第37話 キヲク
「翔……くん……」
知里がボロボロと涙をこぼしながら、翔一の元へ歩み寄る。翔一もゆっくりと、知里のほうへ近寄り、そっと彼女の体を抱き締めた。
「美穂子……」
「ヒドいよ……どうして、どうして私だけ置いていったの……?」
「ゴメン……。ゴメンな、ゴメンな……」
状況が飲み込めない充太。彼はそっと翔一と知里に近寄る。そして、翔一の体に触れた瞬間だった。充太の全身に、電撃が走ったような感覚が起きる。そのまま、記憶が遡るように映像を乱しながら、あっという間に景色が変わっていく。
退院した日、怪我をした日、高校に入学し、中学卒業式、入学式、小学校……。そのまま充太の記憶はどんどん遡っていき、いつの間にか自分が知るはずのない景色へと変わっていった。
「ん……」
充太が目を覚ますと、そこは見慣れない教室だった。
「……なんだ、ここ」
体をゆっくり起こすと、制服が何故か学ランになっていた。充太は記憶が混乱しているのか、また次元が変わったのかといろいろ記憶をめぐらせるが、どうも記憶がハッキリしない。
そのまま玄関を出て、校門の付近に行く途中で気づいたのだ。
「竜禅寺町立、竜砂高等学校……。あの事件があった高校……!?」
不意に、頭痛が襲う。
「ウ……」
そのまま、頭に血が上る感覚が体全体を高潮させ、自分の感情を抑えきれなくなり始める充太。
(助けて! 助けて!)
(俺たちが何したんだよ!?)
「ゆ……る、さ、な……い!」
自分の感情とはまた違う感情が沸き起こる。同時にフラッシュバックする記憶。
「……ハッ!」
全身が汗だくになって、ようやく充太は気づいた。自分の両手が血塗れであることに。
「うわあああああああああ!?」
驚いて腰を抜かしてしまう。そのまま、充太は今歩いてきた場所を大慌てで引き返して行く。そして、一番初めに立っていた場所で信じられない光景を目にした。
自分ではない、男子生徒が立っている。教室は血の海と化していて、学ランやセーラー服を着た複数の男女が横たわっている。確かめるまでもなく、絶命していた。
そして、その男子生徒こそ、自分の担任である翔一であった。
「先生……」
その映像がさらに掻き乱れ、今度はまるて鳥瞰しているようなシーンへ戻る。先ほど、絶命した複数の男女が、翔一とセーラー服の少女を地面に埋めているのだ。
(これ……三輪と、同じ境遇……?)
完全に翔一と少女が埋められる。しかし。翔一が這い出してきた。ホラー映画そのものの、恐ろしい映像だ。
そのまま、全身泥まみれの翔一は金属バットを片手に、ズルズルと歩いていく。そして、間もなくして絶叫が聞こえた。充太は目を両手で覆った。
恐る恐る、手を開くとガラスが割れる音と共に血しぶきが飛んだ。
「……。」
怒り狂った翔一が、虐殺に出たのだ。しかし、少女の遺体は出されることなく、そのままである。
そこから急に早送りになる。翔一が補導され、殺害された生徒たちの遺体が収容され、そのまま警察が到着。そこからさらに早送りのスピードは早くなる。そして、旧竜砂高校の校舎は完全に解体されてしまう。3年ほど、空き地になったまま。しかし、少女の遺体は埋められたままだ。
しばらくすると、建設工事が始まった。そして、目の前に現れたのは見慣れた校舎。充太の通う、真砂高等学校の完成であった。
(あ……)
少女の遺体は、まだ地中に埋められたままであった。充太の鳥瞰の位置は変わっていない。そして、その位置は間違いがなければ。
(俺たちの教室の……真下!)
不意に意識が戻る。
「……どうやって、現実に戻ればいい?」
既に正気を失っている知里。その彼女に囚われているような状態の翔一。意識がない裕則。動けるのは、充太だけであった。
「三雲くん!」
不意に声が聞こえた。
「三輪……!?」
「一瞬だけ、一瞬だけあなたの意識を現実に引き戻す!」
「できるのか!?」
「大丈夫」
その声はハッキリとして、しかし、どこか諦めているような声であった。
「お前……まさか」
「私ね……もう、死んでるの」
「……。」
「だから、どう頑張ったって、もう、皆と一緒の生活なんてできないの」
「……。」
「でも、勇はまだ生きてる。これからの生活が、まだある。私に囚われて、暗いままの勇なんて、嫌なの」
充太はギュッと拳を握り締めた。
「お願い。三雲くん。勇……それに、先生と、先生の大切な人をもう……解放してあげて」
「わかった」
暖かい風が吹く。そして、有線ケーブルに絡まった状態になった体へ戻る。傍では、眠っているような知里、裕則、そして翔一がいた。
充太はケーブルを振り払い、まずは2年4組の教室の位置を確かめる。そして、その真下の部屋に向かった。
「ここだ……」
しかし、ちょうど男子更衣室と女子更衣室の間。設計上、部屋はないことになっている。
「やりたくねぇけど、仕方ねー! 非常時だー!」
充太は思い切り壁を蹴り飛ばした。コンクリート造りのはずである壁が、充太の一蹴りで呆気なく崩れ去ってしまう。
「……ウソだろ」
そして、ドス黒い色に汚れた壁に囲まれた、2畳ほどの空間が目の前に現れた。
「……マジかよ」
充太は恐る恐る、空間を覗き込んだ。そして、湿っぽい土から、まだうっすら残っているセーラー服と、白骨化した手が見えた。
「……この人が、秋田さん?」
その時だった。突然、白骨死体が舞い上がり、充太の首を絞めて掛かってきたのだ。
「グァ……ア、ガ……」
尋常でない力。その力の強さが、どれだけ彼女が恨みを抱いているか、充太には存分に理解できた。
「ゴ、めん、な」
充太は震える声で、そう呟いた。白骨化したはずの手が、足が、不意に温かみを帯び、肉付き始める。
「淋、しか、った、よな」
「う……」
充太がそっと白骨を抱き締めると、はっきりと、髪の綺麗な少女の姿が現れたのだった。