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聖なる星の乙女と予言の王子  作者: 桜海
幕間⑧

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62/68

【Side:Wilfreid&Rivell】

 許しを得て主の元を離れたウィルフレッドは、その足で元々目を付けていたその屋敷へと向かっていた。

 屋根を伝い、木々を飛び移り、木陰に身を潜める。そうして堂々と目的の屋敷に忍び込んだ彼は、庭の影からすぐに飛び退った。

 今しがた立っていた場所に、いくつもの小型ナイフが突き刺さっている。そして飛び退いた先の地面に足を付けた瞬間、下から湧き上がった炎によって、庭の奥深くへと後退せざるを得なくなる。


「……はっ、まるで番犬のようだな」


 口元を歪めて、ウィルフレッドは嗤う。ひとつしか見えない赤い瞳を庭の手前に向けて眇めてみせる。


「隠れていないでいい加減姿を見せろ」


 低く囁きながら、いつでも動けるよう重心を移動させる。傍から見たらなにも変わったようには見えないだろうが、いまそこにある気配の持ち主はきっとそんなことはお見通しだろう。

 ある一点だけを睨み続けていると、やがて「はぁ……」という溜め息が聞こえてきた。


「ずっと俺の周りをウロチョロ嗅ぎ回っていると思っていたら、なにを堂々と侵入してきてるんですか、ウィルフレッドさん」


 片手にいくつもの小型ナイフ。片手を隠すように後ろに回した、侍従服を着た男が現れる。

 風が吹くたびに柔らかな焦げ茶色の髪がふわりと揺れ、淡々とした表情の中でやたら綺麗な翠緑色の瞳が瞬く。

 その姿を見た瞬間、ウィルフレッドの無表情が崩れた。ギリッと奥歯を噛み締め、眉の間に皺が寄る。


「リヴェル・ユーウェル……っ」


 名前を呼ばれた男は、静かな瞳でウィルフレッドを見つめた。

 自分を睨むように凝視しているウィルフレッドに、ほんの少し目を細める。

 眼帯をしていようと、ウィルフレッドの顔の良さは崩れない。むしろ眼帯をしているからこそ、この男の美しさは際立っている。

 だというのに。いま、ここでリヴェルを憎々しげに見る彼からは、その美貌がどこかに行ってしまっているようだとリヴェルは思った。


(もったいねぇなぁ)


 普段外では使わないような言葉でひとり内心で呟き、リヴェルはその唇をニッと上に引き上げた。

 そうすると、淡々とした顔のなかにヤンチャな部分が現れる。きっと、その落差に惹かれる人間も多かろう。


「お久しぶりですね。こんな真っ昼間からなにか御用ですか? できれば、用があるのなら正面玄関から入ってきてほしいのですが」


 そんなリヴェルの軽口に、ウィルフレッドは舌打ちをして右手を翻す。

 すぐに金属同士が触れ合う音がして、両者の間にふたつのナイフがポトリと落ちた。


「そんな簡単に感情を顕にするなんて、あなたらしくないですね、ウィルフレッドさん」


「……うるさい。うるさいうるさい。相変わらずうるさいな、お前は!」


「感情的になるのも珍しいですけど。ところで、これたぶん俺に会いに来たんですよね? まさか俺の主に手を出しに来たってことはないだろうし……なにかありました?」


 変わらず丁寧に、しかし感情を見せない男の言葉に、ウィルフレッドの頭もスーッと冷えていく。

 いつだってそうだ。この男は、初めて会ったときから他人に興味がなかった。歳の近いウィルフレッドにさえ。


『ただ生きられればそれでいい』


 ギーナン家の最高傑作と言われたウィルフレッドを、非公式の場とはいえ打ち負かした男が、過去にそう言った。

 切磋琢磨する友になろうと提案したウィルフレッドの腕を、一瞥しただけで取ることもなかった男が。

 そんな、男が――。


「お前は……まさか、もう決めたとでも言うのか?」


 誰の手も取らなかったくせに。


「……ギーナンに連なるものは、生涯にひとりの主を決める、でしたっけ。くだらないと思っていたんですけどね。けっきょく俺は――俺にも、その血がちゃんと流れてたってことなんでしょうね」


