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聖なる星の乙女と予言の王子  作者: 桜海
6. ステラシア・ヴィア=アクルークス

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彼女は生まれた瞬間から①

 星王国歴六三〇年双星の月(ふたつぼしのつき)十五の日。

 その日、星の名を冠する伯爵家が一家、アクルークス伯爵家は朝から騒然としていた。

 明け方近くに、当主夫人であるフローリアナ・エル=アクルークスが産気づいたからだ。

 四年ぶりの御子の誕生に、屋敷全体が浮き立っていた。

 四歳になったエミールもソワソワとしていたし、扉の向こうから聞こえる母親の呻き声にハラハラしていた。

 けれど、エミールの隣で同じように部屋から閉め出された、現当主レナード・ジョン=アクルークスのほうが、やたら落ち着きがなかったかもしれない。

 だが、誰もが、この出産を喜んでいた。心待ちにしていた。

 ほぎゃあ、ほぎゃあ、と力強い泣き声が聞こえたとき、レナードは床に腰を下ろして涙を堪えていたし、エミールは父親に駆け寄ってその肩に抱きついた。使用人たちからも歓声が上がっていた。

 その後、続けざまに「ほぎゃあ」が二重合唱になった時には、思わず父子共々顔を見合わせたのだが。


 その日、アクルークス伯爵家には、可愛らしい双子の女の子が誕生した。


 ひとりは、淡い銀色の髪がほわほわと生えた、濃藍色の瞳の女の子。ステラシアと名付けられた。

 もうひとりは、淡い金色の髪がほわほわと生えた、濃く深い金の瞳の女の子。スターリアと名付けられた。


 たしかにその日、ステラシアもスターリアも、みなに祝福されてこの世に生を受けたのだ。


 翌日に託宣師による予言さえなければ。


 ◆ ◆ ◆


 マリンが、ステラシアとアルトラシオンのために、茶を淹れ直した。

 茶菓子は無い。たぶんそれは、マリンなりの配慮なのだろう。

 その気遣いが、ステラシアはとても嬉しい。

 アルトラシオンに、自分の過去を聞いてほしいと、伝えた。マリンにも、イアンとクリフォードにも、部屋にいてほしいと懇願した。

 長くなるかもしれないから座ってほしいと伝えたけれど、三人は「大丈夫」と言って首を振ったから、ステラシアは渋々頷いた。納得はしていない。


「……と、いっても、わたしの覚えていることは、そんなに多くはないんですけどね」


 ふふっと笑えば、隣でステラシアを見下ろしていたアルトラシオンの眉が僅かに顰められる。


「でも、昨日……あの二人に会って、思い出したことも、たくさんあります」


 こめかみに手を触れて、ステラシアは少しだけ視線を落とした。昨日、ここがとても痛かった。

 そして同時に、体の痛みも思い出した。

 それから――。

 ステラシアは、こめかみに触れた手を心臓の上に置いた。ドキドキと、早い鼓動を刻んでいる。

 そう――(ここ)の、痛みも。


「ずっと、偽っていて、申し訳ありませんでした」


 背筋を伸ばし、凛として、ステラシアはアルトラシオンを見上げる。


「わたしの……正式な名は、ステラシア。ステラシア・ヴィア=アクルークスと、申します。"ステラ"は、その……愛称、です」


 師匠から、信じるに値する相手にだけその名を伝えなさいと、ステラシアは言い含められていた。

 その名を、偽ることなく、赤裸々に。

 ジッと、アルトラシオンを見つめる。

 この人になら、教えてもいいと、思った。

 この人たちになら、知っていてほしいと、思った。

 自分を、偽りたくないと、そう、思った。


「わたしの記憶はいつも、六歳の冬の日……師匠に引き取られたところから始まります。……けれど、少しだけ、その前のことも思い出したので。いまなら、お話しできると思います。師匠から聞いた話と混ざるような話し方になってしまうかもしれませんが……」


 ステラシアの言葉に、アルトラシオンが目を細めた。スル……と頬を撫でられ、頭を引き寄せられる。

 それに、小さく笑った。

 無言で「あまり無理はするなよ」と言われているようで、胸が少しだけ温かく、痛くなった。


 ◆ ◆ ◆


 ステラシアとスターリアが生まれた翌日、託宣師による託宣にて予言が授けられた。


『おふたりのうち、どちらかが"慶星"――すなわち聖なる星の乙女で、どちらかが"凶星"――すなわち陰り星の乙女となるでしょう。どちらかが人々を救い、どちらかが災禍を齎す存在となるでしょう』


