第12話 単独行動
「……。」
葬式の帰り、純司たちと別れた後、充太は単独でとある人物の家を尋ねていた。
「……よし」
緊張した面持ちでその家のインターフォンを鳴らした。キンコーン、と軽やかな音が響き渡る。しばらく間を開けて、ガチャッと受話器を取る音がした。
「はい」
女性の声。おそらく、母親だろうと充太は考えた。
「あの、俺……同じクラスの、三雲といいます」
「……。」
「あの、三輪さんは……いらっしゃいますか?」
「すみません」
女性の声が一気に冷たくなった。
「心美はいま、体調を崩してまだ寝ているもので……」
先ほどの冷たい声とは裏腹に、優しく女性は返してくれた。
「そ、そうですか……」
「ご用件は?」
「いえ! たいした用事ではないので、大丈夫です。また、携帯電話にメールでもしますので、三輪さんによろしくお伝えください」
「わかりました。わざわざ、ありがとうね」
「いえ。では、失礼します」
充太は相手から見えていないにも関わらず、深々と礼をして心美の家を去った。
「……。」
学校を休んでいる心美。充太が退院して登校するようになってから、一度も見ていない。今のところ、一誠、美知留、七海が死んだ瞬間に立ち会っていない人物の一人である。そのため、心美のことを充太はいちおうのところ、信用していた。しかし、体調を崩しているとなると、無理は言えないところであった。
「ん……」
携帯電話が震えた。ディスプレイには「ゆう」の表示。充太は一気に笑顔になり、電話に出る。
「もしもし?」
『オッス! 久しぶり、ジュッタ!』
柳本 勇(19番)だった。
「ユウ! ユウー!」
充太は感激のあまり、彼の名前を連呼した。
『なんだよ~! 名前ばっか呼んでさ! そんなに俺との再会が嬉しいのか?』
「当たり前だろー! 退院したってのにお前、入れ違いでずーっと休みやがって。バーカ!」
『悪い悪い! いまちょっと、風邪こじらせちゃって……』
「そうなのか?」
『あぁ。それに俺、心美にも感染しちゃってさー』
「は……? ココミ?」
会話が一瞬途切れた。
『ゴメン! お前に言ってなかったな』
「もしかして……」
『俺と心美……いま、付き合ってるんだ』
「なぁにいいいぃ!?」
充太は大声を上げた。買い物帰りのオバサンが驚いて充太のほうを見る。銃太は少し赤くなりつつ、電話を続けた。
「いつから?」
『お前が入院した直後』
「この野郎! 全然そんなコト言ってなかったじゃねぇか」
『お前が退院してきたら、ひっくり返らせてやろうと思ってさ!』
「もうひっくり返ったとこだよ!」
二人は笑い合った。それから充太は今までの流れを言った。
『あぁ~。心美のおばさん、そういうの神経質だからなー。あれだと思う。風邪を他人に感染したくないのと、娘を人に合わせて体調を余計悪化させるのも嫌だって思って、冷たくあしらったんだろうな』
「神経質なオバサンだな……」
『そういうこと。だから、お前が気にするコトじゃねーよ。そういうのは、彼氏の俺に任せとけ』
「調子に乗んな!」
二人はまた大笑いする。そして、一呼吸置いて充太は例の件を切り出した。
「お前……聞いてるか?」
『……ひょっとして、一誠と吹田、川西のことか?』
「あぁ。聞いてる……んだな」
『糸井先生から聞いた』
「そうか……」
充太は重い口をようやく開いた。
「勇」
『うん?』
「川西さんが……言ってたんだけど」
『うん』
心臓が爆発しそうなほど、鼓動を速めている。しかし、努めて冷静に言った。
「半年前……俺たちのクラスで、何かあったのか?」
『……。』
勇はしばらく、何も言わなかった。
『お前、知らないのか?』
その言葉にドキッとした充太は思わず大声で「どういうことだ!?」と聞き返した。
『何言ってんだよ……半年前といえば』
「いえば?」
