第18話 すがりつく
結局、校内で和彦が亡くなったことに加え、2年4組の教室も地震直後のように荒れ果て、使用不能に近いこと、警察による現場検証などが行われることになり、今日から3日間も休校となってしまった。
充太は自室のベッドで横になり、ずっと天井を見続けていた。警察は事件性を示唆していたが、この異常事態は単なる事件などではないと、充太は確信していた。そもそも、あんな風に七海や和彦が死んでいくのを間近で見て、事件だと思う人はいないだろうと充太は唇を噛んだ。警察の見解は、目の前で事件を見ていないからこそできるものだった。
「俺にできることねぇのかなぁ……」
クラスメイトは一様に口を閉ざし、何があったのかをまったく語ってくれなかった。だからといって、事件に自ら首を突っ込もうとすると気配を察知したのか、母の今日子に事件があったことで休校になったのだから、自宅に絶対いろと言われてしまった。母の心配もわからないわけではないが、充太にしてみればこうして長時間、自室に閉じこもっているのは耐え切れないものがあった。
その時だった。部屋のドアがノックされたのは。
「充太? 起きてるの?」
今日子だった。
「起きてる。何?」
「お友達が来てるわよ」
「友達?」
「八尾くんよ」
しばらくすると、今日子に案内されて夏哉が入ってきた。
「よっ! 思いがけず休みになったな」
「ん……」
夏哉の顔色は冴えない。
「どうしたんだ?」
「え?」
充太は枕元にあったクッションを放り投げた。
「何か俺に話に来てくれたんじゃなかったのか?」
「……さすがだな。鋭い」
夏哉はクスッと笑った。
「いちおう、友達ですから……って、お、おい!」
突然夏哉が飛びついてきたのだ。
「ちょ、落ち着けって! 何!?」
「どうしよう……俺、どうしたらいいんだ……あああ……!」
夏哉が大粒の涙を流して震え始めた。冗談ではない雰囲気に、ひとまず充太は夏哉を落ち着かせることから始めた。
「ひとまず、座れ。それから、順を追って話せ」
「……わかった」
夏哉はティッシュで鼻をかんだ後、話し始めた。
「お前……勇の話、知ってる?」
意外にも出てきたのは、親友の柳本 勇の話だった。
「あぁ! 知ってる知ってる! アイツ、俺に内緒で彼女なんか作りやがってさー! 調子乗ってるよな!」
その言葉を聞いた途端、夏哉の顔が青ざめた。
「ど、どうしたんだよ……」
「勇……彼女の話、したのか?」
「うん。それがどうかしたか?」
「アイツ……何か言ってた?」
「いやぁ……? 別に。ただ、ラブラブっぽかったけど?」
「そんな……」
充太は異様な夏哉の様子に勘付き、問いただし始めた。
「何かあったのか? 勇に関係することなのか?」
夏哉は怯えながらも小さくうなずいた。そして、ゆっくり話し始めたのだ。
ちょうど充太が骨折で入院した日から2日後。2年生の間で噂が広がり始めた。
「柳本くんが付き合い始めた」
女子でもっぱらの噂だった。無理もないだろう。野球部エースでそこそこイケメンの勇なのだから、女子からモテていた。そんな勇に彼女ができたとなれば、女子のショックは計り知れないものだった。
時を同じくして、男子のヒロイン的存在である人物にも、彼氏ができたという話が沸き起こった。当然、二人が付き合っているというのは明確な事実となって、学年全体に広まっていく。
「それが……もしかして、勇と三輪さんなのか?」
夏哉は小さくうなずいた。
「でも、それと今回の事件がどう関係あるんだよ。アイツ……勇も三輪さんも確かに俺が復帰してからも学校来てないけど……。まさか……」
夏哉は重い口を開いた。
「あぁ……。イジメみたいなのが、あった」
「な……」
夏哉によると、お互い人気のあった心美と勇。勇は男子から僻みを、逆に心美は女子から僻みを受けるようになったそうだ。特に、2年4組ではそれが露骨で、担任である翔一や他の教師にはわからないように、ジワジワと二人を追い詰めるような形で、イジメが起き始めたのだそうだ。
しかし、それは突然訪れた。
心美が学校に来なくなったのだ。噂など気にしない、勝手にすれば、と気の強い心美はイジメも軽々と跳ね飛ばしていたそうなのだが、それはあまりにも唐突だった。夏哉も、なぜ彼女が突然学校に来なくなったのかまでは知らないという。
彼女を追うように、勇も学校に来なくなった。そして、二人が学校に来なくなってから既に3ヶ月が経過しているという。
「3ヶ月……」
勇と久しぶりにメールをしたとき、彼は充太にまったくそのような素振りを見せていなかった。
「おかしいじゃないか、アイツ……。なんで俺にそれ、言わないんだよ」
充太は寂しさが心の中に広がっていくのを感じていた。
「言いにくいよ……。まして、親友だろ? 俺だって……言いにくい」
「お前は……勇や三輪さんへのイジメに、直接関わったのか?」
夏哉は大きく首を横に振った。
「だよな。俺は、お前を信じてるから」
充太はニッコリ笑って夏哉の肩に手を置いた。
「さて、と」
充太がゆっくり立ち上がる。
「どこ行くんだ?」
「勇の家」
「え!? よ、よせよ」
「なんで。今のお前の話が事実なら、アイツはまだ隠してることがあるはずだ。俺はそれを聞きに行く」
「そんな……」
夏哉が愕然としている。しかし、充太は譲らなかった。
「何か聞かれてマズいこと、あんのかよ」
「……。」
夏哉は俯いたままだった。
「悪い」
充太は夏哉の元へ駆け寄った。
「でも、お前こうして俺のところに話に来てくれたんだろう? ってことは、何とかしよう、何とかしてほしい、何とかしたいって思ったんじゃないのか?」
夏哉が小さくうなずいた。
「だろ? じゃあ……お前も、行こう」
ブルブルと震える夏哉。
「行こう」
「……あぁ」
夏哉が充太の手を握った。
階段を降り、リビングで今日子に出かけることを伝えようとしたら、ちょうどお盆にジュースを載せた今日子と鉢合わせになった。
「あら! どこ行くの?」
「せっかくの休みだし! 気分転換に、勇も誘ってちょっと駅前行ってくる!」
「……そうね。参っちゃいそうだもんね。このままだと。いいわ、行ってらっしゃい」
今日子が笑顔でそう言ったことに、充太は少し心が痛んだ。
(ゴメン……母さん。でも俺、絶対……)
充太は靴を履き、そっと心の中で誓った。
(絶対、帰るから)
充太がドアを開く。眩しいほどの太陽が、二人を照らし出した。