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聖なる星の乙女と予言の王子  作者: 桜海
7.

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64/68

スターリアは生まれたときから①

スターリア。ステラシア(主人公)の双子の妹。の、お話から。

 王城のいかにも高そうなソファに腰を掛けていたスターリアは、刺々しい気配を纏いながら親指の爪を噛んでいた。

 普段なら「それ、やめてくださいお嬢様」と苦言を呈してくる生意気な使用人(リヴェル)はいまはいない。

 だから、スターリアを咎めるような人間はここには誰一人としていなかった。

 それこそ、父も、母も、兄でさえも。


「どうしてわたくしがこんなところに閉じ込められないといけないの!?」


 戦勝会で、力を見せてまで他人をわざわざ助けてやったというのに。

 まるで罪人のように騎士に囲まれて王城まで連れてこられ、一歩も外に出られないでいる。扉の外には常に騎士が立っていて、出ようとすれば「許可されていません」の一点張り。

 こんな扱いを受ける謂れは、スターリアには微塵もないはずだ。

 そう、兄にも訴えたというのに。

 この部屋に閉じ込められた初日、スターリアの元をすぐに(エミール)が訪れた。


『どうしてお姉さまが王城にいて、殿下のエスコートなんてされてるの!?』


 そう食ってかかったスターリアに、エミールは眉を下げながら諭すように語りかけた。

 

『スターリア、やめるんだ。君はアクルークスの令嬢だろう。ステラシアだって、我がアクルークス家の子だ。お前の姉なんだ。俺は、お前にも、あの子にも、幸せになってもらいたいんだよ。だから、これ以上我儘を言うんじゃない。感情を高ぶらせるんじゃない。頼むから……スターリア……』


 そうやって、宥めようとする兄の声音が、スターリアの神経をさらに逆撫でしていく。まるで懇願するような様子が余計に苛立たせる。

 ふつふつと怒りが湧いてくるのを、スターリアですらも止めることができないのだ。

 

『なんでお兄様はいつもお姉さまのことばっかりなの!? もう知らないわ!!』


 込み上げるものを押し殺すでもなく爆発させ、スターリアはそのまま兄を詰った。顔も見たくないなどと心にもないことを叫んで、兄を部屋から追い出した。

 けれど、どうしても許せないのだ。なにがこんなに許せないのかもわからないけれど、この荒れ狂う感情を持て余してしまう。


「〜〜〜〜っ、なんで!!」


 イライラとした。ソファの横に綺麗に並べて置かれていたクッションを鷲掴み、感情のままに放り投げた。

 バフン、と間抜けな音を立てて扉に当たるのすら、彼女の苛立ちを増幅させる。 

 さすがに、城付きの使用人が淹れて置いていった茶器を投げるような真似はしない。スターリアだって、それがどれだけ愚かなことかはわかっている。

 けれど。それでも。この胸のモヤモヤした苛立ちをどうにかしたくて。どうにもできなくて。もどかしさばかりが募っていくのだ。


「どうして……どうしてよ……!」


 いつもいつもいつも。

 自分のほうがいい生活をしているはずなのに。

 それなのにどうして、父も母も、兄ですらも、"ステラシア"のことばかり気にかけるのだろう。


 ――あの日、初めて自身の姉の姿を見たときから、スターリアからそんな思いがずっと消えないでいる。


 ◆ ◆ ◆

 

 アクルークス家の長女として育てられたスターリア・エル=アクルークスは、物心ついた頃からずっとなにかが足りないと思っていた。

 なにが足りないのかは、わからなかった。なにが……誰が。誰かが、自分の隣に常にいないといけないのに。そんな違和感をずっと抱えていた。

 そんなときだった(ステラシア)の姿を見かけたのは。

 母や乳母から「本邸の離れには行ってはいけませんよ」とそれこそ赤子の頃から刷り込むように言い聞かされてきた。

 だから、スターリアは庭に遊びに出られるようになっても、離れのほうに行くことはなかった。あそこには怖いものがあるのだと、信じていたから。

 いつだったか……そう、あれは四歳になった頃だったか。

 庭で見つけた綺麗な羽の蝶を追いかけていて、うっかり屋敷の裏手にまで回ってしまったことがあった。

 表側とは随分と違う静かで寂しい様子に、幼心に恐ろしくなったことを覚えている。

 そして、慌てて元の明るい庭へと戻ろうとして、視界の端に映った明るい銀色に目を奪われたのだ。


『ステラシア様。駄目ですよ、そちらに行っては。離れへ戻りましょうね』


『うー……でも……きれーなちょうちょ……』


『はいはい。離れの窓からもご覧になれますよ。本邸の方に見つかったら厄介ですからね……戻りましょうね』


 見たことのない大人が、見たことのない幼女を抱え上げ、足早に去っていこうとしていた。

 その小さな女の子の姿を見たときに、スターリアの中でなにかが音を立てて弾けたのだ。

 

