第14話 気の知れた仲間
純司が遺体で見つかった日の翌朝。既に4人分の席が、二度と埋まることのない状態になっていることは、クラスメイト全員が知っていた。登校してきても「おはよう」と小声で言うばかりで、誰からも他の会話が生まれることはない。
「いやぁ……」
突然、徹子が両手で頭を抱えて言い出した。
「いやぁ! あ、あ、あたし、あたし4人みたいに死にたくないよ!」
「!?」
徹子の言葉に、全員の表情が強ばる。慌てたあずさが徹子の元に駆け寄る。
「徹子、落ち着こうよ。きっと、これは何かの間違いよ」
「間違いなんかじゃないわ!」
徹子はブルブルと首を横に振りながら、さらに続けた。
「だって、だって! きっと、このクラスで……あぁ、ダメよ。ダメ! あたしたち、きっと皆死んじゃうんだわ!」
充太は徹子の言うことがまったく理解できずにいた。なぜ、このクラスの生徒ばかりがこうも連続して死んでいくのか。半年間入院していたため、その間の動きがすべて空白で抜け落ちている充太にとって、彼らの間に起きた出来事が一体どのようなものだったのか。それが理解できない以上、充太には口出しできないような状況であった。
「いい加減にしろよな!」
大声で叫んだのは、星田 龍輔だった。
「俺たちは、別に個人では何も悪いことをしていない。そう、思わないか?」
「……?」
龍輔の威圧感が込められたかのような言葉に、全員が言葉を失う。
「そう思うよな? 委員長さん?」
ビクッと体を震わせるあずさ。しかし、言い返すこともできないまま、あずさは小さくうなずいた。
「ほら。みんな考えすぎだって。あの時の件と、今回の件はまったく関係ない。俺はそう思ってるよ」
「……。」
誰も龍輔と目を合わせようとはしない。
「そういうことだから」
それだけ言うと、龍輔は移動教室の準備をして部屋を出て行った。なんとなく、そうした雰囲気になり、誰もが静かに教科書とノートを持って各々の教室へと移動していく。1時間目は選択科目。クラスメイトとは分かれて授業を受けることになっていた。
充太は現代文演習を選んでいた。偶然にもこの授業は、気心の知れた5人が揃っていた。充太と普段からよく話すことの多い圭一、夏哉、知里、利香、みなみである。
ひとまず、席順の関係で前後になる知里とみなみに聞いてみることにした。ノートの余白をちぎり、小さな字で手紙を書く。
『半年前、何があったか教えてくれないか?』
そう書いて知里とみなみに手渡した。知里からはそれから特に反応はなかったが、みなみから10分ほどして返事が返ってきた。
『ここでは、いえない。この後の休憩時間、第二音楽室の前に来てくれる? あそこなら人も少ないから、話せると思うの』
そう書かれていた。その字も、微かに震えていたことに、充太は気づいた。
休憩時間はわずか10分しかない。その間でいったい、みなみは何を話してくれるのか、充太は期待と不安でいっぱいだった。
「話して……くれるんだよな?」
「うん……」
みなみは小さくうなずいた。
「今回の連続死……やっぱり、このクラスの関係か?」
「うん」
ドクン、と充太の心臓が鳴り響いた。
「何が原因だと……桃山さんは思ってる?」
「やっぱり……半年前の、あの出来事しかないわよ!」
みなみが取り乱し始めたので、充太は落ち着くように肩を抱えながら言った。
「大丈夫。話せば、きっと解決の糸口が見えるよ」
「本当?」
「あぁ。だから、桃山さんの知っていることでいい。教えてくれないか?」
「……わかった」
みなみによると、今から半年前の1月の3学期始業式のことだった。ホームルームが終了し、終礼も終わった後に、それは発表されたという。
「柳本くんが……このクラスの誰かと、付き合ってるっていう話……」
「勇が?」
すると、その相手とは勇から直接話を聞いたとおり、三輪 心美ということになるのだろう。しかし、みなみは今「誰か」と言ったのだ。
「その誰かって……誰なんだ?」
「わからないの……。あ、でもね、この発表聞いたのは全員じゃないの」
「そうなのか? 誰が聞いてた?」
「直接聞いたのはあたし、素華、徹子、七海、利香の5人よ」
「5人……」
そのうち、既に七海は亡くなっている。しかし5人中1人では、まだ偶然で片付けられる範疇だった。
「半年前にあった出来事って、それだけ?」
「目立った出来事は……」
みなみは一瞬間を空けた。
「これだけ」
「そっか……」
