第26話 罪の意識
「……ん?」
健が気がつくと、教室で仰向けになって倒れていた。
「何があったんだっけ……」
よく覚えていなかったが、周りを見ると他のクラスメイトも倒れている。
「糸井先生の声が聞こえたところまでは覚えてたんだけど」
健は外を覗きこんでみた。すると、そこには徹子と創佑、翔一が倒れている。健はひとまず、翔一を起こしてみることにした。
「先生」
「ん……」
「良かった! 先生、怪我ない?」
「あぁ……。大久保は?」
「俺も平気。他のみんなも倒れてはいるけど、怪我ないみたいだし」
「そうか」
翔一は頭を摩りながら起き上がる。そして、貯水槽のある屋上へと向かってゆっくり歩き始めた。
「先生?」
「貯水槽に行ってくる」
「一人で危なくない?」
「任せとけ。先生、こう見えても運が強いからな」
翔一はニッと笑って親指を立てた。
「それより大久保。土山と魚住を教室へ戻してやっといてくれ」
「あ、あぁ……」
「頼んだぞ」
「先生こそ……気をつけて」
「あぁ」
健は翔一を見送った後、徹子と創佑を抱いて教室に戻った。まだ、他のクラスメイトも意識は取り戻していないため、沈黙が続く。
「……。」
健の体から震えが止まらない。こんな事態に陥って以来、自分のした行為の罪深さに恐怖感を覚え、さらにいつ殺されるかもわからない状況が追い討ちをかけていた。
「先生か……充太、藤阪あたりに言ってみようか」
言わずに自分が死ねば、あの場所を知っているのは素華だけになってしまう。しかし、素華の性格上、自分はあまり関係がないと思っている節が強いので、おそらく言わないままになってしまうだろう。そうなれば、残ったクラスメイトに残された道は死以外にないのではないか、と健は考えるようになっていた。
「……。」
健は立ち上がり、教室をそっと出た。もしも何も変わっていなければ、今もあの場所にあるはずだと考えながら。
同じ頃、翔一は屋上に到着していた。屋上からは暗雲に包まれた真砂高校の校庭と周囲の住居が見えていたものの、自動車や自転車はおろか、人っ子一人いないような状態だった。
「なんで……あの時と同じだ……」
翔一はあの日のことを思い出していた。あの時も同じように、町は自分たちの見知った町だが、人の姿が自分たち以外見当たらなかったのだ。
「まさか……ウチのクラスの子たちまで?」
翔一はブルブルと首を横に振る。あの子達に限って、自分たちと同じような過ちを起こしたりはしないだろう。そう思う一方で、翔一は旧友の言葉を思い出していた。
「人間なんて……本当は何考えてるんだかわかったもんじゃないぜ」
その言葉にゾクッと鳥肌が立ってしまう。確かにあの時、見知ったクラスメイトたちの暗い部分をたくさん見せ付けられた。
「まさかな……」
翔一はまた首を横に振り、貯水槽へと近づく。
「……。」
梯子を見上げ、ゆっくりと上がっていく。金属音が翔一の緊張をさらに高めていった。
「よっと」
翔一が重い貯水槽の蓋を開けると、生臭いにおいがツンと漂ってきた。
「ヒドい臭いだな……。よく見えん」
彼はひとまず、携帯電話のライトで貯水槽を照らしてみた。
「水ってこんなに濁っているものなのか?」
周りが暗いので、なんだか水が濁って見えていた。翔一は仕方がないので、もっと明るい照明を探すことにした。そのとき、雷の音と共に目の前の景色がグラリと歪んだ。
「なんだ!?」
翔一は思わず身構え、その方向を見つめる。すると、グニャリと空間が歪んだように見えたのだ。
「なんだ……?」
しばらくすると、その光が突然消えうせ、二人の人間がゆっくりと校舎のほうへ近づいてくるのだ。
「あれは……!」
翔一も見覚えのある人物。充太と知里だった。
「二人とも! でも……なんでここに」
ひとまず、翔一は貯水槽の以上の有無を調べ、一刻も早く教室に戻ろうと考えた。屋上と階段を繋ぐドアを開き、非常灯を片手に貯水槽をもう一度駆け上がる。そして、貯水槽の内部を照らして、彼は絶句した。
赤く漂う濁った水。その原因は紛れもなくその死体から流れ出る、血だった。そして、その見るも無惨にあちらこちらが傷だらけになっていたのは、八尾 夏哉だった。
「八尾……」
これで夏哉の死亡も確実となった。翔一は肩を落とし、しばらくまだユラユラと漂う夏哉の死体を見つめることしかできなかった。
「なんだ……!?」
校門を潜った充太と知里は、異様な雰囲気に突如変化した学校の光景に戸惑っていた。
「なんで急に……こんな曇ったの?」
「わかんねぇ……」
二人はギュッと手を握り締める。
「とにかく、校舎のほうに」
「何か御用?」
ギョッとして二人が振り返ると、見知らぬ少女が立っていた。年齢は自分たちとさほど変わらないものの、制服は見慣れないものだった。
「あ……いや、ここ俺たちの高校で……。ちょっと先生に用事が」
「ウソ」
少女が暗い声で突然そう言った。
「ウソって……何言うんだよ、アンタ」
充太はムキになって少女に言い返すが、知里がそれをやめるように腕を引っ張り、強引に走り出そうとした。
「おい、知里!」
「やめよ……早く行こう!」
「どうしたんだよ?」
その直後だった。
「そう言ってアンタたち、あたしを嵌めに来たんでしょう!?」
ギラリとハサミのようなものが光るのを、充太は確かに見た。
「うあああああああああああ!?」
知里が充太を思い切り引っ張った後に、彼の制服の一部をハサミが掻き切った。
「逃げるよ!」
「お、おう!」
二人が走り始めると、少女は聞いたことのない名前を次々と口走りながら追いかけてくる。
「もうすぐ終わりなの~! 石川くん、愛知川さん! カガワくん! 阪本くん! まさみに飛鳥、ちなつ! 後はあなたたちと福島くんだけ~! キャハハハハハハハハハ!」
「キモい女だな! 俺ら、そんな名前じゃねぇ!」
「知らない知らない! 名前でアソボ! アソボ! あはははははははは!」
充太と知里は走り続け、ようやく正面玄関にたどり着いた。しかし、ドアが開かないのだ。
「あ、開かない!」
「ウソだろ!?」
充太は強引に取っ手を引くが、ビクともしないのだ。
「あ……」
「あははははははははははははははは!」
少女が狂ったように叫びながら二人に近づいてくる。
「いやああああああ!」
知里の悲鳴がこだますると同時だった。
「入れ!」
「先生!」
翔一がドアを開いたのだ。
「ひいっ!」
充太が知里を押し込んですぐに自分も入り、ドアを閉めると同時に少女がハサミをドアに思い切り叩きつけた。
「名前! 名前でアソボー!」
「……。」
「なんなんだよ、アイツ……」
充太はドアを叩き続ける少女を軽蔑するような目で見つめた。
「行くぞ」
翔一はそれに特に答えず、スッと踵を返した。
「あの子……入って来ない?」
知里が心配して翔一に尋ねた。
「大丈夫。アイツ……」
アイツといいかけて、翔一が訂正したのを充太は聞き逃さなかった。
「あの子は、校庭しかうろつけないからな」
「……?」
二人は妙な言葉を吐く翔一に疑問を抱きつつ、クラスメイトが待つという教室に翔一に案内してもらうのだった。