第15話 言っても言わずとも
桃山みなみは充太との待ち合わせ場所である校門前で一人、立っていた。七海が死亡した現場であり、まだ生々しい事故の跡が残っている。そんなところを待ち合わせ場所にわざわざ指定するのも気が引けたが、充太もおそらく人前でなければ漠然とした不安があったのだろう。みなみはそのように察していた。
実際、みなみも人前でなければ不安と恐怖で押し潰されそうになっていた。いつ何時、自分に『名前あそび』と称したメールが配信され、死へと近づくゲームに参加させられるかわからないのである。もちろん、無視することも可能であろうけれども、そんなことをすればどのようなことが起こるかということを考えるだけで、みなみは鳥肌が立った。
「ダメ……。こういう、ネガティヴなのがダメなんだから」
既に4人。そろそろ、偶然では片付けられないレベルになってきていた。同じクラスの生徒が、こうも立て続けに死んでいる。警察も極秘に捜査を進めているのかもしれないとみなみは考えていた。昨日一昨日と、連続してみなみの家にも警察が来ていた。もちろん、みなみの両親も事件のことは知っていたので、冷静に対応してくれていた。
しかし、夜になると眠れずにいた。携帯電話の電源は、必要時以外は必ずオフにしていた。いつ、メールが着信して『名前あそび』を受信してしまうかわからないのだ。そのため、恐怖からみなみはメールをまったく受信できずにいた。
「……来ないなぁ。三雲くん……」
充太と待ち合わせの午後4時をとっくに過ぎていた。しかし、充太が来る気配はない。それどころか、校門前には人通りがほとんどなくなっていた。
「……。」
みなみは怖くなり、携帯電話の電源を入れた。そしてすぐに充太に電話を掛けようとしたのだが、電源を入れるなり間髪いれず、メールの受信体勢に入ったのだ。
「ウソ……! な、なんで? 普通そんなに早く受信できるわけないじゃない」
みなみは震える手で携帯電話のメール受信状況を確かめた。1通だけ。確かに、授業中もずっと電源を落としていたので、メールの1件くらい入っていてもおかしくはなかった。
「そうよ。あんまり考えすぎはダメ」
しかし、すぐに受信件数が2件に変わった。みなみの心臓がドクン、と大きな音を立てた。
「……。」
そして、受信が終わる。
「ひ……!」
1件目。それは『名前あそびへのご招待』という件名。そして、2件目は『名前あそび 登録完了』の件名だった。
「いやああぁぁ! な、なんで!? わ、私登録なんてしてないのに……なんでよ!」
そして間もなくして再度、メールが受信される。みなみはそのメールを恐る恐る開いた。
< 0001 > D
From:☆♪※!!?
Sb:参加ありがとう!
添付:
―――――――――――
ご参加ありがとうござい
ます! 桃山みなみ様で
登録しました☆ それで
は、早速1問目を出題い
たしますよ?
桃山様の利用料金はいく
らでしょうか!?
A:960円
B:3,840円
C:120円
D:1,220円
「答えなきゃ、答えなきゃ……!」
みなみは衝動に駆られ、必死に答えを考えた。しかし、数学のように公式があるわけでもなく、日本史のように覚える単語もあるわけではない。まったく、解き方のわからない問題。みなみはひとまず、消去法で行くことにした。
「普通考えて、120円はないわ。利用料金だもの……。それから考えると、960円もちょっと安いし……。だとしたら、3,840円……? 携帯の料金だったらそれくらいだろうけど……ちょっと他のに比べてやっぱり、金額高いわ」
みなみは制限時間があるかもしれないと考え、最終的に「D」の1,220円を選んだ。しばらくすると、メールが返ってくる。
< 0001 > D
From:☆♪※!!?
Sb:正解!
添付:
―――――――――――
おめでとうございます☆
大正解です♪
「良かった……」
しかし、次の一文を読んでドキッとした。
2問目に参ります。
「に、2問目!?」
< 0001 > D
From:☆♪※!!?