 その託宣を聞いたアクルークス当主は悩んだ。産後間もない妻にこのことを伝えるべきか、否か。

 そしてこの子どもたちを、どう扱うべきか。

 星の乙女の誕生は、星の名を冠するアクルークス家にとって、喜ばしいこと。

 けれど、それが魔獣の乙女――魔女も含んでいるとなると、喜びは減少した。

 この国で、創国神話を知らない貴族はいない。平民だとて、文字は読めずとも神話を寝物語に聞かされて知っているだろう。

 だからこそ、"魔獣の乙女"とされた娘がこの先どうなるかは、火を見るより明らかだ。

 星の名を冠する伯爵家。それは、星の乙女を管理する家。歴代の星の乙女たちの記録も、各家には膨大に資料として残っている。

 凶星――陰り星の乙女は魔獣の乙女。通称魔女。彼女たちは凶星だと判明した時点で心身ともに想像を絶するような苦痛を味わい、長生きなどすることもなくあっという間に死んでいく。

 そうして切り捨てる娘を、今度は自らが選ぶのだ。

 託宣師は"どちらかが"と言った。

 それは、"どちらが凶星かわからない"ということだ。

 成長したらわかるのだろうか。

 それとも身体的特徴があるのだろうか。レナードが記憶している限り、凶星である陰り星の乙女にそのような特徴は見られなかった。

 それは、普通の乙女と変わらないということ。


(じゃあ、どうしたらいい!?)


 チラ、とソファの傍らに置かれた揺りかごに目をやった。そこに双子が寝かされている。

 長男のエミールがソファによじ登り、揺りかごの中に顔を突っ込んでいる。

 ベッドでは妻のフローリアナが眠っている。

 先ほどまで泣き止まない双子相手に、交互に乳を与えていた。本来は乳母の仕事だが、ひとりだと思った子どもがふたりだったのだ。選定が間に合わない。

 一人娘で蝶よ花よと育てられたフローリアナだが、母乳を与えることに抵抗はなかったらしい。

 娘の予言について、悩みに悩み結局結論の出なかったレナードは、フローリアナが目を覚ました隙にエミールを部屋の外へと追い出した。


「フローラ……大事な話がある」


 ベッドの脇へと立ち、産後でまだ体調の戻らない妻へと、レナードは予言の内容を伝えることにしたのだ。


 そして――『瞳の色が闇のように暗いから』という理由で、生まれたばかりのステラシアは離れへと送られることになった。

 このとき、選ばれていたただひとりの乳母が付いてこなければ、ステラシアはきっとそのまま死んでいたのだろうと思う。


 ◆ ◆ ◆


 星王国歴六三五年。その年は少しだけ暖かな冬の始まりだった。

 双星の月、十五の日。ステラシアは五歳だった。

 乳母はいたけれど独りぼっちだったステラシアは、寂しさを抱えていた。

 乳母以外にも、本邸から送られた使用人はいたけれど、誰もステラシアに見向きもしてくれない。話し相手にも、遊び仲間にもなってくれない。

 だから、寂しかった。

 寂しくて寂しくて、お父様とお母様に会いたくなった。

 その日、ステラシアは言いつけを破って離れの屋敷を抜け出した。本邸に近づいてはいけないと口を酸っぱくして言われていたが、それよりも寂しさのほうが勝っていたのだ。

 あんなにも、きつく言われていたのに。「少しだけ……ほんのちょっとだけだから」と誰にともなく言い訳をして、ステラシアは乳母の目を盗んで抜け出してきた離れを横目に見上げた。

 乳母は怒るだろうか。それとも、泣く……? もしかしたら心配をかけちゃうかも。

 そう思って一瞬躊躇ったものの、小さなステラシアはそのまま本邸への道を走った。

 大人ならすぐに辿り着ける道程も、まだ五歳のステラシアには果てしなく遠く感じる。

 足が疲れて、縺れて転んだ。擦りむいた手のひらがじんわりと痛かったけれど、その時のステラシアには戻るという選択肢がまったく浮かんでこなかった。

 ようやく見つけた本邸のどこかのドアが開いて、同じ服を着た使用人が何人か出てくる。

 その扉が閉まる寸前に滑り込んだステラシアは、初めて見る本邸の美しさにしばし見惚れていた。

 そこは、ステラシアの生活している離れとはまったくの別世界だった。

 なにせ、床がふかふかと柔らかい。壁が輝くように白く綺麗。

 ステラシアが小走りになっても、廊下の床はギシギシ言わない。

 そして何より、部屋だけじゃなくて、屋敷全体が暖かい。


「すごい……これがおとうさまと、おかあさまのいるおうち……」


 静かな廊下を歩きながら、キョロキョロとあたりを見回してみる。廊下はどこまでも続いているようで、ステラシアは少しだけ怖くなる。


「おとうさまと、おかあさま……ステラにおめでとって、いってくれるかなぁ」


 だって今日は、ステラシアの生まれた日だ。

 そう、乳母が言っていた。


『本日は、ステラシア様のお生まれになった日です。お小さい頃のステラシア様はとてもとても可愛らしかったのですよ。お父上もお母上も、お兄上も、屋敷中皆がお誕生を喜んだのですから』