『お前が入院したじゃないか』
「……は? それだけ?」
充太は拍子抜けして、気の抜けた声で聞き返した。
『あぁ……。他に何かあんのか?』
「いや……別に……」
充太は七海が言っていた意味深な言葉とは裏腹に、そんな大事が起きてはいなかったことに、拍子抜けしてしまった。
『なぁ』
勇が今度は質問をぶつけてくる。
「なんだ?」
『皆……どうだ?』
既に3人ものクラスメイトが悲惨な死を遂げている。クラスメイトとしばらく会っていない勇にとっても、それは心配事であった。
「ちょっと参ってるヤツがいるけど……大丈夫。警察もしっかり捜査してくれるようだし、先生たちも俺たちに気遣いしてくれてるから」
『そうか。それ聞いて、安心した』
勇が優しい声でそう言った。昔から優しい勇は、人に対する気遣いがよくできる子である。充太は今も変わらない勇の様子を耳にしただけで、なんとなく安堵できた。
『じゃあ、早く風邪治して学校行くようにするよ』
「おう。頼むぜ」
『うん。じゃあ』
「またな」
充太はそう言って電話を切った。
「俺もサッサと帰るか」
その時だった。携帯電話が震えた。
ドキッとしてディスプレイを見ると、差出人の名前が出ていた。ディスプレイには『二条 純司』の文字。
「なんだよ……ビビらせんなっつーの」
充太はメールを開いた。しかし、本文は一切なく、添付されている動画だけである。
「なんだ?」
充太は何のためらいもなく、添付されている動画を開いた。すると、誰かの後ろ姿が映っている。少年らしいその後ろ姿。ブツブツと独り言を言いながら、しばらくするとパソコンで何かを印刷している様子に切り替わった。不意に、音声がハッキリとする。
「間違いない! よっしゃ、すぐに三雲に……」
それは関西弁であった。そして、充太の身近に関西弁を話す人物はただ一人。
「二条……?」
その動画の意味が解せない充太はしばらく、呆然と画面を見つめた。そしてしばらくすると「水……? なんで……?」という純司の声が聞こえた。
その直後だった。
バヂバヂバヂィッと激しい音がしたかと思うと、携帯電話のディスプレイが眩い閃光に包まれた。
「うわっ!?」
ディスプレイ越しとはいえ、あまりに眩しすぎたために充太は目を逸らした。バヂバヂバヂバヂッと異様な音が動画から漏れている。そして、間髪入れずその音に混じって「があああああああああああああああああああああああ!」という男の声が入っていた。
「ひいっ!?」
ディスプレイに目を戻した充太は悲鳴を上げた。ディスプレイの中で髪の毛を逆立て、ガクガクと体を揺らして目が飛び出そうなくらいになっているのは、先ほどまでごく普通に話をしていた、純司の姿だった。
「あ……あぁ……」
充太が最期に見たシーン。それは、充血して真っ赤になった目をこちらに向けたまま、ピクピクと体を痙攣させている、純司の姿だった。
「二条……二条!」
充太はいたたまれなくなって、純司の家へ向かって走り始めた。徒歩で10分ほど離れた場所であったが、必死に走った充太はそんな時間をも感じないほどだった。
「……。」
純司の家の前に立つと、真っ暗だった。
「二条……?」
充太はそっとドアノブを握る。すると、カチャッ……と小さな音を立ててドアが開いた。
「……。」
いつものあの名前あそびのアドレスではなく、純司のアドレスから送信されていた。ひょっとすると純司のイタズラなのかもしれないとも充太は考えていた。仮にイタズラだとすれば、少し度を過ぎているような気もしていた。
「真っ暗だな」
充太は携帯電話の懐中電灯で室内を照らす。ゆっくりゆっくり部屋の中に入り、妙な音と焦げ臭い匂いがする場所に、光を当てた。
「ひ……!」
その先で充太が目にしたもの。それは、全身がほぼ焼け焦げて、それでもなお痙攣をしている純司の無惨な遺体だった。