 ――ああ、アレだ。わたしの片割れ。

 

 そんな思いが、胸の奥から湧き出て、どうしても触れたくなった。小さく短い手を必死になって伸ばした。

 そして、打ちのめされた。

 その女の子は、粗末な身なりをしていた。スターリアには、父や母がいくらでも身に合ったドレスを与えてくれる。だから、いつだって綺麗なものに囲まれている。

 髪だって、あんなに流しっぱなしではなく、いつでもかわいく結い上げてもらえる。

 彼女は、髪を結うこともせず、風に遊ばせていた。

 金にも銀にも見えるそれが、陽光を受けて光っていた。

 白すぎる肌が、瞳に影を落とす銀のまつ毛が、小さぬ唇が、スターリアの目を奪って仕方なかった。

 使い古したようなぼろぼろの服を着ているのに、なぜかとても"美しい"と、彼女は思ったのだ。いや、当時は美しいなどという言葉は知らなかったけれど。

 だが、それが自分と同じ顔なのだと、知っていた。わかっていた。

 女性に抱かれながら遠ざかる片割れと、目が合った。自分とは似ても似つかぬ暗い色の瞳だった。けれどスターリアはその瞳の奥に星の煌めきを見た。

 彼女がスターリアを見つけ、女性の背中越しに無邪気な笑みを見せる。小さな白い手が、スターリアのそれに届けるように伸ばされる。

 けれど、その手は重なることはなく、触れ合うことなど有り得ないまま、離された。

 じわりと嫌な感情が、幼いスターリアの心にシミを広げていく。

 ――片割れだと思って喜んだのに。

 自分とあまりにも違う彼女が、なぜか妬ましいとそう思った。そんな言葉も、当時は知らなかったけれど。

 

 それからのスターリアは、母や乳母に"彼女"が誰なのか聞いて回った。

 あの日、スターリアから目を離したメイドはいつの間にか屋敷からいなくなっていた。

 そもそも、スターリアが生まれたときにいた下級使用人は、ほぼ全員が解雇されていたため、幼い彼女の質問に答えられる大人がそのふたりしか周りにいなかったのだ。

 父は領地の経営で忙しく、兄は後継者としての勉強に忙しかったから、あまり話すこともなかったせいだ。

 そんなスターリアの「だぁれ? どうして? なんで?」に、伯爵夫人であるフローリアナは頭を悩ませた。

 いつか、手を離して見捨てた彼女の姉が、こんな形で娘に見つかってしまうとは思わなかったのだ。

 けれど、いずれはこうなるだろうことも、わかっていた。そして、自らの生家が星の名を冠する大事な家なのだという矜持もあった。

 だから、彼女はスターリアに、託宣のことも、星の力のことも、星の乙女のことも、包み隠さず教え諭した。もちろん、慶星と凶星のことも。


『いいですか、スターリア。あの子のことは、忘れなさい。あの子は凶星なのです。本来なら、この世界に生まれてはいけない子なのです。誰からも疎まれ、嫌われる、汚れた魔獣の乙女なのです。そして、あなたは心優しい慶星。聖なる星の乙女として、いずれはその力を目覚めさせる、この世界にとってとても大事な子。――だから、あの子のことは、忘れなさい』


 そう言った母の顔は、スターリアを見ていなかった。窓の外を――離れのある方を見ているのだと、幼いスターリアにも、わかってしまった。

 そして、唐突に気づいたことがあった。

 いつも勉強ばかりであまり話せない兄が、スターリアの誕生日のときだけは、すべてを切り上げてお祝いをしてくれる。さりげない贈り物をくれる。

 でもその贈り物が、いつもふたり分あることが不思議だったのだ。

 それはきっと、あの片割れのものだったのだと気づいてしまった。


『よくにあっているよ、スターリア。あの子にも、同じようにこのリボンを付けてあげたかったな。色は違うけれど、きみとおそろいだなんよ』


 少し前の誕生日に、とてもかわいらしいリボンを贈ってくれたエミールが、そうやって寂しそうに笑っていた。

 優しく頭を撫でてくれたけれど、その瞳の半分は、スターリアだけを見ていなかった。

 あまり会うことはできないけれど、会えば必ず抱きしめてこめかみにキスをくれる。そんな兄がスターリアは大好きだったから。その意識が自分以外に向いていることが、あのときとても嫌だったことを覚えている。

