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聖なる星の乙女と予言の王子  作者: 桜海
6. ステラシア・ヴィア=アクルークス

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それがはじまりだとして

ステラシアの章

 目が覚めたとき、まるでアルトラシオンに包まれているようだと錯覚して、ステラシアは大いに慌てた。

 それは、体に巻き付いていた、彼のマントのせいだったのかもしれない。仄かに、アルトラシオンの匂いがする。


(落ち着く……)


 鼻まで持ち上げたマントをクンクンしていると、扉を叩く音とともにマリンが入ってくる。


「失礼しま……あ、起きてらっしゃったのですね、ステラ様。すみません。おはようございます。殿下のマントは安心しましたか? それともいい匂いでもします?」


「ひえっ!? いえ、あの! え、ぇえと……おはよう、ございます……」


 クスクス笑いながら部屋を横切り、マリンが室内のカーテンをすべて開ける。

 差し込む陽射しはずいぶんと高く、自分が寝坊してしまったことをステラシアは悟った。


「えっ、もうこんな時間!? あ、あわわ、マリンさん、ごめんなさい、わたし寝坊、して……っ!?」


 あたふたとベッドから降りようとするステラシアを、マリンが無言で押し留める。そして、腕を伸ばすと勢いよく抱きついた。


「ステラ様……しばらく第一王子宮に軟禁という形になりました」


「え……?」


 抱きついてきたマリンのささやき声が、耳を通ってどこかへと行く。それを処理したくないと、頭が理解を拒んだ。


「ステシア神殿の神殿長が声高に凶星の処分を求めていますが、ステラ様の御身は第一王子殿下預かりとなっています。神殿長の言葉は殿下が一蹴しております。ですが、凶星である以上は、外に出すべきではないというのが、貴族たちの総意のようです。特に、星の名を冠する十貴族は議会のトップですから……反対しているのはアクルークス家とガクルック家、それから殿下だけです。これでは覆りません。そのため、ステラ様は第一王子宮からは出ることができません」


「……処分じゃ、ない、の?」


 呆然とするステラシアの声に、マリンががばりと顔を上げた。


「そんなこと……! ぜっったいにさせませんし、殿下だってお許しになりません!! 陛下はこの件を殿下に一任しました。最後に采配を振るうのは殿下です。それと……アクルークス伯爵令嬢の身柄を神殿に寄越せとこちらも神殿長が殿下に詰め寄っていますが、おそらく殿下は承認されないでしょう」


「……ええと、慶星(いわいぼし)である聖なる星の乙女は、ステシア神自身の魂の欠片を持っているから、神殿ではなくて王家で保護したい、ということですか?」


「……ステラ様。わたしは、ステラ様が凶星なんかではないと確信しています。同時にあの小娘が慶星なんかじゃないってことも確信しています。だから、そんなに冷静にならないでください。もっと、取り乱していいんです」


 ステラシアの疑問に答えるでもなく、マリンはステラシアを腕の中に抱きしめた。二つしか歳の離れていないはずの彼女はステラシアの髪をゆっくりと撫でる。

 それはまるで、噂に聞く"母"のようだと思った。それが本当に母の温もりとして合っているのかは、ステラシアにはわからなかったけれど。


「マリンさん……ありがとうございます。でも、取り乱す時間は、もうとっくに過ぎてしまったから……」


 ステラシアの言葉にマリンは目を瞠り、悔しそうな顔で目を伏せる。


「殿下が神殿長の言葉に首を縦に振らないのは、これ以上王家へ神殿が介入してくるのを避けたいからだと思います。あと、エミール様が断固として拒否しています」


 マリンのその物言いに、ステラシアは首を傾げた。


「マリンさんは、その……エミールさん? のことを知っているんですか?」


 ステラシアから聞こえる他人のような口ぶりに、マリンは僅かに目を細めた。昨日の流れからして、エミールはステラシアにとっても"兄"に当たるはずなのに。


「エミール様は、魔法騎士団第二部隊の隊長です。わたしは、魔法騎士団の第一部隊……ええと、アストリオル殿下の指揮下にいましたので、あまり話をすることはありませんでしたが、存じておりますよ。三属性持ちのすごい方です!」


