第34話 空間の狭間
「俺たちの教室の下はここだよな……」
充太は男性職員の更衣室にやって来た。しかし、案の定更衣室は施錠されており、誰かが侵入したような形跡もない。
「だいたい、こんなところで誰がパソコン動かすのよって話よね」
知里も首を傾げる。その意見は充太も裕則も同じだった。
「でも、確かに検知されたんだろ?」
「うん……」
知里が自信なさげにうなずいた。
「とにかく、職員室で鍵を借りてこよう。話はそれからだ」
「はい」
充太は先を急ぐ裕則の後を追った。知里も慌ててついていこうとしたときだった。
――行かないで。
「え?」
知里が足を止める。
「どうした?」
「……。」
「おい、知里?」
「誰か……いる」
その言葉に充太と裕則の表情が強ばる。知里たちの視線の先には明らかに誰の姿もない。しかし、知里は誰かがいると感じ取っているのだ。
「おい……どの辺にだ?」
充太が知里に聞く。
「更衣室の……ううん、廊下のちょっと北側」
「北側って……」
その先は駐車場になっている。舗装されていない砂利道で、その先には用務員さんが植えている花が広がる花壇だ。
「駐車場と花壇なのに、誰がいるってんだ?」
「あたしもわかんないけど……」
「待て」
裕則が身を乗り出した。
「あそこ……」
裕則の指差す先には花壇がある。そして、妙に空いた空間があるのだ。
「何、あれ……なんであそこだけ……」
「行ってみよう」
充太がゆっくりと外に出た。おっかなびっくりついていく知里。裕則が慌てて後を追う。
「ここ……膨らんでる」
充太は自分の心臓が飛び出しそうなほど激しい鼓動を発していることに気づいた。
「……掘ってみよう」
「え? でも……」
「ここに何かがあるのは事実だ。三雲くん、スコップか何かを」
「はい!」
充太は急いで工具や農具が置いてある用務員室に向かった。扉を開くと、土臭い匂いが漂ってきた。
適当にスコップをかき集め、裕則たちのいる花壇前に走った。
「はい!」
「よし……。君と私で掘ろう」
「はい!」
「ただし、ゆっくりだ」
「はい……」
裕則と充太はゆっくりゆっくり地面の土を掘っていった。そして、5分ほどしてそれは出てきたのだ。
「きゃああああああああ!!」
知里が悲鳴を上げた。思わず充太も腰を抜かしてしまう。
「て……手が……!」
肉の剥がれた手のようなものが出てきた。
「……ここから先は私が掘る。君らは、下がっていなさい」
「はい……」
充太と知里は手を握り合って裕則の姿を見ていることしかできなかった。そして10分ほど経過して出てきたのは、女子生徒の無惨な遺体だった。
「……残酷なことをさせてしまうが、三雲くん」
「はい……」
「この女子生徒に、見覚えはないか?」
「……。」
充太は恐る恐る、その姿を確認した。
「あ……あぁ……」
見覚えのある顔。それは――。
「三輪さん……」
三輪 心美の遺体だった――。
「本当にこんなことで見つかるの!?」
次元が異なる同じ花壇の位置で、翔太たちはある作業を懸命に続けていた。
「次元が違っても、どこかで空間が繋がってるって三輪は言ってた。そんでもって、その空間が繋がるのは俺たちがこういう事件を引き起こすキッカケになった場所だって」
「だったら、あの階段は!?」
素華の言う階段とは、心美が亡くなった場所であった。
「三輪の精神は、きっとあの階段にはない」
「どうしてそう言い切れるの!?」
利香が必死になって地面を掘りながら翔太に問う。
「最期に恐らく三輪が事切れたのはこの花壇だよ」
「でも、階段で頭打って……即死だったんじゃ」
「肉体はな。でも、精神が死んでいない証拠として、俺たちの前に三輪が出てきたじゃないか」
最も説得力のある意見だった。
「そうね……」
素華がうなずく。
「俺たちは、ここに賭けるしかないんだ」
そして、心美に指示されたものを埋める。
「……いいのかな、本当に」
「何が」
「これ……柳本くんと心美の想い出の……」
素華がそこで涙をこぼした。
「なんで……あたしたち、あんな恐ろしいことを……!」
「六地蔵! 今はとにかく作業を続け……」
その時だった。
「ケ」
利香が呟いた。
「ケータイが……鳴ってるよ、素華」
「!」
素華が慌てて携帯電話を取り出す。そして、呆然とした様子で見つめていた。
「どうした?」
「名前あそびの……メールが入った」
「お、落ち着け!」
創佑が素華の携帯電話を奪うようにして画面を見た。
< 0001 > D
From:☆♪※!!?
Sb:第1問♪
添付:なし
―――――――――――
六地蔵素華様
さぁ、始まりました名前
あそび! 六地蔵さんは
初めてのご参加ですね。
ですので、レベル1のク
イズから出題します!
では、次のうち最も距離
のある駅間はどの区間で
しょうか?
1:吹田~岸辺
2:大久保~魚住
3:高槻~吹田
4:三輪~六地蔵
「アハハ……」
素華が笑う。
「どこが……どこがレベル1だよ! ふざっけんな!」
あまりにも難しすぎるクイズ内容に創佑が激怒する。
「いいよ……」
素華が力なく笑う。
「あたし……実を言うとさ、後悔してたんだよね。あたしが主導してやってたくせに」
「六地蔵……」
圭一と翔太が呆然とした様子で彼女の名前を呼んだ。
「どうしてこんなことしてるんだろうって。ずっと後悔してた。でも、後悔はしても彼女に謝罪とかはしなかったもんね……。死んで当然?みたいな感じ」
「この世に死んでいいヤツなんているかよ!」
創佑が叫んだ。
「ありがと。死んでいい人はいないかもしれない。でも、死ぬべき人っていうのはいるんじゃないかな」
「……素華」
沈黙が起きる。
「ゴメンね……心美」
「やめろ。六地蔵! クイズに答えろ!」
圭一が叫ぶ。
「そうよ! 素華! ダメ元でもいいから、お願い答えよう!」
「いいの、利香。ねぇ、利香お願い。あたしの分まで……しっかり……生きてね」
「イヤ! お願い! ダメならあたしが答える!」
「ダメよ! ほかの人が答えちゃダメって……」
その時だった。
「ゲホッ!」
「!」
「素華!?」
素華があっという間に崩れ落ちた。
「六地蔵!」
「素華!」
「時間……みた……い」
素華がヘヘッ、と笑った。
「いやああああああああ!」
利香が泣き叫ぶ。
「アハハ……すっご……い、心臓がいたくて……息が……」
「クソッ……!」
圭一たちにはなす術がない。
「あ、りがとね……。ね、アンタたちは……助かってよ、ね、たの、む、から」
「あぁ……あぁ……!」
翔太、創佑、圭一が3人で素華の手を握り締める。
「みっ、美知留とか、独りで死んじゃった……の、よね」
「……。」
素華の目から涙がこぼれ落ちる。
「あたしは……幸せだなぁ。4人も……友達から、看取って、もらえる、ん、だか、ら」
「素華……」
「あ、りが、と……」
最期に、彼女はこういった。
「ゴメンね……心美……柳本く……ん……」
そして力なく、素華の手が圭一たちの手から離れていったのだった。