第22話 時間との勝負
「ただいま!」
知里は帰宅するなり、自室へ駆け上がった。急いでパソコンを立ち上げ、すぐにインターネットで検索をかける。
「やっぱり……。間違いなさそうね」
その時だった。携帯電話が震えた。充太からの着信だった。
「もしもし?」
『もしもし? 知里か?』
「うん。私」
『俺……夏哉から聞いたことを話した』
「……何を?」
『三輪さんのこと』
知里は黙ってしまった。
『知里……お前は、どこまで知ってる?』
「私が知ってるのは……三輪さんに対して、ちょっとした軽蔑のような雰囲気が作られた頃のこと……くらいよ」
『失踪した日のことは?』
「私……あの日、風邪で休んでて詳しく知らないのよ。あの日来てた素華や七海たちに聞いても、教えてくれなかったし」
『そうか……』
知里は思い切って聞いた。
「私が休んだ日……何があったの?」
『それは追って話す。それよりお前、いまどこにいる?』
「今は家よ」
『名前あそびの解決に繋がるかもしれない……俺たちの共通点がわかった』
「……。」
『聞いてるか?』
「私も、わかったの」
電話の向こうで充太が「本当か!?」と大声を上げた。
「間違いないと思う。ねぇ、私の家に来てくれる?」
『あぁ。すぐに行く。また後でな』
「よろしく」
知里が電話を切ると入れ替わりだった。
「利香……?」
利香からの着信だった。しかし、携帯電話ではなく、自宅の電話からだった。知里は訝しがりながら電話に出る。
「もしもし? 利香?」
『知里! どうしよう、助けて! 助けて!』
かなり動揺した声だった。
「どうしたの? 落ち着いて、利香」
『来たの! 来たの!』
「何が来たの!?」
『あたしのケータイに……名前あそびのメールが!』
「えぇ!?」
知里が叫ぶと同時に、充太が勢いよくドアを開けて知里の部屋に入ってきた。
「知里!」
「充太! 大変! 利香のケータイに名前あそびのメールが……!」
「俺に代われ! 知里、お前はここのサイトを開いてくれ!」
知里は受け取ったメモを見て「やっぱり……」と呟いた。
「もしもし? 三雲だ!」
『三雲くん! どうしよう、どうしよう! 名前あそびのメールが……!』
「落ち着いて。俺の言うとおり、ゆっくり回答すればいいから!」
知里が素早くサイトを開く。
「充太! 開いたわ!」
「よし! 路線図開いてくれ!」
知里の目の前にあまりにも幅が広すぎる路線図が広がった。
「池田さん! 1問目、来たか!?」
『来たわ!』
「読み上げて!」
『えっと……池田 利香さんの利用料金はいくら?』
「知里!」
「え!?」
知里がビクッと体を震わせる。
「几帳面なお前のことだ。今までの……犠牲になったヤツらの料金、どこかに控えてないか!? 今までの傾向だと、1問目は必ず利用料金を聞いてくる! 皆が出された1問目の利用料金の正解、控えてないか!?」
「私の携帯のメモ帳にあると思うけど……」
「見せてくれ!」
充太は知里の携帯電話を半ば奪う形で握り締め、急いでメモ帳を開いた。
『ねぇ、三雲くん! どうして答えがわかるの!?』
利香が半泣きで充太に聞く。
「いいか? 信じられないかもしれないが聞いてくれ。俺たち……2年4組のクラスメイトの苗字は、名前あそびの名目どおり、本当にある共通点がある」
『なんなの、それ!?』
「近畿地方を走る……JR線の駅名が、苗字にすべて含まれているんだ」
『ホ、ホントなの!?』
「今は俺を信じてくれ! 知里、検索はOKか!?」
「ページは開いたわ」
充太は急いでメモ帳を開いた。
七海:1,430円
美知留:1,100円
夏哉:690円
岸辺くん:1,170円
二条:1,050円
守山くん:1,340円
みなみ:800円
「よし! 池田さん、選択肢にある値段は!?」
『えっと……170円、690円、1,430円、3,450円!』
「知里! 路線図で池田駅、探してくれ!」
「池田……池田……」
しばらくすると、電話の向こうから悲痛な声が聞こえてきた。
『三雲くん! あと30秒とか言い出した!』
「おい、知里! まだか!?」
「ないのよ……」
知里が青ざめる。
「え!?」
「池田駅なんて、JRの中にはないの!」
『ねぇ、あと20秒だよ!』
「そんなハズねぇだろ! 俺にも見せてくれ!」
充太は画面にへばりついて見た。確かに、路線図の中に池田駅というのは存在していなかった。
「そんな……」
「!」
知里の表情が変わる。
「もしもし! 利香!?」
『知里ぉ!』
「いい? 答え言うわよ!」
「え!? ちょっと待てよお前!」
充太が慌てて知里を止めようとするが、知里はその腕を振り払った。
「時間がないの! 私を信じて!」
「……わかった!」
「利香! 1,430円、1,430円を選んで!」
『わ、わかった!』
ゴクリと唾を飲む音が聞こえる。しばらくして、利香が『正解だよ……』と呟いた。
「よかった……」
しかし、間髪いれず次の問題が来た、と利香は言った。
「問題読んで」
『次のうち、仲間はずれは誰でしょう?』
「仲間はずれ……」
『吹田美知留、岸辺一誠、星田龍輔、三雲充太』
「美知留と岸辺くんは……もう亡くなったけど、充太と星田くんは生きてる」
「その観点は違うってことだ」
「……。」
黙りこんでしまう2人。電話口の向こうでも利香が必死に考えている。
「わかった……」
「本当!? 充太!」
「あぁ! 池田さん! 俺だ!」
『え?』
「仲間はずれは俺だ!」
『……わかった!』
しばらくすると再び利香が『正解……』と安堵の声を漏らした。
「良かった……」
しかし、利香の声は暗いままだ。
『最終問題が……来たよ』
「どんな問題だ?」
『また……仲間はずれを探せって』
「またかよ……!」
充太は頭を抱える。
『読むよ』
「……よし」
『大久保健、川西七海、土山徹子、曽根あずさ』
「……。」
充太は考えに考える。路線図を睨みつけ、知里も一緒になって考える。しかし、先ほどの充太が仲間はずれになったときの条件には当てはまらなかった。
『あと……30秒』
「!」
充太が動いた。
「池田さん! 川西さんだ!」
『え!? な、七海が!?』
「間違いない! 俺を信じてくれ。急いでクリックしてくれ!」
『……わかった』
利香は川西七海の2番を選択した。しばらくの沈黙の後、利香が呟いた。
『私……全問正解だって……!』
ホッとため息を漏らし、知里と充太は顔を見合わせた。
『アナタの命は保証されましたって……書いてるよぉ……』
利香が電話の向こうで大声を上げて泣き始めた。
「……ねぇ、充太」
「ん?」
「2問目と最後の問題の解き方、教えてよ」
「お前こそ。最初の問題、どうやって解いたんだよ?」
充太と知里は見つめあい、笑った。
名前あそびの核心に一歩近づく瞬間を、2人は迎えようとしていた。