充太はこの証言だけでは、このクラスに何が起きているのか全容を掴むのは難しいと感じていた。別口からも当たる必要があると思い、充太は次に男子にあたることにした。
次の時間は英語の長文演習。この授業で一緒なのは翔太だった。
「翔太」
授業が終わった後、充太は翔太を呼んだ。
「何?」
「聞きたいことがある」
「へぇ。珍しいな。英語の質問?」
「いや、違うんだけど。ちょっと来て」
充太は黙って翔太を人気の少ない多目的室の前に連れて行った。
「なんだよ~、こんな人気のないトコで。まさか、愛の告白じゃねぇだろうな?」
「似たようなモンかも」
「マジ?」
翔太が苦笑いする。
「半年前」
充太がそう言った瞬間、ピクッと翔太が反応した。
「何か……あったか?」
「……。」
「些細なことでもいい。今回の事件に何か関わるようなことが起きていないか、知りたいんだ」
翔太は唇を噛み締めたまま、充太から目を逸らした。
「頼むよ、翔太。これ以上、クラスのヤツらが……」
言葉が途切れる。しかし、充太はハッキリ言った。
「死ぬのは、見たくない」
「……わかった」
観念したように、翔太が言い始めた。
「半年前にあったのは、お前の入院と、その直後に」
「直後に?」
「三輪が……誰かと付き合い始めたっていう噂が流れた」
「……。」
またしても、この話だった。しかも、やはり相手がわかっていないという点が充太にとっては妙だった。
「誰かって、誰かがわかんなかったのか?」
「あぁ……」
しかし、勇と話をしたとき、確かに勇は「ココミと付き合ってる」と明言した。それにもかかわらず、クラスメイトは誰一人としてその事実を知らないのだ。これほど妙なことはなかった。
「本当に、相手知らないのか?」
「……。」
真剣な充太の眼差しに、思わず翔太は目を逸らしてしまった。
「翔太! 頼む、本当のことを言ってくれ!」
その時だった。
「み、三雲くん!」
驚いて翔太と充太が振り返ると、そこにはみなみが立っていた。
「桃山さん……」
「ゴ、ゴメンね高槻くん……でも、でも、あたし、もう無理なの!」
「桃山!」
翔太の形相が一気に変わった。
「!?」
充太はその形相に驚いて言葉を失う。しかし、翔太はその表情のままでみなみに問い詰めた。
「言っただろ!? 俺たちは直接、何かをしたわけじゃないから、一切それを口に出すなって!」
「でも、でも!」
「言うな!」
「でも、直接関係しなかった美知留が死んだじゃない! 直接とか間接とか、きっと関係ないのよ。しっかり、謝らなきゃ……ね、そうでしょ?」
完全に置いてけぼりを喰らっている充太。まったくもって、二人の会話の意図が読めずにいた。
「ねぇ、まずは三雲くんに言って、それから謝罪しようよ」
「誰に!?」
「決まってるじゃない、そんなの!」
「俺たちは絶対に悪くない!」
「……。」
「俺は絶対、認めないからな!」
「……。」
翔太はしがみつくみなみの腕を振り払い、走り去った。
「どうして……どうしてよぉ……」
みなみはポロポロと涙をこぼして泣き始めてしまった。戸惑いつつも、充太はみなみに声をかける。
「桃山さん」
「……。」
みなみのウルウルした顔に、充太は一瞬ドキッとしたが、すぐに冷静になって言った。
「謝りたい人が、いるんだよな?」
「うん……」
「俺が一緒に行ってあげる。だから、その人に謝りに行こう?」
「本当?」
みなみの表情が少しやわらかくなった。
「あぁ」
「……ありがとう」
「それで? 誰に謝るんだ?」
「心美なの……」
みなみは三輪 心美の名前を口にした。しかし、心美はいま風邪を引いて欠席している。それに、あの母親を想像すると、家に入れてもらえそうにもないことは容易に想像できた。
それを考えると、今日は会いに行くのは避けたほうがいいかもしれないと思い、充太は言った。
「三輪さん、風邪で欠席中だし……。会えるかどうか、わかんないぜ?」
「え……? 風邪……?」
みなみの表情が信じられないとでも言いたそうなものに変化した。
「どうかした?」
みなみはブルブルと首を横に振った。
「なんでもないの! じ、じゃあ時間は?」
「今日の放課後だろ? じゃあ、4時に校門前でどう?」
「わかった。本当にありがとね、三雲くん」
みなみはそれだけ言うと、そそくさと走って行ってしまった。
「……。」
充太は翔太やみなみの様子に若干の不信感を抱きつつも、現状ではこれ以上どうしようもないと思い、モヤモヤした気持ちを抱えながら、教室へと戻って行った。