 パッと明るくなったマリンの表情に、ステラシアもふふっと笑う。

 それを目を細めて見つめたマリンが、手を引いてステラシアをベッドから浴室へと連れて行く。


(ぁ、そっか……昨日あのまま寝ちゃったんだ……)


 ドレスは着替えさせてくれたのか、簡易なナイトドレスに変わっていた。皺にならなかったことに安堵する。大人っぽいデザインだったが、気に入っていないわけではなかったのだ。

 化粧も、寝ている間に落としてくれていたのか、顔がガビガビしていない。

 意識のない他人を世話するのは色々と大変だろうに、マリンやこの宮の使用人に感謝しなくてはいけない。

 それでもきっと、昨夜のステラシアの話を聞いたら、誰もが関わり合いになることを避けるのだろうけど。


「マリンさん……マリンさんは、わたしのそばにいてもいいんですか?」


「……言ったでしょう? ステラ様。わたしはあなたが凶星(まがつぼし)――陰り星(かげりぼし)の乙女だなんて、微塵も思っていないんですよ」


 いくつもの櫛が、濡らした髪を優しく梳いていく。髪油で固まったところも、絡んだところも、優しく丁寧に揉み洗いされる。


「でも、」


 オランジュールの香りが、いっきにステラシアを包み込んだ。髪を泡立てながら、指先が絶妙な力加減で頭皮を指圧する。凝り固まった頭を柔らかくし、首から肩、腕まで、全身を隈なく揉みほぐされる。


「わたしはもう、ステラ様に決めました」


「え? あの、決めるって、なにを?」


 パチッと開いた目線の先に、マリンの笑みがあった。


「お湯かけるので目を開けちゃだめです」


 すぐに窘められて目を閉じる。

 いつもの快活な笑顔ではない、静かな笑みだった。それが、閉じたまぶたの裏にずっと焼き付いて残っていた。


 風呂で温まったあと、ステラシアはマリンに連れられ食堂へとやってきていた。

 マリンが取っ手に触れた瞬間、内側から扉が開かれる。


「よっ、ステラちゃん。おはよ……つーか、もう昼だけどな」


「クリフォードさん! あの、おはようございます」


 扉の隙間から顔を出したのは、赤い髪をツンツンさせたクリフォードだった。

 昨日はあんなにビッシリ決めて騎士団の制服を着ていたのに、今日はもういつも通りの着崩しっぷりだ。


「マリンも、お疲れさん」


「……はぁ、昨日はかっこよかったのに」


「え、今日の俺もかっこいいだろ?」


「邪魔です。ステラ様が通れないじゃないですか」


 久しぶりに見た二人の変わらないやり取りに、少しだけホッとする。距離感は変わったような気もするけれど。

 何やら納得のいかない顔で渋々と扉を大きく開けたクリフォードが、ステラに向かって綺麗なお辞儀をした。

 目が合うと、ニッといつものように笑みを返される。

 食堂内は香ばしい匂いに満ちていた。


「おはよう、ステラ」


 先にテーブルに付いていたアルトラシオンが、普段と変わらない様子でステラシアを迎え入れる。

 食堂の端から近づいてきたイアンが、ステラシアのために椅子を引いた。座ると同時に、彼の手で紅茶を淹れられる。滅多に飲めないけれど、あの異様においしいイアンの淹れた茶だ。


