第19話 名前リスト
「あれ……?」
充太と夏哉が勇の家を訪ねた時間は午後5時。既に日が暮れなずんでいた頃だった。
「いないのか?」
充太は再度インターフォンを鳴らす。しかし、応答はない。
「おかしいな……」
充太は首を傾げる。
「どこがおかしいんだ?」
夏哉が聞いた。
「見ろよ」
充太が指差す方向には、牛乳瓶を入れる乳業メーカーのボックスが置いてあった。
「それが何なんだ?」
「中が入ったままだ」
中には温くなったままの牛乳が入っていた。
「飲んでない……?」
「なんで牛乳を朝から飲まないまま、家の中にも入れずに置いてあるんだ?」
充太はそれだけ言うと、門を開けた。
「おい! 勝手にいいのかよ?」
「何かおかしい。様子を見るだけだから」
「おい~……」
夏哉も悩んだが、一人きりになるのは嫌だったので渋々、ついていった。
門を入り、ドアノブを握ると鍵は掛かっていなかった。
「開いてる。ってことは誰かいるんじゃんか」
「バレたらまずいって。帰ろう、充太」
「ここまで来て引き返せるかよ。すみませーん!」
充太は家の中に向かって声をかける。しかし、応答がないままだ。充太はドアを全開にし、玄関に入る。おっかなびっくり、夏哉も後を追う。
靴が2足とサンダルが1足。靴の1足は勇がお気に入りだと言っていた靴で、もう1足は女性物。おそらく、彼の母が履いているものだろう。サンダルも母が履いていると考えるほうが妥当だった。
靴が置いたままということは、家の中に誰かがいることはもはや、間違いのない事実だった。充太は靴を脱ぎ、廊下を静かに歩いていく。夏哉が後をそっと追って歩いてきた。
「いい匂いがする」
夏哉の言うとおり、香ばしい匂いがしていた。
「カレー……かな?」
充太はそっと台所を覗き込んだ。やはり、鍋からは湯気が上がっている。今日の勇の家の夕食はカレーライスだ。羨ましいと充太はのん気なことを考えた。しかし、その後目線を上げて充太は心臓が飛び上がる思いがした。誰かが後ろに立っているのが、鏡越しに見えたのだ。
「誰だ!?」
「え!? だ、誰かいるのか!?」
夏哉と充太は同時に振り返った。そして、その視線の先に入ってきたものを見て夏哉が絶叫した。
「ぎゃあああああああああああああああ!」
勇の母親が、壁にもたれかかるようにして絶命していたのだ。あらゆる箇所を突き刺され、血塗れになった女性。エプロン姿の彼女は、全身の衣服もボロボロになるほどに何度も、執拗に刺されていた。
「ま、まさか……!」
腰を抜かした夏哉を放って、充太は勇の部屋に駆け上がる。
「勇! ユウ!」
必死になってドアを叩くが、応答がない。
「いるのか!? ユウ! 開けるぞ!」
充太は大声で叫びながら勇の部屋のドアを開けた。
「ウッ……」
饐えた臭いが漂う部屋。カーテンが締め切られ、真っ暗な状態だ。
「電気……電気」
臭いを堪えながら充太は部屋の電気をつけた。
「うっ……!」
饐えた臭いの原因。それは、部屋中に撒かれた、いや、意図的に撒かれたのではない血が既に乾いて発するものだった。
「うあああああああああ!」
充太はあまりの残忍な光景に腰を抜かしてしまう。
「そんな……そんな! なんで、なんで勇まで……!」
欠席していた勇までが、名前あそびのゲームによって殺害されてしまったのか。充太はどこにいても、誰であっても関係なく巻き込んでいくこのゲームの恐ろしさを痛感していた。
ふと床を見ると、何か見覚えのある紙が落ちていた。
「これは……」
クラス名簿だった。進級してクラスが決定した時に、翔一から配布されたものだった。
「……。」
よく見れば、複数の線が引いてあった。充太と知里を除く全員には、青いサインペンで。そして七海、一誠、美知留、純司、みなみ、和彦、勇には赤い油性ペンで半分以上、字を消すような濃さで塗り潰されていた。
「勇……勇……」
親友を失った悲しみ。充太は床に伏せ、涙をポロポロとこぼした。
「そんな……」
後ろでは夏哉が震えていた。
「そんな! そんなハズないよ!」
「!?」
夏哉の顔が青ざめていく。
「だって……だって、勇は……」
「どうした!? 夏哉!」
「勇は知ってるんだよ、充太!」
夏哉は完全に取り乱していた。充太はとにかく夏哉を落ち着かせ、順を追って話をさせた。