第10話 10t分の使用料
「ひっ!?」
七海は電話口から聞こえてきた声に悲鳴をあげた。
「ウソ! ウソよ……なんで、なんでアンタの声が聞こえてくるの!?」
電話の相手は語気を弱めることなく、強い口調で何度も同じ言葉を繰り返してきた。
『死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね』
「いやああああああああああああああああああああああああ!」
七海は気が狂ったように通話終了ボタンを押した。ボタンが壊れそうになるほどの強さで、とっくに電話は切れていたにも関わらず、七海はそれでもなおボタンを押し続ける。
「き、切れた……?」
しかし、間髪いれずメールが入る。
< 0001 > D
From:☆♪※!!?
Sb:I Will Kill You !!
添付:なし
―――――――――――
I Will Kill You !!
I Will Kill You !!
I Will Kill You !!
I Will Kill You !!
死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね
死死死死死死死死死死
殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺
「きゃあああああ! いやあああああああああああああああああ!」
七海は耐え切れず、携帯電話を放り投げた。放り投げてもなお、携帯電話には次々と着信が入る。電話が鳴る。七海は何度も同じ言葉を連発した。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
七海の綺麗な額が、何度も土下座をしてコンクリートにぶつかったために血で染まり始めた。それでも着信は止まらない。それどころか、先ほどまで綺麗なメロディを奏でていた携帯の着信メロディが、いつの間にかおどろおどろしい言葉を連呼する音へと変わっていたのだ。
何度も「死ね」を連呼する着信ボイスへと変わっていた。七海が耐え切れず絶叫する。
「あたしが何をしたのよ……! だ、だってあたしはあの時ただ……あの子のトコにアンタを押しただけじゃない! その後は素華と龍輔がやったんでしょ!? あたしは直接手出ししてないのに……」
再び着信が入った。
< 0001 > D
From:☆♪※!!?
Sb:最終通告
添付:なし
―――――――――――
利用料金が未納にも関わ
らず、支払いを拒否する
ような発言を行いました。
よって、川西様には総額
10t分の利用料金をお支
払いいただきます。
お支払いは、身を持って
お支払いいただきます。
「10t……? 身……を持って……?」
意味を解せない七海。ただ、震えるばかりでその場から動けずにいた。
同じ頃、教室でメールを受信した素華が七海に電話を掛けていた。何度も発信を続け、5回目の発信でようやく七海が電話に出た。
「もしもし!? 七海!?」
『素華……』
「無事なの? 無事なのね!」
素華の言葉にクラスメイトは安堵の表情を浮かべる。素華は通話を続けた。
「七海! いま、どこなの?」
『校門……の前の交差点』
「何が起きるかわかんない! 今すぐ教室に戻ってきて!」
『でも……でも、足が動かない』
「怖いの!?」
『動かないんじゃない……動かせない……』
「どうして!? どうして動けないの!? 足がすくんで動けないのね! 待ってて。今すぐ迎えに行くから!」
その時だった。
『あ……』
それが七海の最期の声だった。同時に激しいエンジン音と何かが擦れる音がし、すぐに激しい衝突音が電話越しに素華の耳を突き破らんばかりに響き渡った。
その音は進路相談室から出たばかりの充太たちや廊下を歩く裕則、職員室にいた翔一、教室にいた素華はじめ圭一、知里たちにも聞こえていた。その轟音に驚いて全員が外を見た。
校門の前に座り込んでいた七海が、大型トラックに正面から突っ込まれ、激しく吹き飛ばされる瞬間だった。
大型トラックは校門の壁に激突。衝撃で運転手が投げ出され、路面を滑っていくのが充太の目には映っていた。そして当の七海はというと、トラックに激突されて激しく吹き飛ばされた。そして10メートルほど吹き飛ばされ地面に叩きつけられた後、運転手を失ったトラックが暴走して横転。横転した時に七海を覆い隠すようにして倒れてしまい、七海の姿は見えなくなってしまった。
「あ……」
教室から見ていた知里たちは、あまりの激しい事故に言葉を失った。砂煙が晴れた後、トラックが横転したところからジワリジワリと血の池が広がっていく。
「ひ……いいやああああああああ!」
2年4組の教室のみならず、校舎全体から悲鳴が沸き起こる。
「!?」
充太の携帯電話が震えた。
< 0001 > D
From:☆♪※!!?
Sb:退会処理終了
添付:なし
―――――――――――
川西様の使用料金が支払
われたことを確認いたし
ました。これをもちまし
て、川西様は『名前あそ
び』を退会されたと見な
します。ご利用ありがと
うございました。
それはすなわち、七海が死んだことを意味していた。
「ふっ……」
そのメールを見た充太が絶叫した。
「ふざっけんじゃねぇぞおおおおお!」
あずさと徹子の悲鳴を掻き消すほどの充太の大きな声が、廊下を空しく突っ切っていった。