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聖なる星の乙女と予言の王子  作者: 桜海
幕間⑧

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63/68

【Side:Helios】

 雪が降りしきる中、少年はいままで育ててくれた孤児院を飛び出した。

 あちらこちらに魔獣の残骸と爪痕、それから、血溜まりの跡がある。鼻を突くような異臭は鳴りを潜めたけれど、こびりつくような血臭はどんなに洗い流そうと消えるものではない。

 壊された家の瓦礫を避け、一箇所に集められようとしている死体を見ないようにして、少年はただ走り続ける。

 首には、昨日初恋の彼女が忘れていったマフラーが揺れている。片手には、妹同然にかわいがっていた少女の髪飾りを握りしめている。

 許せなかった。悔しかった。誰も、守れなかった。

 あの男が、憎くて憎くて憎くて。けれど殴ったところでこの激情が収まるはずもなく。

 あの女が恨めしくて恨めしくて恨めしくて。けれど詰ったところで見下されることに変わりはなく。

 少年はただ、無力さを抱いて魔の森へと飛び込んだ。

 

「ちくしょう……っ……ちくしょう!」


 明け方の間の森は、まだ薄暗い。けれど、魔獣の大量発生後だからかとても静かだ。葉の落ちた木々は揺れることもなく、ただ、少年――ヘリオの走る音だけがザカザカと空間にこだましている。

 はらはらと、ヘリオの鳶色の瞳から雫が流れて落ちた。あとからあとから止めどなく。零れて、流れて、塊となって後方へと静かに飛んでいく。

 ちくしょう、と声を上げながら、ぼやける視界を服の袖で乱暴に拭う。

 それでも、流れ落ちる水は減らない。


「ステラ……っ、リト……っ」


 孤児院にはまだ生き残った子どもたちがいた。けれど、ヘリオはその全員を見捨てて置いてきた。面倒を見てくれていた大人たちは全員魔獣に喰い殺された。もう頼りにできるのは年長のヘリオしかいなかったというのに。

 ここの領主は悪い人間ではないはずだ。決して裕福だなどと言えない生活だったけれど、飢えることのない最低限の施しはしてくれていた。

 だから、きっとアイツらなら大丈夫。そう思わないと、前に進む足を止めてしまいそうになる。

 けれど、それ以上に。ヘリオはもう、ここにいたくなかったのだ。


「……なにが、凶星だ!」 


 ステラと同じ顔で、あの子(ステラ)を嗤いながら追い出したあの少女(おんな)が恨めしい。

 お前のほうがよっぽど魔女だ!


「なにが、救うためだ……!」


 淡々とした顔で、まだ生きていた(リト)に剣を突き立てたあの王子(おとこ)が憎らしい。

 お前はどこまでいっても死神だ!


 走って走って、足がもつれるくらい走り続ける。

 魔獣が許せない。あの少女が許せない。この国の王子が許せない。

 けれど……。


「いちばん許せないのは、オレ自身、だ……」


 休み休み走り続け、ようやく魔の森を抜けた。

 その先の広大で灰色な海を目にしたとき、ヘリオの意志は決まっていた。


(ステラ、リト……ごめん。オレが、弱かったから……)


 拳を握り、眉を寄せる。仄暗い焔が瞳を赤く燃え上がらせる。

 痛む喉の奥から、また熱いものが込み上げてくる。静かな海がゆらりと揺れた。

 ポタポタと顔に雨水が当たる。冬の空はこんなにも晴れているのに。


「…………っ、ぅ」


 堪えようとして、堪えきれないなにかが、醜い声となって溢れ出る。後から後から流れて、出し切って、ヘリオはまたもグイッと袖で顔を拭った。

 ――もう、泣かない。そう、決めた。


「……強くなる。強くなって、オレはアイツらを、殺してやる」


 ステラが安心して生きていけるように。

 リトの仇を討つために。

 そう。誰よりも強くなって、蹂躙できるほどに。

 その決意を胸に、ヘリオは眼下に見える港へと、ぼろぼろになった足を進めることにした。


 その日、遥か遠くの大陸で太陽が翳り、大混乱に陥っていたことなど、ヘリオはまだなにも知らない。

次回は2/28!

時間は20:10!です。


ヘリオは主人公っぽいでしょう?

幕間はこれにて一旦打ち止めです。

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