第01話 終わりは、始まり
「ん~……! やっと退院だ~!」
三雲 充太(鹿児島県 砂原市立 真砂高等学校2年4組14番)は砂原市立中央総合病院の入口を出て、思い切り伸びをした。
半年前、下校途中で交通事故に遭遇した充太は胸部、脚、背中など5ヶ所を複雑骨折してしまい、半年に及ぶ入院生活を余儀なくされた。そのような生活も今日でようやく終わりを告げる。その終わりを歓迎するかのような眩い夏の日差しが、充太を包み込んだ。
「よーし! もう終業式だけど、とりあえず学校に久しぶりに顔出すか!」
充太はひとまず自宅へ戻ることにした。中央総合病院から自宅までは徒歩で5分。蝉の鳴き声や風鈴の音を聞きながら、充太は家へと向かう。
「おぉ……! すっげぇ新鮮!」
充太は自宅の玄関を見て、声を上げた。
「あ! 兄ちゃんだ!」
「おう! 秋太 優太!」
充太の7つ下の弟・秋太と9つ下の弟・優太が元気よく彼らの部屋から充太の名前を呼んで手を振った。
「おかえりなさい」
母の今日子が玄関を開け、充太を出迎えた。
「ただいま!」
久しぶりの自宅に、充太は思わず涙が流れそうになった。
「ウチの玄関の匂いだ~」
充太は玄関に入るなり寝転び、そう呟いた。
「何? 充太ったら。ホームシックにでもなってたの?」
今日子がクスクス笑う。
「うーん……否定はしない!」
「まったく!」
今日子が大声で笑い始めた。
「でも、高2の前半の勉強が止まったままだ……。先生、よく俺を進級させてくれたよなぁ」
充太は担任である糸井 翔一の顔を思い浮かべた。一昨年、真砂高校に初めて着任したまだ25歳の若手教師だ。しかし、既に担任を任されるほどの実力の持ち主で、生徒からの信頼も厚い。
「ただ楽に進級させてくれたわけじゃないみたいよ?」
「どういうこと?」
「2学期の試験、しっかりやってもらうんですって」
「……嫌な予感」
「よくわかってるじゃない。何でも、90点以上採れば、問題ないそうよ」
充太の顔が青ざめる。
「運動バカの俺になんて無茶を……」
「とにかく、しっかり頑張りなさい。ほら、そこにいるお友達にビシビシしごいてもらうとか!」
充太はふとリビングにあるソファに目を移した。
「よう!」
「……おぉ! 久しぶり!」
ソファに座っていたのは、クラスでも特に仲の良い名塩 圭一(10番)と八尾 夏哉(18番)の2人だった。
「どうしたんだよ! ビックリするじゃーん!」
充太は笑顔で彼らのところに駆け寄り、手でタッチする。
「いやいや! お前が退院するって聞いたから、俺らも会いたくなってさ!」
圭一が笑顔でグイグイと充太の胸を腕で突いた。
「痛ぇよ、バカ!」
「またまた、照れなくたっていいじゃんかよ」
「照れてないっつーの」
充太は少し顔を赤くして言い返した。
「ところでさ! 今日だけど、終業式だったんだ」
「え? もう終わり?」
夏哉が笑う。
「入院ボケかよ! 終業式はだいたい午前中で終わるだろ?」
「マジかよ~……」
充太はガクンとうなだれる。
「でもさ、クラスのヤツら、充太に会いたいって言ってるんだぜ?」
「マジ?」
圭一の言葉に充太は目を輝かせた。
「おう! だからさ、今から学校行かないか?」
「行く行く!」
「よし! 決まりだな! 行こうぜ、充太! 夏哉!」
「おう!」
3人は玄関で靴を履き、日差しがまだサンサンと降り注ぐ街へと繰り出した。
真砂高校へ着くと、充太は校舎を見渡した。
「変わんないなぁ、半年くらいじゃ!」
充太はグラウンドで大きく伸びをした。
「何やってんだよ~、充太!」
「おう! すぐ行く!」
充太は圭一に呼ばれて急いで昇降口へと向かった。ちょっとムアッとした空気が、むしろ病院の冷めた空気に慣れてしまった充太には気持ちよく感じられた。
「俺のスリッパ、どこだ?」
「クラス替えはなしで、靴箱だけ移動したからな。でも、全体の配置は変わってないぜ。お前のスリッパはココ」
確かに並び順は同じだった。充太のスリッパは、靴箱の一番上の段にある。
「変わらないなぁ」
「懐かしそうに言い過ぎだろ」
夏哉が笑った。つられて圭一と充太も笑う。
「……あれ?」
充太の声に圭一と夏哉が足を止めた。
「どうした?」
「……ううん。俺の思い過ごしかも」
「そうか?」
「うん」
「じゃ、早く行こうぜ。みんな待ってる」
「うん」
階段を上がる3人。しかし、充太はどうしても気になって、かなりボカした質問を2人にぶつけてみた。
「なぁ……」
圭一が振り返る。
「どした?」
「……。」
当たり前だ。何も問題なんてない。充太はそう思いつつもどこかで不安が心の隅を支配していた。その不安を打ち消すためにもと充太は考え、思い切って質問をぶつける。
「みんな……元気にしてるか?」
圭一と夏哉が一瞬、目だけを見合わせた。
(……!?)
その目が異様に暗いというか、冷たい目をしているように充太には感じた。思わずゾクッとした感じが充太を包み込む。鳥肌が立った。
しかし、すぐに夏哉が人懐っこい笑顔で答える。
「うん。みんな元気すぎるくらいだよ」
圭一が教室を指差した。
「みんな、充太を待ってるぜ」
「早く行こう?」
考えすぎかもしれないな、と充太はうなずき、さっきまでの感覚は気のせいだと思うことにして、圭一と夏哉の後を追った。