 誰にも頭を下げず、ずっと独りで高みにいたくせに。

 本家の出でも、分家の出でも、ましてや貴族ですらなかったこの男が。


「俺たちは、王家の影だ。忠誠は王家に捧げる。それがしきたりだろう……っ」


 喉の奥から、絞り出すようにそう言ったウィルフレッドに、リヴェルはゆっくりと笑みを浮かべた。

 その表情は、仕方ないなぁと言っているようであり、逆に憐れんでいるようでもある。だが、ウィルフレッドにはそれは、嘲られているようにしか感じられなかった。

 ギリリと痛いほど、ナイフの柄を握りしめる。

 この、男は――。


「俺に王家とか、影とかはどうだっていいんですよ。ウィルフレッドさんだって知ってるでしょう? それに、アンタと同じ血が流れているだけで、俺にしきたりだとかそんなものは関係ない。なにせ俺は()()()()()だからな」


 笑みを浮かべたリヴェルが、綺麗な翠緑色を酷薄に光らせながら、鼻で笑った。

 そこで、ウィルフレッドは限界だった。

 地を蹴り、暗器を飛ばす。それを楽に払い落とされるが気にしない。元よりそんなことは想定済みだ。

 真昼の木立は薄暗く、明るいところと暗いところがくっきりと分かれている。それを見て、ウィルフレッドは地面に手を付いた。

 ズズッと影が動く。リヴェルを拘束しようと、襲いかかる。それを、跳ねて回避した男に、今度は水の矢が降り注ぐ。

 しかしそれも、空中で蒸発して消えていく。

 シュウシュウと湯気を上げ、あたりが靄に包まれる。そして、ウィルフレッドは、チッと舌打ちをした。

 靄に紛れて影がわからなくなった。これでは闇魔法の真髄である影を使うことができない。

 視界も悪い。気配で相手の位置はわかるとはいえ、それは相手も同じだろう。

 魔力の適正属性はウィルフレッドに分があっても、魔力量は純粋にリヴェルのほうが上だ。魔法勝負となったらウィルフレッドが負ける。

 一属性にしか適用のないリヴェルだが、その使い方は多彩だ。ギーナン家の神童などと呼ばれたとしても、ウィルフレッドはリヴェルに勝てるとは思えない。

 残るは純粋な暗殺技術だけだが、それすらも、ウィルフレッドは勝てる気がしなかった。

 

 ――それでも。


 ウィルフレッドは、靄に隠れながら地を蹴った。

 真っ直ぐにリヴェルに向かうような愚は犯さない。立ち竦んだままの影に木々を使って回り込みながら、静かにナイフを振るう。

 キン! という音とともにナイフが落とされる。場所を変えて、放るナイフはどれもすぐに撃ち落とされる。

 忌々しく眉を寄せながら、ウィルフレッドはリヴェルに近づき手にした短剣を横に薙いだ。

 しかし、届かない。

 手首を掴まれ、あっという間に背中が地面に落とされる。グルリと視界が回り、ザアッと風が吹く。目の前には真っ青な冬の空と、こちらを覗き込む翠緑色の瞳がある。


(また、勝てなかった……ちくしょう)


 王の影の家。星の名を関する伯爵家が一家。辺境伯家でもあるギーナン家の最高傑作。それがウィルフレッド・ベイル=ギーナンだ。

 それなのに、分家の愚かな男が外の娼婦に産ませて放置し、市井で泥水を啜って生きてきた男に、勝てない。

 悔しかった。悔しくて、悔しくて、憎かった。

 それなのに、この男は「大丈夫ですか?」などと、手を差し出してくる。

 誰かを負かしたことも、誰かに勝ったことも、それがウィルフレッドだということも、この男にはどうでもいいことなのだろう。


「くや、しい……っ」


 差し出された手を取ることなく、ウィルフレッドは片手で眼帯の上から目を覆った。


「まあ、昔よりは強くなったんじゃないですか?」


「くそっ」


 この、男は……っ!