 ムッとしながら兄の手を引けば、「どうしたの?」と優しく笑って抱き上げてくれる。その温もりを、ほかに渡すなんて考えられなかった。

 そして兄が、スターリアの片割れを死んだと思っていることも知った。

 だから、"あの子は生きている"なんてスターリアは言えなかった。いや、言わなかった。言わなければ、きっとずっと、このまま自分のことだけを、目に映していてくれるはずだと思ったから。

 

 そんな鬱屈した気分で一年間を過ごし、ふたたび訪れた双星(ふたつぼし)の月、十五の日。

 朝からスターリアの好きなものだけが食卓に並んでいた。朝食後は、屋敷の二階の談話室で父と母と兄からたくさん祝ってもらえた。

 しばらくして、外に行きたいと言ったスターリアを、しかたないなぁと笑いながらエミールが連れ出してくれた。どこに行けるんだろうと、ワクワクしていた。


 ――それなのに。


 扉を開けて出た階段の手前。そこに、ボロ切れのような服を着た自分と同じ顔があった。

 陽の光によって金にも銀にも見える髪は、今は銀色に輝いている。星を宿した濃藍の瞳はスターリアをヒタリと見据えている。


『ステラ、シア……?』


 頭上から兄の抑えたような呟きが聞こえてきた瞬間、スターリアの中でなにかが大きな音を立てて壊れて弾けた。

 みすぼらしいのに美しさを失わない顔で、どこか嬉しそうに手を伸ばす片割れを、スターリアは咄嗟に腕を伸ばして突き飛ばしていた。

 壁に当たって混乱する彼女()の肩を、もう一度押す。

 背後から、エミールの焦ったような制止の声が聞こえてくるが、スターリアには届いていなかった。


「凶星であるお姉さまがなんでここにいるの!? けがらわしい!! お姉さまのせいで、わたくし……わたくしは……っ。――ッ、お姉さまなんか死んじゃえばいいのに!!」


 ただ、目の前の片割れ(脅威)を排除することしか考えられなかった。

 ステラシアが、お姉さまが、お姉さまさえ、いなければ……!

 そうすれば、みんなみんな、スターリアだけを見てくれるのに!!

 そうして気がつけば、スターリアの片割れは階段を転げ落ちていた。血が、水溜りのように広がっていた。

 後ろから、兄がスターリアをすり抜けてステラシアへと駆けていく。

 どうして? と思った。

 ステラシアを排除したら、スターリアを見てくれるんじゃないの?

 どうしておにいさまはわたくしじゃなくておねえさまにてをさしだすの?

 どうしてそんなあわてたようなかおでおねえさまをよんでるの?

 嫌だ。いやだ。いやだ。いやだ。


「なんでお兄さまはお姉さまを呼んだの!? なんでわたくしを見てくれないの!? お姉さまじゃなくてわたくしを見てよ! きょうはわたくしのたんじょうびでしょ!?」


 気づけば、そんなことを叫んでいた。

 エミールが階下から驚愕したような瞳でスターリアを見上げていた。

 そんな()を向けられたことなど、いちどもなかったのに。

 そして、怒鳴られた。ステラシアを庇う兄に、怒鳴られた。片割れが血を流して倒れていることなど、スターリアにはどうでも良くなった。

 だから、心にもない捨て台詞を吐いて、その場から逃げ出した。


 それからのスターリアは、誰よりも我儘で傲慢なお嬢様だと言われて育った。

 けれど、父や母はなにか思うところでもあるのか、スターリアの行動になにも言わなかった。欲しいものは買い与え、甘やかすことにしたようだった。

 兄だけが、スターリアに対して多く小言を言うようになった。

 それに反発するように、スターリアの素行は荒れていった。

 お茶会で出会った令息ににっこり微笑めば、かわいいと言って甘やかしてくれた。あれが欲しいの、ここに行きたいわ、と言えばなんでもその通りにしてくれた。相手に婚約者がいようといまいと、そんなことはスターリアには関係のないことだった。

 ただ、自分だけを見てくれる存在がいれば、それだけで良かったのだ。

 兄がスターリアを見る目が、日に日に厳しくなっていくのがわかった。

 いつからか、兄のそばには口煩い使用人(リヴェル)が侍るようになり、スターリアの行動を諌めるようになった。


 そうして、事件は起こった。

次は3/2!

時間は20:10!です。


わたしはスターリアが嫌いになれないのです。

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