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0日目

ピピピピピ、と一体この時間にどれだけの家庭でなっているのかわからないほどありふれたアラームの音が俺の体と眠気を離別させる。愛しの睡眠は、いつも夢を見る間もなく一瞬で終わる。

最近、朝起きるのが辛い。もともと朝が得意なわけではなかったが、高校生になってからは特に。とはいえ、もう高校も二年生になって間もないくらいなのだが…なれないものだ。本当に、気分のいい朝なんてそうそう来るものではない。倦怠感を抱えながらも歯を磨き、親が作ってくれていた朝ご飯を食べる。俺よりずっと早く家を出て働いているというのに毎日作ってくれる点、感謝しかない。


ガチャ。しっかりと施錠をして学校へと向かう。俺が通っているのは家のすぐ近くの公立高校。10分も歩けば着く距離なのが幸いだ。俺からしたらろくでもない学校だが、これだけは非常に良い点だ。朝特有の空気というか、すこしつんとした寒さが身に染みる。しかし、最近暖かくなってきているのもまた事実で、学校の花壇も最近色づき始めているようだ。


さて、そうこうしているうちに学校についた。俺は一礼して、学校の門をくぐる。

今日も、長い、長い一日が始まる。


―――

【0日目】

昼休み。校舎裏に呼び出された。無視しても良かったのだが、どうせ放課後に延期されるだけだ。今日の飯はお預けだな、なんて考えながら歩いていく。春の木漏れ日は優しく地面を撫で、しかし小鳥のさえずりなどは一切聞こえず、不自然なほどに静かで、穏やかだ。

校舎の角を曲がり、一気に人の気配がなくなる。校舎の壁と雑木林に囲まれたこんな僻地に来る人間なんてそうそういない。その時―――


ゴンッ


鈍い音が響き、眼の前に星が飛ぶ。足元がふらつき、受け身を取る余裕もないまま地面に倒れる。

「よく素直に来たなぁ、褒めてやるよ」

奴の声がする。濁った、荒い息遣いが聞こえる。

「ぐっ…」

腹を蹴られるが、声を押し殺す。

「さて、少しばかり頂戴しようか」

勝手に俺のポケットを物色し、財布を取り出す。いくらか札を抜き取り、奴のポケットに無造作に入れる。そして―――

「あ?なんだこれ。」

奴が俺のポケットからなにか取り出したかと思うと、それは―――

それは、俺のバッジだった。思わず顔が引きつる。

「…なるほどねぇ」

俺の顔を見て奴がニヤつく。何をされても無反応、睨みつけるだけだった俺が唯一反応したのだから、なにか特別なものだと察されたのだろう。

絶対に奪われてはいけないものを、奪われてしまった。中学の頃、どれだけ自分を支えてくれたか。あのバッジは、俺が俺でいられた証だった。生徒会の証。まだ、あの頃の自分が確かに生きていたという証。

「んー…じゃあこれは放課後に”どこかに”置いとくからよ、返してほしけりゃ必死こいて探すんだなぁ!」

奴がニタニタと笑いながら言う。それは、今すぐに取り返すべきものだったが、相手は数人グループ、多勢に無勢だ。

…放課後に取り返すしかない。

俺は吐き気をもよおしながらもなんとかその後の罵りも無視し、放課後を心待ちにしていた。

落ち着かない。あれがないと不安で気が狂いそうだ。そのうえ、午後から雨が降り出した。折り畳み傘は常備していたので良いが、しかしなかなか強い雨だ。このままだと雷まで鳴り出すのではないか。空気が淀んで、空は雨雲に覆われとても暗い。こんななか、あの小さなバッジをみつけるのは難しそうだ。しかし、見つけないわけにはいかない。どうしても、あれは無くてはならないのだ。


―――


ゴロゴロと空が唸り、度々スポットライトに照らされながら俺は学校中を探し回った。

教室はすべて見た

机の中もすべて見た

特別教室にも入った

廊下も端まで見た

屋上にだって行った

トイレの中だって探した

しかし、ない。

どこを探してもないのだ。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。ない。

どこに行ってしまったのだ。早く見つけないと。はやく、はやく、はやく

気が狂ってしまう前に1回外も探してみることにした。

俺は走って靴箱に向かう。そして、靴の前まで来たとき、なにか異変に気づいた。

―――靴が、濡れている。思わず顔をしかめるが、そうこう言っている場合ではない。靴を手に取ったとき、靴の中に藻のようなものが入っていることに気がついた。

…池の水か、これは。どうせ奴らの悪戯なのだから、もしかしたら、はある。

俺は靴を履いているのか脱いでいるのかもわからないようなぐちょぐちょの足元の中池へと走った。

傘をさすことなんて、忘れていた。


―――


池についた。

呼吸が荒くなる。息が苦しい。もしこんなところにあったら、と悪寒がする。濁った池の水はどこから見ても俺を歓迎している様ではなかったが、構わずスマホでライトを照らし、かがんで手を突っ込む。池の底を必死に手で掻く。あってくれ、あってくれ、あってくれ…

その時、不敵な笑い声が背後から迫ってきた。

…振り向かずともわかる。奴だ。

「お前惨めじゃねえのかよ、きったねえ格好できったねえ池に腕突っ込んで…過去にずっとすがって、マジで笑えるわ」

嘲笑いながら俺に罵声を浴びせてくる。俺は構わず池をもがき続ける。

「そんなに”これ”がほしいかよ?」

思わず俺は振り向く。奴の手には―――


バッジが握られていた


バッジだ、バッジだ、俺のバッジ。大事な、大事なバッジ。無くしてはいけない。取り返さないと行けない。泥がついたままの手を奴に伸ばす。

しかし、かがんだ体制の俺はうまくバランスを取れず、よろけてしまう。

返せ、返せ、返せ、返せ、返せ返せ返せ返せかえせかえせかえせ

頭の中で唱えながら一心不乱に奴に掴みかかろうとする。

しかしその時、

「ほらよ」

奴はおもむろに手を振りかざしたかと思うと、

―――バッジを、池に投げ込んだ。


、、、、、、、は?

ぽちゃん、という水の音だけが、やけに耳に響いた。

脳がフリーズする。体から力が抜ける。

バッジ、バッジ、俺のバッジ、なぜ、なぜ池に、池の中に、だめだ、だめだ、だめだ、だめだだめだだめだだめだいやだいやだいやだいやだ…

「お前の正義とやらで見つけてみろ」

奴はそう言い残し、嘲笑を雨の中響かせながら曇天の闇の中へ消えていった。


「―――もう、どうだっていいか」

俺の正義の照明。信頼の証。誇り。救い。それは儚くも底の見えぬ闇の中へ沈んで消えていった。

俺の存在価値が、消えてしまった。

消えて、しまったんだ。

じゃあ、俺も―――


―――バッジヲ、トラナキャ

あんなトコにおちチャッて、拾ってアゲナきゃ。

ズッ、っと足が落ちる感覚がする。

一歩ずつ、バッジに近づいていく。

眼の前が見えなくなる。息が苦しくなる。頭痛がする。吐き気がする。

生臭さが、鼻を覆い、全身に染み渡る。

だけど、もうすぐ楽になれる。

ヤット、ミツケタヨ。モウニドト、ナクシタリシナイカラ。


彼の姿は、沈んで消えた。



その翌日、よく晴れた青空のもと、彼は池に浮かんでいるところを発見された。

過去編その2です。そろそろ完結です。

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