第29話 オレヲタスケテ
「……ま、またまたぁ。先生、冗談キツいよ……」
知里が苦笑いしながら手を振った。しかし、翔一は俯いたままだ。
「マジで言ってんの? 先生……」
確認するように、充太が聞き返すと翔一は小さくうなずいた。
「なんで……?」
翔一はすべてを話してくれた。
高校時代、付き合っていた彼女を何らかの理由でクラスメイトに殺害されたことが最も大きな理由だったという。しかし、殺害したという証拠もなければ、彼女の遺体も見つからなかった。
しかし、翔一は確信を持っていたという。間違いなく、クラスメイト全員が彼女の殺害に関わっていると感じていたのだという。
「疑心暗鬼じゃないんですか……?」
知里が恐る恐る聞いた。
「それも否定はできない。自分でも情けない話だが……殺害の瞬間、意識が飛ぶように高揚してしまって、気づいた時には相手が事切れているっていう場面ばかりだった」
「……。」
翔一は右手で顔を覆った。
「本当はわかっていた。証拠もないのに、クラスの皆を疑うのなんて嫌だった。でも、少しでも気が緩むと……彼女が、俺の気持ちをはやし立てるんだ。殺せ。殺せって……。まるで、なんか精神的に病んでるみたいな状況になって。その気持ちが抑えきれずに形になって……結果として……」
翔一の目から涙がボロボロとこぼれてきた。知里もいたたまれなくなり、目を思わず逸らしてしまった。
充太は一番聞きたい部分を包み隠さず、聞いた。
「先生……」
「なんだ?」
翔一は優しい顔で充太の声に反応して顔を上げた。
「聞いていいですか?」
「あぁ……」
充太はゴクリとツバを飲み込んでから聞いた。
「先生の彼女っていうその子は……見つかったんですか?」
翔一は首を横に振った。
「行方不明のままだ」
「そんな……」
知里が震えた声で呟いた。
「けど」
翔一は語気を強めた。
「もう半分以上、諦めてるんだ」
「な、なんでですか!?」
知里が詰め寄る。翔一は比較的落ち着いた様子で続けた。
「当時……俺が通っていた高校は竜砂高校と言った。住んでいた市は竜禅寺町」
「……それがどうかしたんですか?」
「お前らは知らないか」
翔一が懐かしそうに言った。
「お前らが通うこの高校に……先生たちが通っていた竜砂高校はあったんだ」
「そ、それじゃ」
翔一は小さくうなずく。
「万が一……彼女がいるとしても、もう見つけることは不可能に近いかもしれないな」
当時の校庭に現在、校舎が建っている。そうでないとしても、既に地面に遺体は埋没していることになるので、既に見つけることはかなり困難な状況になっている。
「でも」
知里が最もな疑問をぶつけた。
「それと、今回の『名前あそび』の事件とどう関係があるのかな」
「さぁ……。そればっかりは、俺も」
充太が首を振る横で、翔一が青ざめていた。
「お前ら……本当に『名前あそび』に?」
「あれ? どこかで言いませんでしたっけ?」
充太は何を今さら、とでも言いたそうな表情で翔一に聞いた。
「少なくとも、お前から聞いた覚えはない」
「そっか……。実は俺たちも、『名前あそび』に巻き込まれてた」
「まさか……お前らもとはな」
翔一が苦笑いする。
「それで? お前らが『名前あそび』に巻き込まれているとすれば……クラスメイトの中に、主犯格の人物がいるはずだ。それに心当たりはないのか?」
「残念だけど……俺は事件の発端になったらしい時期には、骨折して入院していた」
知里が同じく首を横に振りつつ引き取る。
「あたしも……何かが起きた日には、風邪を引いてて休んでて……」
翔一が悔しそうに唇をかんだ。
「クソッ……! 知ってるヤツは少なくともこの学校にはいないってわけか」
沈黙が続いた。充太がその沈黙を破る。
「この学校を脱出する方法、ないんですか?」
「あるとすれば……別の学校にいる誰かに俺たちの意識をそこへと引っ張り出してもらうことくらいじゃないかな」
「なんかあたし、意味わかんないんだけど……」
知里が困惑した様子で翔一と充太を交互に見つめていた時だった。
「痛ッ……!」
「ち、知里?」
突然知里が頭を抱えて座り込んだのだ。
「どうした? 藤阪」
「頭……すごい痛い……」
「頭痛か?」
「痛い……痛いよ」
充太と翔一は知里の異変にある意味、恐怖感を感じていた。次々と吐き出される言葉が、とても知里が発しているとは思えないものなのだ。
「痛い! お願い、やめてよ! ねぇ! 痛いの!」
「おい、知里!」
充太がガクガクと知里の体を揺らすが、知里はますます意味不明な言動を始めた。
「いやああああ! あたし、こんなトコにいたくない! 出して……こんな寒い暗い場所、いやああ!」
「知里……うわぁ!?」
突然、知里は充太を突き飛ばして翔一に抱きついた。
「お、おい藤阪!? どうしたんだ、本当に!」
「翔くん!」
「……え?」
翔一は目を丸くした。
「翔くん! 助けて……怖いよ……! お願い、早くここから出して……!」
「あ……」
突然、知里の体が崩れ落ちた。突き飛ばされて尻餅をついていた充太が立ち上がり、知里を支える。
「知里!」
バチッと目を開ける知里。
「大丈夫か?」
知里の目は相変わらず泳いだままだ。そして、不意に目つきがキツくなったかと思うと、予想外の言葉が出てきた。
「どうして早く戻らない!?」
「!?」
翔一と充太はまたしても態度を急変させた知里に戸惑いの表情を浮かべていた。
「友達が苦しんでいるのにどうして助けてくれない!? いつまでたっても名前で遊ばなきゃいけない俺の身にもなってみろ! あぁ!?」
「どうしたんだよ知里!」
充太が一喝すると、知里の体が今度こそ、崩れ落ちた。
「危ねぇ!」
間一髪のところで、充太が支える。
「……。」
「なんだったんだよ、今のは」
充太は知里の意味不明な行動と言動を思い返していた。
――翔くん! 助けて……怖いよ……! お願い、早くここから出して……!
――友達が苦しんでいるのにどうして助けてくれない!? いつまでたっても名前で遊ばなきゃいけない俺の身にもなってみろ! あぁ!?
この二つの言葉に何か秘密が隠されている。充太はその秘密に近づくキーワードを知里が言ったことにうっすらとであるが、気づいたのだった。
「ここから……。どこだろう」
どこかから出してほしい人物がいる。そして、助けてほしい人物。後者は目星がついていた。
「勇……」
夏哉の話を思い返す。勇と心美に起きた、あってはならない出来事。十中八九、今回の事件は勇が絡んでいるのだと充太はほぼ確信していた。
「先生」
充太の表情が変わる。
「とにかく、ここから出よう」
「……あぁ。次元が違うじゃ、話にならないからな」
「だな」
そして、何とかしてここから脱出しようとした時だった。どこからともなく、聞き覚えのある声が充太と翔一の耳に届いたのだ。