 悔しさに任せて寝転がったまま、リヴェルを睨みつける。

 その口元が片側だけ持ち上がり、ニヤリとした笑みを見せた。

 リヴェルの指先が、ウィルフレッドの頬を拭う。そこについていたらしい土がパラパラと落ちていく。


「アンタだって、自分で選んだんでしょう?」


 自分の意思で。たとえ相手が王家の人間であろうとも。違えることなく、自らの主を。

 そう問われてしまえば、ウィルフレッドにこれ以上リヴェルを責めることはできなくなってしまう。

 だってそうだ。自分だって、選んだ。初めてアルトラシオンに出会ったとき、自らの主はこの人しかいないと、そう思ったのだ。


「それが、俺には王家ではなく、あの方に感じたってだけですよ」


 腕を掴まれ助け起こされ、若干の屈辱と気恥ずかしさを覚えながら、リヴェルが手を指し示す方に視線を向ける。

 そこには、銀に近い金の髪を風に遊ばせながら、呆れたように笑っている男がいた。

 若干二十歳にして現アクルークス伯爵。エミール・ロジェ=アクルークスが立っていた。

 先ほど靄を晴らした風はこの男のものだったのかと、ウィルフレッドは目を細める。さすがは魔法騎士団第二部隊の隊長を務めるだけのことはある。

 そもそも、いつからいたのか。戦闘中も気を張っていたはずなのに気が付かなかった。

 ゾッと背筋が冷たくなる。

 そういえば、リヴェルはずっとウィルフレッドの気を自分に引きつけていた。


「城に留め置かれていたはずですが、アクルークス伯爵」


 警戒を緩めないウィルフレッドの低い声に、エミールは困ったように肩を竦めた。

 自分よりも年下のはずの男だが、その様はやけに似合っている。


「仕事があったのでね。頼み込んで昼間だけはこちらに戻っているんだ。スターリアはまだ城に預けているよ」


「そう、ですか……」


「それで? 殿下の手足である君が、我が屋敷になんの用かな? できれば不法侵入ではなく、正面から堂々と入ってきてくれると嬉しいのだけど」


 主従に揃って同じことを言われ、ウィルフレッドは苦虫を噛み潰すような顔をした。


「ステラシア様から、"見知らぬお兄ちゃん"の話を聞いたので」


 そこまで伝えたウィルフレッドの目の前で、エミールの表情が変わる。

 驚愕――ではなく、どちらかというと気色満面……?

 隣に立つリヴェルからは特に動揺したような気配は伺えない。


「ステラシアの話なら大歓迎だ! それこそ正面玄関から乗り込んできてくれればよかったのに! リヴェル、お客様だ。お茶の準備をして」


 エミールのその言葉にウィルフレッドはポカーンと口を開ける。


(いや、"王家の"じゃなくても、ソイツは影だぞ。なにやらせてる!?)


「かしこまりました。エミール様」


 そして、隣で恭しくエミールに向かい頭を下げるリヴェルにも、驚愕の瞳を向ける。


「いや、お前もなにをやってる!?」


 困惑が喉から飛び出したウィルフレッドに、リヴェルがおかしそうに笑う。

 その手の中で、クルリとナイフが回った、

 その切っ先を口元に当てて、翠緑色がツウと細められる。


「なにって、俺はエミール様の手足であり、駒ですからね」


 そう言って颯爽と去っていく真っ直ぐな背中を、ウィルフレッドは呆然と見送った。

 違う。影の扱い方がぜんぜん違う。いやたぶん間違っている。

 混乱したウィルフレッドを知ってか知らでか、エミールは上機嫌でウィルフレッドの手首を掴むと、屋敷までの道をスタスタと歩いていく。


 なぜか疲れたような気がしつつ、これも情報収集だと割り切りながら、ウィルフレッドは手を引かれるままにその後ろを付いていった。

書いていて、ウィルフレッドとリヴェルってこんな関係なんだ?ってすごく驚きました(作者)

ウィルフレッドは強いのですよ。傑作品なので。だからリヴェルに対峙するとこうなるんだ!?みたいな新鮮な驚きがあり…。トラウマか。


幕間続きます。

次回は2/26!

時間は20:10!です。

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