第21話 父が示す共通点
「……。」
「知っていることでいいから、教えてくれないか?」
警察署の取調室で一人、充太は震えていた。向かいに座っているのは安食刑事だった。顔見知りになったという点では、まだ知らない刑事に話をするよりも気分的にはマシではあるものの、やはりこの一連の事件を呪いであるとか、あの名前あそびのせいだ、というのには気が引けていた。
「失礼します」
大矢刑事が入室する。
「どうした?」
「三雲くんの……お父様がいらっしゃいました」
「充太!」
「……父さん」
「母さんから聞いたぞ。どうしてもっとそんな大事なことを……早く言わないんだ?」
「父さん……仕事で忙しそうだったから」
「バカ……。我が子が事件に巻き込まれてるんだぞ。そんなときに、仕事云々という親がいるか」
父の大貴がペコリとお辞儀をして充太の傍に駆け寄る。
「どうぞ、お掛けください」
裕則は椅子を用意して差し出した。
「すみません、ありがとうございます」
大貴は深々とお辞儀をして着席する。
「おっと」
バサッと音を立てて、お辞儀をした拍子に大貴の胸ポケットから分厚い手帳が落ちた。
「父さん~……」
「すまん、すまん」
充太は呆れつつ、手帳から散らばった紙や切符のようなものを拾い集める。その中には、現像した写真も含まれていて、多数の写真が落ちてきた。
「父さん、なんだよこの写真……」
充太はさらに呆れた様子で写真を見つめた。
「ハハハ! お前も小さい頃は電車、好きだっただろう? 父さん、関西なんか滅多に行かないからなぁ。ついつい、珍しい駅名があったら写真、撮りたくなっちゃうんだよ」
「まったく……」
充太はしばらく写真を見て、何かに気づいたような目つきに変わった。
「……!?」
ほぼ同時に、裕則が口を開いた。
「そうだ、三雲くん。君に話があったんだ」
「……安食さん。俺……いま気づいたんですけど……俺たちって……」
「君も気づいたのか?」
充太はうなずく。
「この写真、見たらなんとなく……」
「そうなんだ」
裕則がうなずきながら、紙を一枚広げた。
「どうかしたんですか?」
大貴が意味を解せないようで、二人に聞く。
「ありがとう、父さん」
「?」
充太はニコッと笑った。
「父さんのおかげで、事件の謎が少し解けたかもしれない」
「本当か?」
「うん」
充太は写真に撮られた駅名標と名簿を比較する。
「やっぱり……。父さん、聞きたいことがあるんだ」
「なんだ?」
「俺が今から言う駅、あるかどうか答えて」
「あ、あぁ……」
充太は次々と駅名を読み上げる。スラスラと答える大貴は「充太、いつの間にそんな電車好きになったんだ?」と逆に驚いていた。
「間違いなさそうですね……安食さん」
「そうだな」
しかし、まだ謎は残っている。あのメールで通知される料金とはいったいなんなのか。さらに、みなみの携帯電話のメール履歴に残っていた共通点というのも、謎のままである。
「三雲くん」
「はい」
「料金は……この君たちの共通点から考えると……あれじゃないか?」
充太もコクリとうなずく。
「やっぱり、そう思われましたか?」
「間違いなさそうだな……」
しかし、その計算をするにしても幅が広すぎた。
「こんなにあったんじゃ……なぁ」
裕則は苦笑する。
「あ」
充太が思い出したように言った。
「安食さん。大事な話が……あるんです」
「大事な話?」
「はい……」
充太は既に亡くなった夏哉が告白した、あの日のことを裕則と大貴の前で話し始めた。
同じ頃、知里は利香の家を訪ねていた。あの騒霊現象以来、利香はすっかり家に引きこもってしまったから心配になって来ていたのだった。
インターフォンを鳴らし、応答を待つ知里。しかし、まったく応答はない。利香の両親は共働きなので、夜帰るのも遅いのだ。そのため、不安もひとしおだろうと考えた知里は、少しでもその不安をやわらげようと思い、利香を訪ねたのだった。
応答がない以上、知里自身がここにいても意味はあまりなかった。それに、あの名前あそびを巡る事件は未解決である。知里もいつ、自分が狙われるのかはわからない不安があったため、あまり一人にはなりたくないのが本音だった。
「帰ろう……」
ゾクッとするような気配を一瞬感じたため、知里はすぐに家路に着いた。
「……。」
振り返ってみるが、誰もいない。再び前を向いて歩き始めると、すぐに後ろに誰かがいるような気配を感じる。しかし、振り返っても誰もいない。
「……気のせいよね」
前を向いた瞬間だった。
「え!?」
真上から明るく足元を照らしていた街灯が突然、消えたのだ。
「な、なんで……?」
不安のあまり、泣き声に近いような声を上げている知里に、それは突然襲い掛かった。
「痛ッ……!」
激しい頭痛だった。ガンガンと痛む頭。知里は耐え切れず、その場にしゃがみ込んだ。
「痛い……な、なんで……」
不意に、2年生進級時に行った修学旅行の光景が思い出された。3年生の時は進学を控えるため、真砂高校では2年生のはじめに修学旅行を実施する。
『ねぇ、この駅なんて読むんだろう?』
知里たちは修学旅行で、京都・大阪・神戸のいわゆる「三都」を訪れた。京都からの移動で、この日は奈良を経由し大阪へ向かう行程だった。
『これは……あぁ、祝園や』
関西出身の純司がアッサリ答える。
『へぇ~! 地名ってやっぱり難しいね』
『そうやな。あ、そうや。おもろいクイズ出したろか?』
『クイズ!? 何、何?』
好奇心旺盛な徹子が純司に聞く。
『その名も名前あそびっていうクイズ』
『名前あそび? 変わった名前』
素華がクスクスと笑った。
『知らんのか? 日本人の名前って意外と遊べるんやで! あの金田一少年の事件簿でも、魔犬の森の殺人ていう話で、名前がキーワードになるんや』
あの時の純司の話では、主人公たちを含めすべての人物がそのストーリーでは名前に数字が含まれており、それが事件の解決の糸口になったということであった。
そして純司は言った。
『俺らも、そういう事件に巻き込まれたら、名前で事件解決のためにダイイングメッセージとか残せるんやで!』
「名前……」
そして、知里の脳裏に再び、修学旅行で乗った数々の電車内での言葉が蘇る。
『ご乗車ありがとうございます。この電車はみやこ路快速、奈良行きです。停車駅は東福寺……』
『ご乗車ありがとうございます。この電車は新快速、播州赤穂行きです。停車駅は尼崎、芦屋、三ノ宮、神戸、明石、西明石、加古川、姫路に停車します。西明石から各駅……』
「まさか……」
知里は携帯電話のアドレス帳を開き、名前を確認する。
「間違いない……」
そこでさらに知里は気づいた。
「まさか……」
知里は立ち上がり、走り出した。
「家に帰って調べてみよう!」
少しずつ、事件の真相に近づこうとする二人。しかし、それよりも急速に名前あそびの恐怖が迫っていることにまだ、彼らは気づいていなかった。