第35話 狂気の空間
「あは……あはは、あはははは!」
充太たちが心美の遺体を掘り出した頃、同じ学校のとある部屋で彼――柳本 勇が不気味な笑い声を上げていた。
「あはははは! 死んだ! 六地蔵も死んだ! やったああ~!」
何かに取り憑かれたように、パソコンを複数操作する勇。
「次は誰にしてあげようかな~」
ランダムに名簿をいじくる勇。
「でも、残ってるのは圭一と翔太と……創佑、健かぁ……。誰から殺してあげてもいいんだけどなぁ」
つまらなさそうに肘を突く勇。
「野郎ばっか残っちゃって……失敗したなぁ。女子も残しといて、黄色い悲鳴とか聞きたかったのに」
勇の顔が歪む。既に、彼の精神状態は完全に別の人間のようなものになっていた。正常な範囲はとっくに逸脱している。
「あはは! そうだ~……関係ないけど、ここは一丁藤阪に苦しんでもらうのもいいかも……あは、あはははは!」
勇は甲高い笑い声を上げた。
「!」
その声に知里が素早く反応する。
「ど、どした?」
「いま……笑い声がしなかった?」
裕則と充太が顔を見合わせる。
「いや……俺は聞こえなかった」
充太が首を横に振る。
「私も聞こえなかったが」
裕則も首を横に振った。
「間違いないよ。いま、男子の笑い声が」
「気味悪いこというなよ。いったい誰がどこで笑うんだよ」
「こっち……」
知里が何かに誘われるように歩き始めた。女子を一人だけにするわけにもいかないので、裕則と充太も慌てて後を追う。
「やっぱり、ここだわ」
そこは男子更衣室の前だった。
「でも、さっきここ調べてももぬけの殻で……」
「……。」
知里はそっと床に耳を当てる。
「聞こえる」
「な、何が」
充太の顔が引きつった。
「声」
「……!」
いよいよ彼らの顔が青ざめる。
「だ、だってここ、1階なのに……」
「あたしだって信じられないけど、聞こえてくるんだもん」
充太が後ずさりして壁にもたれかかる。その拍子に、額に入っていた古ぼけた写真が落下した。
ガシャン!と音を立ててそれが落下する。
「……それ」
知里が傍に駆け寄り、写真を拾い上げた。その写真には「竜砂高等学校校舎」の文字が記されていた。
「竜砂高校?」
二人が首を傾げた。
「あぁ」
裕則が思い出したように言う。
「それは、いま君らが通っているこの高校の旧称だよ」
「旧称……」
「それに……君らも聞いてるだろう? 君の担任の先生のこと」
「はい……」
「もしかすると……君らの先生の彼女だった子の遺体が見つかっていないことが、一番大きく影響しているんじゃないだろうか」
充太と知里がハッとしたように顔を上げる。
「じ、じゃあその子の体を見つけてあげれば」
「事件は、何らかの動きを見せるだろう」
「……ちょっと待って」
知里が呟く。
「どうした?」
「もしかしたら……この部屋の下に、彼女、いるんじゃない?」
「え!?」
裕則と充太がこれにはさすがに大声を上げてしまった。
「だって、考えてもみてよ。この下は完全に土かコンクリートなのに、どうして声が聞こえるの?」
「……。」
「とにかく、あたしはこの下に何かあると思う。こうなったら、ドリルでも何でも持ってきて、思い切り掘るわ!」
そう言って知里が走り出そうとしたときだった。
「待て」
充太が動きを止めた。
「何?」
「床が……ここ、軋むぞ」
充太、知里、裕則の立っている場所から2mほど動いた位置。そこの床が、なぜかちょっと不安定で柔らかい印象を受ける。
「……飛んでみる?」
知里がおそるおそる充太に問う。
「あぁ……」
充太がそっと知里の手を引いた。
「行くぞ」
「うん」
「……いっせぇのぉで!」
二人が一緒に飛び跳ね、一気に着地したと同時だった。グラリと床が揺れる。
「危ない! 飛ぶぞ!」
「きゃあ!」
二人がその場を離れてすぐ、床が崩れ落ちた。
「ゲホッ!」
「ウエーッ! ひどいホコリ……!」
地煙のようなホコリが舞い上がり、ガラガラと床の崩れる音が響いた。それらがようやく晴れてきたと同時に、信じがたい光景が目に映った。
完全に白骨化した、死体だった。
「いやああああああああああ! ま、またぁ!」
知里が目を覆う。その白骨化した死体は、この高校ではない、セーラー服を着ていた。
「……この子は、どこの……」
しかし、それ以上に恐ろしい光景が目に映る。死体であるはずの彼女の手元に、煌煌と灯りを放つパソコンが、何台も置かれているのだ。
「なんでパソコン……が……」
裕則が恐る恐るパソコンを覗き込む。右端のパソコンには「助けて」、「死にたくない」、「ここから意地でも出てやる」、「殺したい」というような、かなり恐ろしい言葉が並んでいた。
中央のパソコンには、メールソフトが開かれていた。
「まさか……ここから?」
そして、左端のパソコンに裕則は目を移した。何かの有線ケーブルにつながれているようで、それは床下をずっと伝っていた。
「どこ行くんですか!? 安食さん!」
「この左側のパソコン……。これを辿れば、きっと今回の事件の根源に繋がるように思うんだ。追いかけてみる」
裕則が崩れた床から下へ降りる。顔を見合わせ、それから充太と知里もうなずいて同時に言った。
「あたしも行きます!」
「俺も行きます!」
覚悟はできていた。何が起きても、受け入れられるという、覚悟だった。