第16話 護りを固める
「怖い……」
みなみが亡くなった翌日。静まり返った2年4組の教室でポツリと一人の男子が呟いた。
「怖い……死にたくない……」
守山 和彦(17番)だった。顔が青ざめていて、ブルブルと小刻みに震えている。
「大丈夫よ」
隣の席にいた知里が優しく和彦に触れた。
「触るなぁ!」
ビクッと知里が飛び上がり、自分の席にペタリと座り込んだ。
「誰だよ!?」
完全に取り乱した和彦は、誰に言うでもなく喚き散らし始めた。
「誰がやってるんだ!? 俺たちを……殺そうとしてるのは誰だ!?」
「……。」
誰も口を開かなかった。和彦は頭を抱えながら喚き続ける。
「あぁ~! やっぱり……やっぱりあの時あんなことしなきゃ良かったんだ! ダメだ……。も、もう俺もきっとダメなんだぁ!」
「ちょっと待ってくれよ」
充太が立ち上がり、和彦の傍に駆け寄る。
「待ってくれ。俺だけ、なんで皆がそんな風に何かに怯えているのかが……わかんない」
和彦が信じられないとでも言いたそうな表情で充太を見つめた。
「あぁ……いいよな、三雲は」
「なにがいいんだよ……なにがあったか、本当に教えてくれ」
「ダメだ! あれは俺たちの絶対の秘密なんだ……あの時のことを知ってるヤツ以外に、口外したらダメなんだよ!」
「お前、さっきから言ってることとやってることが矛盾してるだろ! いい加減にしろよな!?」
充太は我慢できずに和彦の襟をつかんだ。
「やめて!」
知里が立ち上がり、充太を制止する。
「ダメ……。それより、落ち着いて、なにがあったか、一度みんなで話してみない?」
「……お前も、なにがあったのか知らないのか?」
「全部……知らないわけじゃないけど、知らないこともある」
知里が全員を見渡した。
「ね? 告白……しよう?」
「ダメよ!」
立ち上がったのは六地蔵 素華(20番)だった。
「素華?」
「ダメ……! あの日のこと、言うんでしょう!?」
「あの日のこと……?」
知里が首を傾げる。慌てた大久保 健(5番)が「バカ! 余計なこと言うな!」と言って無理やり素華を座らせた。
「あの日って……いつのことだ?」
低い声で充太が問う。
「お前には」
健が冷たい目で返した。
「関係のないことだ」
「……そうかよ」
突然だった。教室のドアが開いたのだ。
「!」
全員が驚いてそちらを見る。すると、仰々しい寺の僧のような格好をした大柄な男と、煌びやかな服に身を包んだ女性が入ってきた。
「誰……?」
徹子が声を上げた。
「和彦!」
和彦の母親だった。
「連れてきたわよ! さぁ、この方に任せておけば安心よ! 霊媒師の、吾郷 秀次郎さん! いろんな悪霊や呪いをこれまで、いろいろな方法で解き放ってきた人なの。あなただけじゃなくて、きっと皆さんのことも守ってくれるわ!」
唖然とするクラスメイト。知里がボソッと充太に耳打ちした。
「守山のお母さんってね、学年どころが学内でも有名な過保護な親なの」
「そっか……どおりで」
しかし、今回の事件は過保護でなくとも神経質になってしまうだろうと充太は思っていた。充太の家でも母親や弟たちが事件のことをかなり心配しているのだ。
「いますね」
不意に吾郷という霊媒師が呟いた。
「います。この学校に」
「いるって……なにが?」
不安げに聞いたのは、龍輔だった。
「何か……既に、この世の者ではない者の、怨念です」
「怨念……」
グルリと室内を見渡す吾郷。
「君と、そこの貴女」
指差されたのは充太と知里だった。
「お、俺たちが何か?」
「君たち以外のすべて……この室内にいる私、このお母さん、そして君と貴女以外のすべてのものが、この怨念らしいものに……常に監視されているようだ」
「な……!」
全員が鳥肌を立てた。
「なんで……なんで俺たち以外の皆が?」
「許されざる……人道を外れた行為を、なさったのではないですか?」
充太は理解を超えた吾郷の発言に、目が点になっていた。しかし、ふと気づいてクラスメイトを見渡すと、全員がお互いを見つめ合っていた。
「心当たり……あるのか?」
充太が夏哉に聞いた。夏哉は俯いたまま、答えようとしない。
「どうなんだよ……。夏哉、圭一!」
ブルブルと震えたままの二人。みるみる顔色が悪くなっていく。充太は半泣きになりながら、必死に続けた。
「言ってくれよ! なぁ、なにがあったんだ!? 俺のいない間に、何かあったんだ……ろ……?」
ブーッ……。
ブーッ……。
「けっ……携帯だ……」
翔太が呟いた。全員の携帯電話が同時に鳴っていた。
充太は恐る恐る、携帯電話を開いた。
< 0001 > D
From:☆♪※!!?
Sb:探せるものなら
添付:
―――――――――――
探せるものなら探してみ
なさい。その代わり、そ
んな時間も与えないくら
いの恐怖を与え続ける。
「な……なんだよ、このメール」
今までとは明らかに雰囲気の異なるメール。まるで、怒っているかのような文面であった。
「嫌だ……嫌だ、嫌だ、いやだああああああああああ!」
和彦が取り乱し始めた。
「和ちゃん! 落ち着いて、大丈夫よ! ママがいるわ! 大丈夫! そんなに怖がらないで!」
周りが引いてしまうほどの溺愛ぶりを見せる和彦の母。そんな異常なまでの愛情を見せられたのは、ほんの10秒ほどの出来事だった。
「待って……」
知里が呟いた。
「この音……何……?」
充太も知里の声に反応して、耳を澄ませてみた。すると、どこか遠くのほうから地鳴りのような音が聞こえるのだ。
「じ……地震とか?」
圭一が身構える。しかし、地震などではなかった。
「危ない!」
吾郷が叫び、充太の体に覆いかぶさってきた。
「うわ!?」
ガン!と音がして黒板に大きな凹みができた。
「な……!」
「うあああああああああああああああああああああああ!」
翔太が悲鳴を上げたころには、それは既に始まっていた。