三日目
放課後、私はバケツを掃除用具入れになおし、教室を出る。
キュ、っと髪を結び、階段を下る。赤い、赤い夕焼けが静かに踊り場に入り込む。それは、どこか痛々しいほど綺麗で、誰もいない学校を静かに照らしていた。
春の温かなそよ風は部活動生の声や吹奏楽の音色をふんわりと運んでくる。至って、ごく普通の、静かな放課後だ。
途中、用を済ませた後、1階まで降りる。そのまま靴箱―――自分のではなく、”彼”の靴箱に近づく。
メモを貼り付け、一言呟く。
『贖罪は進んでいる』
―――
【三日目】
忘れられない
昨日の快楽が
蔑みは盾となり、憎しみは刃となる
奴の不快を、俺は快としている
「『贖罪は進んでいる』…」
朝早く、誰もいない靴箱で一言呟く。昨日はすごかった。思わず学校が楽しみになってしまいそうだった。そして実際いつもより早く来てしまった。そんな興奮気味の俺に宛てられた今日のメモには、そう、一言だけ書いてあった。いつも通り、靴箱に貼り付けられていたが、今日は雰囲気が違う。なにか、俺の行動を変えようとしているわけではないのだ。ただ、俺にぽつりと呟かれたそれは、どこか不安を感じさせ得るものだった。
とはいえ、何も書いていないのであれば、いつも通り学校生活を送るほかないだろう。今日はつまらない日になりそうだ。
階段を登り、誰もいない教室に入った俺は、早起きの代償として失った睡眠を取り返すべく、ゆっくりと目を閉じた。
…
バタッ…!
何かが倒れるような音と、喧騒が周りを右往左往し、俺を眠りと離別させる。
大きな騒ぎの原因はなんだろうとあたりを見回すと、俺の目には驚くべきものが映っていた。
奴が、地べたに腰を抜かしたようにへたりこんでいたのだが、その表情は恐怖に包まれていた。
奴を嘲る心と同時に、一体何が奴をそうさせるのか、という疑問も湧いて出てきた。今日はあの悪臭もしないので、液体をかけられたわけでは無さそうだが
すると、奴はおもむろに立ち上がったかと思うと、机から何かを掴み取り、うわ言のように呟きながらこちらに向かってきた。
「あ…ぅ…すまねぇ…許してくれぇ…」
「…!!」
顔面を化け物のように歪ませながら、俺の机にすがってくる。気味が悪い。何がこれをここまでさせるのだ。何が起こっているのだ。もはや俺の心からこれを蔑む心は無くなっており、ただ得体のしれないものに対する恐怖と嫌悪のみが蔓延っていた。
すると、机の上に乗せられた手から、何かが零れ落ちた見覚えのあるメモと、
―――光り輝くバッジが。
なんでこいつがこれを持っている
穢らわしいこいつがなぜこれを持っているんだ
なぜだ、ナゼダ、何故だ
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だいやだいやだイヤダイヤダ…
死にたい、死にたい、死にたい、しにたい、シニタイ…
キエテシマイタイ
気を失う俺が最後に見たのは、見覚えのあるあの文字だった。
―――贖罪は進んでいる。