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【Side:Alt】花は、なにがいいか

 後ろ手に閉めた扉によりかかりながらアルトラシオンは腕を組み、今しがた話しをしていた、ステラ・エル=フィールドと名乗った少女について思いを巡らせる。

 窓から差し込む明かりに照らされたのは、銀に近い金色のまっすぐな髪。光るような白い肌。銀の混ざった藍色の大きな瞳。混乱しているようでいてきちんと理性を宿したしっかりした目をしていた。そして、

 ――陽に照らされたあの髪は、やはりとても美しかった。

 そんなふうに思ってしまったことに慄き、手のひらで口元を覆う。ふう、と長く息を吐き出した。

 三日前のあの夜のことだ。あの日は、王都から馬で一日ほど南下したところにある魔の森に隣接している街道沿いの村が、大量の魔獣に襲われ瘴気の吹き溜まりになっているからどうにかしてほしいと、領主であるとある伯爵家から陳情があり、王家から正式に魔獣討伐騎士団に要請のあった日だった。

 急遽部隊を編成し、急ぎ駆けつけた村はひどい有様だった。人間も動物も、食い散らかされた死体がそこかしこに放置されていた。辛うじて息のある者たちも、愛する者を失いでもしたのか死なせてくれと嘆いていて、アルトラシオンは望みの通り、彼らに剣を突き立てていった。

 徘徊する魔獣を浄化の焔で焼き切り裂き、同時に人間の命も屠っていく。首を落とさないのは、彼らが罪人ではないからで、けれど突き立てた剣の感触は魔獣よりもしっかりと手に残る。いつからだったか、それが気になり始めたのは。

 討ち漏らしがないか確かめる作業は夜までかかり、そしてステラに出会った。

 横倒しになっていた粗末な馬車は、窓にも扉にも格子があり厳重な鍵が付けられていた。

 馬車は通常、横から乗り入れするはずだが、アレは後ろから乗り込むタイプで、あれではまるで護送馬車のよう、で――。

 そこまで考えて、アルトラシオンは更に眉を寄せる。


「殿下、どうした?」


 部屋に入る前に、おまえは圧になるから来るなと置いていった男が、赤茶色の瞳をキョトンとしながら覗き込んでくる。でかい図体が小首を傾げていても可愛くはない。なんでもないと言うようにアルトラシオンは手を振った。


「ああそうだ……クリフォード、例のアレはどうなった」


 クリフォードと呼ばれた男は、ニッと片側の口角を上げて笑う。

 クリフォード・グレン=アルカイディス。アルカイディス侯爵家の三男で、いらないと突っぱねたにも拘らず、むりやりアルトラシオンの従者におさまった男。明るく爽やかで腕っぷしが強い。ともに魔獣討伐騎士団に入団したが、最近になって近衛騎士団に移籍した。やっと離れたか、と思えば、コイツ()はそのままアルトラシオンの護衛騎士としてくっ付いてきた。なんなら魔獣討伐にも付いてくる。それは近衛騎士の仕事ではないだろうに。

 近衛騎士の制服を着てはいるが、クリフォードは腕は捲くるし、襟も崩す。振る舞いだけなら立派に魔獣討伐騎士だ。まったく、近衛騎士などというガラでもないだろうに。あそこはなによりも規律と礼儀を重んじるのだから。服装の乱れは処罰の対象だ。それでもなにも罰されていないということは、クリフォードがアルトラシオンに近すぎてなにも言えないということか。


「アチラさんはすでに目覚めてるぜ」

「そうか」


 それを聞いてアルトラシオンは扉から離れた。

 一度振り返り扉を見つめる。その奥にいるはずのステラシアを、扉を透かして眺めるように。

 その様を、クリフォードが眇めるように見ていたことには気づかない。

 特になにをするでもなく、そのまま前を向いて歩き出すアルトラシオンに、クリフォードもなにも言わずに付き従う。

 歩きながら、アルトラシオンの唇が一瞬緩んだ。


(ステラ・エル=フィールド、か)


 きっと、それも偽名なのだろう。

 『エル』の名はよくあるものだ。けれど、『フィールド』という家名はアルトラシオンの記憶には一切無い。あとで貴族名鑑を開き直してみようとは思うが、それでもきっと無いだろう。

 平民の家名は多すぎて把握していないため平民出だと言われればそれまでだが、その場合、中間名を有しているのはとても珍しい。生まれてすぐの洗礼名を中間名として名前に組み込むのは貴族――特に子爵位以上の証明でもあるからだ。

 彼女のことはなにもわからない。だが、あの混乱の中で咄嗟に偽名を出せる度胸がえらく気に入った。

 退屈な日々がなんだか少し変わりそうな予感がする。


(明日はまた彼女に会って、名前を呼んで……ああそうだ。起き上がれるようになったら、いっしょに食事でも……いや、その前に庭を散歩でもするか? ――食事より茶のほうが負担にはならないか? ああ、でもまずはなにか欲しいものでも聞いてみるか。そうだ、)


 ピタリと足を止める主に続いて、背後の護衛騎士も立ち止まる。


「クリフォード」

「あ? なんだ?」

「花を……」

「花ぁ?」

「だから、彼女に見舞いの花を送りたいんだ。見繕え」


 パカリと口を開けた背後の男は、しばらくしてからブハッと盛大に吹き出した。

 腹を抱えての大笑いに、アルトラシオンの淡い金の眉がどんどんしかめられていく。

 ヒーヒーとくの字になった体を戻しながら、クリフォードは目尻に浮かんだ涙を拭った。


「そういうのは、おまえが選ぶほうが喜ばれるぜ、アルト」


 ニヤニヤ笑いながら指を立てる男を睨みつけ、アルトラシオンは憎らしいその親指をバシン! と叩き落とした。



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