずくしかできなかった。
「俺たち、充太の退院日をおばさんに聞いて、みんなになるべく都合を合わせてくれって頼んで回ったんだからな!」
「くぅ~! 泣かせることやってくれるじゃんか!」
充太は本当に泣きそうになっていたが、笑顔でそれをごまかして夏哉のわきをこそばした。
「や、やめろってー! ほら、お前の幼なじみも心待ちにしてんだぞ!」
その言葉に充太は動きを止める。
「ほら、チィ。行っておいでよ」
「あ、あたし別に……ちょ!」
友達に突き飛ばされた彼女――藤阪 知里(12番)が充太のほうへ突き飛ばされた拍子にもたれかかってきた。
「うお! 大丈夫かよ?」
「あ……」
しばしの沈黙。
「だ、大丈夫かって? そりゃこっちのセリフよ! ボーッとして車に轢かれて全治半年とか、バッカじゃないの!?」
「なんだと!? お前、もうちょっと怪我人に優しい言葉かけらんねぇのかよ!?」
いきなりのいつもどおりのやり取りに、教室中が笑いに包まれた。
「それにしても、今日本当にスゴい人数集まってくれたなぁ!」
充太はグルリと教室を見渡す。20人いるクラスメイトで、充太を除く19人のうち、今日この教室に揃っているのは14人だった。
充太は机の上に座って言った。
「今日来なかったのは池田さんに純司、三輪さんにユーだけか!」
シン……と教室が静まり返る。今日で二度目だった。そして、クラスメイトたちの震えるほど冷たい視線。先ほど、圭一と夏哉が見せたそれと同じ視線だった。
「ど、どうかしたのか?」
知里がニッコリ笑った。
「どうもしないわ! 利香は今日、塾だって言うから渋々来なかったの。二条はデートするからって帰った薄情者。三輪ちゃんは家の都合で、柳本くんは野球部」
「やっぱなぁ。皆忙しいよな。独り身の知里と違って」
「なんですって!?」
知里がバン!と机を叩いて立ち上がる。
「おー怖! 変わらないなぁ、半年くらいじゃ!」
「ふん! アンタだってバカ丸出しのくせに!」
知里と充太は幼稚園からの幼なじみだ。いつもこうして言い合い、わめきあって過ごしてきた。
これからもこんな毎日が続いていく。少なくとも、充太はそう思っていた。しかし、当たり前などは存在しない。まだ当たり前の日々が崩壊していく気配が近づいていることを、誰も感じ取っていなかったのだ。
「やだぁ! もう! なんであたしがー!」
桃山みなみ(16番)が教室の中央で悲鳴が上がる。椅子取りゲームをしていた充太たち。既に時刻は午後4時半を過ぎている。
「なぁ」
充太は圭一に耳打ちした。
「ん?」
「ユーは来ないのか?」
「……部活だからな!」
圭一はいつもどおりの爽やかな笑顔を充太に向けた。
「そっかぁ。ユーとも長いこと会ってないし……。会いたかったなぁ」
「俺も」
「え?」
「やだぁ! まぁたあたしー!?」
いつの間にか椅子取りゲームが次の展開に進んでいた。みなみの悲鳴に圭一の呟きは掻き消されたので、充太は圭一の言葉を聞き取れず、聞き返した。
「ううん! なんでもない」
「そうか……?」
「うん」
「ならいいんだけど」
ドクン、と充太の心臓が鳴り響く。
(なんだろう……。この感じ……)
充太はグルリと教室を見渡した。大笑いしている知里。爽やかな笑顔を振りまく圭一。みなみをおちょくっている夏哉。やはり、誰も何も変わっていない。
「悪い。ちょっと俺、お手洗い」
「えー!? 空気読みなさいよ~!」
委員長の曽根あずさ(7番)が爆笑して充太を指差した。
「ゴメンって! すぐ戻るから!」
「早くね~!」
あずさの声を背に、充太はトイレへと向かう。
「……。」
ふと気になって充太は校庭を覗き込んだ。
「ユー……いるかな?」
たくさんいる野球部の中に、柳本 勇(19番)の姿を探す充太。知里同様、勇も充太の幼なじみである。クラブ活動で中学に入ってからすれ違いの生活にはなっているが、それでもやはり、連絡が取れなくなったりすると充太は寂しく感じていた。
「見えないなぁ……」
充太はメールを入れてみる。
俺、帰ってきたぁ! メール待ってるよん☆ じゅった
「送信っと!」
充太は送信ボタンを押し、携帯電話をブンブンと振ってみた。送信完了の表示が出たのを確認してから、充太はお手洗いへと駆け込んだ。