第30話 憑依
「糸井先生! 三雲くん! 藤阪さん!」
裕則は必死で3人の名前を呼んだ。
「ウ……」
充太が反応する。裕則は必死に充太の体を揺さぶり続けた。
「起きてくれ! 頼む!」
「邪魔をするなあああああ!」
大声に驚いて裕則が振り返ると、目を血走らせた勇が金属バットを振り上げて彼に振り下ろさんばかりの状態だった。
「うわあああああ!?」
これには裕則も驚いて大声を上げてしまう。反射神経の良い裕則はうまく振り下ろされたバットをよけることができた。
「んん……」
その衝撃音で、知里が目を覚ましかけた。
「藤阪さん!」
「チッ……」
勇が舌打ちをする。
「邪魔しやがって……。おい、アンタ。本当は教科書販売とかで来たんじゃねぇんだろ?」
「……。」
「答えないってことは、図星だな。なんなんだ? アンタ」
勇はジリジリと裕則に接近する。刑事という職業柄、万が一と言う事態を考えて拳銃を忍ばせてはいた。しかし、学校でそれも生徒に向かって学内でむやみやたらに拳銃を使用することははばかられた。
「質問されるばかりじゃ、こちらとしても腑に落ちないな」
裕則が言い返す。
「何?」
「俺からも聞かせてもらっていいか?」
「……へぇ。なんだ?」
「お前、何者だ?」
「……。」
勇が答えに詰まった。
「何者って……柳本 勇だよ」
「そう」
裕則はさらに質問をぶつけた。
「それじゃ、次の質問」
「なんだ?」
「あなたの、好きな人は?」
「……みわ ここみだ」
「そこにある黒板で、名前書いてみせてくれよ」
勇は不審そうにしつつも、言われるがまま黒板に白チョークで心美の名前を書いた。その字を見て、裕則が笑う。
「何が可笑しい?」
「いやぁ……」
裕則が自信に満ちた目で言った。
「あんた、柳本くんじゃないな?」
「はぁ?」
「あんたが書いた名前……三輪さんの名前じゃないんだよ」
「!?」
驚いて勇が振り返る。
黒板には、「三輪 心未」と書かれていた。
「なんだど……?」
「本当は心に美しいと書く。素敵な名前じゃないか」
裕則は試すように勇に言い続ける。
「けど、おかしいなぁ。クラスメイトどころか、彼女でもあるはずの三輪さんの名前を、どうして君は間違えたのかな?」
「……。」
「答えられない? 答えられないなら、教えてあげようか」
勇がクスッと笑った。
「いらねぇよ」
「……。」
勇は続ける。
「アンタは、わかってんだろ?」
「……あぁ」
裕則は十数年前の記憶を呼び出していた。今でこそ、このような口調ではなくなったが、あの当時と風貌はほとんど変わっていない。
「旧姓、福井 翔一くん……」
すぐそばで意識を失っている、翔一の高校時代の名前だった。
「聞きたいことがある」
裕則は警戒心を緩めず、彼に問うた。
「どうぞ」
「なぜ……糸井先生はいるのに、十数年前の彼の意識がいま、現世にいるんだ?」
勇はヘヘッと笑った。
「刑事さんは、生霊とか死霊とかって、知ってる?」
「あぁ」
裕則はそう言ったオカルトじみたことに興味はなかった。しかし、映画やドラマ、小説などでホラーを扱う際には特に後者は好んで用いられるものだ。また、前者も昔のそれこそ歴史の教科書に出るような古文作品で、いくらか出てきていた記憶がある。
「今の俺が、まさしくそれ」
「生きているのか? 死んでいるのか?」
「どうなんだろうね……。目の前にいる十数年後の俺がいるってことは、生霊になるんじゃないか?」
ククッと笑う勇。しかし、中身は勇ではないことは既に裕則は理解していた。
「多分……そこにいる俺の中でも、きっと十数年前の出来事が整理できないまま、何らかの形で残っているんだよ。それが、こうした形になって出てきた」
「じゃあ……今度の事件も、お前が?」
「はは! 冗談やめてよ。十数年前の事件は、そこで寝ている俺自身がきちんとかたをつけた。だけど、今回のこの事件……これが起きた時、俺の意識が急に芽生えたんだ」
「……どういうことだ?」
理解が追いつかない裕則。勇はわかりやすく噛み砕いて言った。
「つまり、かたをつけたつもりになってたんだよ。糸井も俺も」
「?」
なおも理解できない裕則に向かって、勇は微妙な笑みを浮かべるばかりだ。
「とにかく、今回の事件は俺じゃない。俺は……」
スッと勇の胸を押さえた。
「柳本の悲しい気持ちに呼応して、それこそ取り憑くような形になっただけだ」
「それじゃあ……2年4組の事件の原因は別にあるのか?」
「まだ、わかんないのか?」
勇がキッと裕則を睨みつける。
「いいか? 俺の気持ちもそこで寝転んでる糸井の気持ちもどうして未だに整理がついていないかわかるのか?」
「……まさか」
「そうだよ」
勇が悲しそうな表情を浮かべる。そして、言った。
「俺の愛する人の遺体が……まだ出てきていない」
「……。」
「その憎悪が、柳本の気持ちを晴らさない。俺はこいつに取り憑いた以上、何とかして俺のような過ちを犯さないよう、制御してきた」
「そんなことができるのか?」
勇は笑いながら「そりゃあ、もう霊ですから」と冗談っぽく笑う。
「だけど、なんでお前の愛する人の遺体が見つからないことで、柳本くんがこんなことをするんだ?」
その時だった。
「ん……」
充太がいよいよ目を覚まそうとしていた。
「おっと。こんなところを見られるのはマズいな」
「なんでだ?」
「わかんないのか?」
勇は笑いながら言った。
「俺が犯人だと思っているヤツらの前に、ミスミス姿現すようなヤツ、いないだろ?」
「……。」
「そうだ」
思い出したように言う勇。
「さっきのアンタの質問だけど……三雲に聞いてみろよ」
「それで何かわかるのか?」
しばらく間が空いたが、はっきりと言った。
「アンタならわかる」
次の瞬間、眩い閃光が目の前で炸裂し、思わず裕則は目を閉じた。そして次に開いた時には、そこに勇の姿は既になかった。