Sb:2問目だよ!
添付:
―――――――――――
次のうち、仲間はずれは
誰でしょうか!?
A:高槻 翔太
B:星田 龍輔
C:魚住 創佑
D:大久保 健
「うそ……問題の形式が違う……!」
みなみは完全に焦っていた。問題の形式が異なるのだ。
「どうしよう……仲間はずれ、仲間はずれ……!」
みなみの頭の中で、4人の男子の相違点や類似点がグルグルと頭を巡る。翔太、創佑、健は文系。龍輔は理系。翔太は吹奏楽部。それに対し、龍輔はサッカー部、創佑は剣道部、健は水泳部と体育会系。翔太、龍輔、健は彼女がいるが、創佑は彼女ナシ。相違点を考えれば、誰かが必ず仲間はずれになっていた。
「わかるわけないじゃないの! こんなの!」
みなみが半ば狂乱しながら携帯電話を叩きつけた。時間だけが空しく過ぎていく。人通りはないものの、向かいの建設中のマンションから、工事現場の作業員の声が聞こえた。その声を聞くと、自分は一人でないことに気づく。
「とにかく、答えなきゃ」
みなみは必死になって考え、自分なりの答えを出した。
「よ、よし……。Aの、高槻くん……」
みなみが翔太を選んだ理由。それは濁点の有無だ。「たかつき」、「ほしだ」、「うおずみ」、「おおくぼ」。翔太以外の3人は苗字に濁点があるのだ。みなみはその点に目をつけた。
5分後。メールが来たのでみなみはワクワクしながらメールを開いた。そして、それを見た瞬間、心臓が大きく動いたような気がした。
< 0001 > D
From:☆♪※!!?
Sb:結果
添付:
―――――――――――
残念ながら、不正解!
自信満々の解答にも関わ
らず、不正解のあなたに
は罰を受けてもらうので
覚悟してね!
「そ……そんな……!」
みなみはブルブルと震えた。とにかく、何とかしてこの状況を打破しようと考え、みなみは充太にいち早く会おうと考えた。しかし、次の瞬間、みなみの足がもつれて転んだ。
「きゃああああああああああああああああ!」
足が誰かに引っ張られていた。そのままみなみは地面に叩きつけられ、顎を強く打った。
「ぎゃっ!」
携帯電話もカバンも手から離れて、ゴリゴリと嫌な音を立ててみなみは道路を引きずられていった。
「いやああああ、ああああああああ!」
横断歩道を通過し、反対側の歩道にそのまま連れて行かれたみなみ。
「痛っ……」
顎を強く打ったものの、ひどい怪我は負わなかった。
「おーい! 桃山さん!」
充太の声が遠くから聞こえた。
「みっ、三雲く……」
みなみが立ち上がろうとした瞬間、その声が響いた。
「自分だけ助かるとでも、思った?」
「……え?」
みなみは恐る恐る、後ろを振り返った。
「ひっ……きゃあああああああああああああああああああああああああああああ!」
充太の耳にみなみの絶叫が聞こえた。
「桃山さん!?」
校門を飛び出すと、道路の向こう側でみなみが頭を抱えていた。
「ごめんなさい! ごめんなさいいいいぃ! 許して、許して心美ぃ!」
「桃山さん! おーい! どうしたんだ!?」
「嫌アアああああ、いあああああああ!」
充太の姿を見るなり、みなみはますます混乱し始めた。
「謝ってるじゃない! 許してよぉおおおいやああああああ!」
「謝り方が足りないから……許さない」
ブツン!と何かが切れる音がした。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「桃山さ……!」
ドッシャアアアアアアアアアアアアァァァァン……!
一瞬の出来事だった。
強烈な地響きと共に、鉄骨がみなみの体を埋め尽くした。鉄骨が落下した音に紛れて、みなみの華奢な体が潰れる音も、充太の耳に少しだけ、聞こえていた。