四日目
【四日目】
人間の営みなんぞ気にもかけずに、日はまた昇る。それは狂気に包まれる俺のもとでも平等のようで、今日も俺は靴箱の前にいざなわれている。春の気候は気まぐれで、肌寒さが身を覆う朝だった。かすかに聞こえる話し声すら、朝の静けさの中に溶け込んで、どこか神秘ささえ感じる空気だった。
『放課後になったら池に行こう、きっと面白いものが見れるよ』
昨日とはうってかわった軽やかな口調で、メモの主はそう書き残す。
「池、か…」
ともかく、昨日のような事件はもう起きないように願いながら、放課後を迎えるのを待つとした。
―――
私が彼の靴箱にメモを入れて、今日で四日目だ。一日目は、あの憎き加害者の弁当箱に池の水を入れてやり、二日目は、彼のフリをしたメモを用意し、奴を校舎裏に呼び寄せ、水を被せた。そして三日目は奴の机に「例のバッジ」を置いてやった。あれは私のものだが、2日間の「祟り」のおかげで、奴はきっと彼のものだと思っただろう。震え上がる姿が目に浮かぶようだ。
さて、私が「贖罪」として奴に関わるのは今日で最後。奴自身に「贖罪」をさせる。
「お花を供えるなら放課後に」
昨日の放課後、奴が帰る前に、メモを奴の靴箱に添えておいたので、きっと今日奴はあの池に花を供えるだろう。死者を悼むこと。それが、残されたものにできる唯一の弔いであり、罪を犯したものに課せられる義務である。
さて、”彼”もその様子を見てくれるのだろうか。
―――
あいも変わらず春の天気というのは気まぐれで、昼過ぎからは雨が降り出した。雨雲に覆われた空は墨を塗りたくったかのように真っ黒で、地面を穿つように力強い雨水をその身から落としていた。冷えた風は俺の体を通り抜け、寒気に体が震えた。
放課後になっても全く止む様子のないそれは、池に行くのを億劫にさせるのに十分かと思われたが、今更メモを無視する気にもなれず、常備していた折り畳み傘をさして、俺は池へと歩き出した。
地面はぐちょぐちょと俺の足を絡め取り、湿気は俺の体を重たくさせた。気が進まないのは事実だが、俺は着々と池への道のりを歩んでいった。
その時、俺の鼻が違和感を訴えた。
あの臭いだ。
ツン、と鼻を指すあの生臭さは、雨のにおいを掻き分け、俺の鼻を、顔を、全身を覆っていく。一歩、池に近づくたびにその悪臭は強まるようで、動悸が激しくなる。しかし、歩みを止めるでもなく俺は着実に池へと進んでいく。
そうして俺は池についた。しかし、俺の知っている池の光景ではない。
―――白い、花束がいくつか、供えられていた。
なぜだ…?なぜ花束が…?
頭痛がした。心臓が飛び出そうなほど気持ち悪かった。悪臭はいよいよ体中に蔓延するようだった。なにか、濁った水が口を塞いでいるかのように、息が苦しかった。
そして俺は、ここで見るはずがないものを見た。
奴の姿だった。傘もささず、紫がかった花束を抱えて、虚ろな目をした奴は、俺のことなど気にする様子もなく、供えられた花束の前で立ち止まった。そして、自らの花束をその群の中に置き、跪いた。彼の姿は雨と泥にまみれ、曇天に覆われた暗闇の中で溶けてしまいそうだった。
「ごめん…俺のせいで…頼むからもう…祟らないでください…」
すがるようにポツポツと呟く彼は弱々しく、俺はいよいよ意識が追いついた。
なんだ…?供花ということは、誰かが死んだのか…?いや、こいつが殺したのか…?
頭痛が酷くなる。ひどい目眩がする。思わず傘を手から落とし、俺も膝をつく。息が苦しい。苦しい。苦しい…何かを掴み取るように、必死に藻掻くが、当たり前に手は空を切るばかりだ。だが、俺はそうしなければならなかった。本能が、俺を突き動かしていた。息が、イキガ、デキナイ
「ごめん、〇〇…」
―――そう彼が俺の名を呟いた、その瞬間、雷鳴が空を裂いた。まるで、俺の記憶を切り裂くように――その直後、視界は闇に溶けて消えた。