 朝、硬いベッドに起き上がったステラシアの、金とも銀ともつかない髪を優しく梳りながら、彼女の乳母はそう言っていた。

 毎年、そう言っていたのかもしれない。毎年、毎年。

 だから、ステラシアはどうしても、父と母と兄に会ってみたくなったのだ。


「こっちかなぁ?」


 目の前に、大きな階段が見えた。上のほうから、なんだか賑やかな声が、聞こえてくる。

 何度か逡巡して、小さな拳を握ると、ステラシアは階段を昇り始めた。

 踊り場についてからふぅ、と息を吐き、また一段一段上がっていく。

 ようやく二階まで昇りきったステラシアは、達成感に顔を緩ませた。

 そして、顔を上げるのと、カチャリと近くの扉が開くのは同時だった。

 開いた扉の向こうから聞こえるのは、複数人の楽しげな笑い声。

 廊下に姿を現したのは、淡いピンクのふわりとしたドレスを着た小さな女の子と、いくつか年上の男の子。

 少女の髪は光の加減で銀にも見える淡い金髪で、少年のほうは少女よりももう少し金の強い髪をしていた。

 ステラシアは、ひと目見てわかった。

 少年は"兄"で、少女は自分の――"かたわれ"なのだと。

 なにかしら気配に気づいただろう少女が、背後を振り返る。濃い金色の、瞳。まるでステラシアと瓜二つ。

 ステラシアは、嬉しくなって、彼女に小さな手を伸ばした。

 少女のピンクのドレスは、彼女によく似合っていた。擦り切れて、丈の短くなった灰茶色のワンピースを着ている自分とは、なにもかも違った。

 本当なら、境遇の差に打ちのめされなければおかしいのに、ステラシアはただ"己の片割れに会えた"ということで、歓喜に溢れていただけだった。

 手を伸ばし、置いていかないでと呟いて、少女に向かってよろよろと歩き出す。そのまま駆けだそうとして、けれどステラシアの足はその場にピタリと縫い留められたられたように動かなくなった。

 それほど離れていないところにいる片割れの、ステラシア、とよく似た顔は憎らしげに歪みステラシアを睨みつけていた。

 隣の少年も、驚いたようにステラシアを見つめていて、そして慌てたように隣の少女へと手を伸ばす。


「まて、待つんだ、スターリア!」


 ああ、片割れの名はスターリアと言うのか。そう噛み締めている間に、少年の手をすり抜けて少女が肉薄する。

 ドン! と肩を押された。大きく一歩よろめいて、かろうじて階段の縁に立つ。


「凶星であるお姉さまがなんでここにいるの!? けがらわしい!! お姉さまのせいで、わたくし……わたくしは……っ。――ッ、お姉さまなんか死んじゃえばいいのに!!」


 服を掴んでまくし立て、少女が細い両腕でステラシアを後ろへと押す。

 普通の双子の純粋な力比べなら、そんな簡単にステラシアの体が宙を舞うことはなかっただろう。

 けれど、食事をほとんど与えられず少し動いただけでも疲れてしまうステラシアの体重は、双子の片割れ――スターリアよりもよほど軽かった。

 思い切り押し出された体は、然程の抵抗も見せず階段を勢いよく落ちていく。


「ステラシア……ッ!」


 血の気の引いた真っ青な表情で、少年が駆け寄りステラシアへと手を伸ばす。その手に、縋るように手を伸ばして、けれど触れ合うことはなく空を切る。

 叩きつけるような痛みが背中と頭を襲い、ステラシアの息が詰まる。


「ステラシアーっ!」


 駆け寄る音がする。

 たぶん、あの少年のもの。


(わたしと、スターリアによく似た、あのひとは、たぶん、わたしの……ぉ、にぃ……)


「なんでお兄さまはお姉さまを呼んだの!? なんでわたくしを見てくれないの!? お姉さまじゃなくてわたくしを見てよ! きょうはわたくしのたんじょうびでしょ!?」


 遠のく意識の膜の向こうでスターリアの高い声が聞こえる。


「スターリア、それどころじゃないだろ! ステラ! ステラシア! しっかりするんだ。誰か! 医師を呼んで! 早く!」


「ひどいわ! おにい様の、ばか!!」


 意識が無くなる寸前まで、少女の高い声がステラシアの耳にこびりついて離れなかった。

なんの情報を載せようか…。

きっとそのうちここになにか増えます。

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