「おはようございます。どうぞ、ステラ様。昨日はおそばにいられず申し訳ありませんでした」


「い、いえ! イアンさんにも、ご用事とかあると思いますし……。いいんです。気にしないでください。お茶、ありがとうございます」


 ひと口飲んで小さく息を吐く。相変わらずおいしい。鼻を通る香りも、舌に触れる味も、喉を滑り落ちていく感覚もなにもかも心地好い。


「おいしい……」


 無意識にステラシアは呟いていた。

 困ったように微笑んだイアンが、ありがとうございますと囁いて傍らに膝を突く。

 ぎょっとして見下ろしたステラシアの片手を、イアンは掬い上げた。

 ゆっくりと、手の甲を額に押し当てられる。さらりとした髪の感触が、肌を撫でていく。


「私、イアン・ヒューバート=アリオトルは、ステラ様に変わらぬ忠誠を捧げます」


 ひゅっと息を呑んだ。

 顔を上げたイアンを、外からの陽射しが柔らかく照らす。冬にしては今日はやけに晴れた日だった。

 イアンの薄茶色の瞳が、その明かりでとろりとした金色に光って見える。


「私の剣は、殿下に捧げてしまいましたので差し出せませんが……ステラ様にも我が忠誠を」


 こういうのはきちんと形にしておくのが良いんですよねー。とにこにこ笑いながら立ち上がるイアンを、ステラシアは呆然と見上げた。

 視線を合わせ、柔らかく微笑まれ、胸が熱くなって目の前が霞みそう。


「ステラ嬢ちゃん! 朝食はいつもよりたくさん作ったからな!」


「ステラ様、準備できておりますよ」


「ステラ様ー! 早くしないとスープが冷めてしまいますよー!」


「ステラ様、ステラ様。食後にはなんと、料理長の新作デザートがありますからね!」


 食堂内には、第一王子宮で働く使用人たちがほぼ一同に会していた。あちこちから、ステラシアに声が飛ぶ。

 石を投げた冷たい声ではなく、ステラシアを肯定して受け入れる、温かな声。

 昔……そう、昔。まだひとりになる前に、迎え入れてくれた孤児院の、あの輪のような、そんな。

 イアンとのやりとりで滲んでいた涙が、堪えきれずに溢れ出す。


「ほら、ステラ。お前はひとりじゃない。言ったろう? お前はひとりじゃないんだと、以前にも」


 いつの間にか近づいてきていたアルトラシオンが、手を伸ばしてステラシアの顔を包み込む。溢れて止まない涙を、何度も何度も指で拭って消していく。

 ひとりじゃない。その言葉に、こくこくと頷いた。

 そう、以前も、そう言われた。ひとりじゃないから、頼れと。


「お前がひとりじゃないのは、お前がここで頑張っていたからだよ」


 赤く染まった目尻に唇を寄せ、アルトラシオンが耳元でささやく。

 周囲から「きゃあ!」という黄色い声が上がったが、誰も咎めるものはいなかった。


 ◆ ◆ ◆


 とは言っても、ステラシアがこの第一王子宮でしていたことなど、側仕えの仕事と料理と散歩くらいだ。

 どうして使用人たちがあんなに好意的なのかが、正直わからない。


「ステラ様は、料理人たちの間では大人気なんですよ? 料理長なんて新作レシピを、ぜんぶステラ様に合わせて考案してるくらいですし。お茶菓子は全員がご相伴に預かっています」


「ステラ様、散歩中に王子宮の警護をしている近衛騎士やたまに報告に訪れる討伐騎士に、笑顔で挨拶するでしょう? あれで騎士たちの評判がいいんですよ」


「ステラちゃん、王子宮の使用人たちに声かけて困ってたら手ぇ貸してたろ? この王子宮でステラちゃんに助けられてないヤツいないんじゃねぇか?」


 朝食――正確には昼食――のあと、執務室に集まったいつもの面々が、口々にステラシアの口走った疑問に答えていく。

 それには、ステラシアも苦笑するしかない。


(お菓子は気分転換で、少し作るよりたくさん作っちゃったほうがラクだったからだし、散歩は体動かしたかったからだし、挨拶は基本だし、困ってる人は見過ごせないからだけど……!?)


「まあ、ステラは可愛らしいからな」


 否定しようとした矢先にすぐ隣から落とされた爆弾で、顔が真っ赤に染まる。

 両手で顔を覆うステラシアを、アルトラシオンが見下ろした。口元には隠しきれない笑み。紫の瞳には抑えきれない愛おしさが宿っているのを、当事者のステラシアではなく傍から眺めている部下たちだけが見つめている。


「ところで、ステラ。確認なんだが……」


「は、はい?」


「お前は本当に"凶星"なのか?」


「――――っ」


 静かなアルトラシオンの問いかけに、ステラシアは言葉を詰まらせた。

 昨日の少女の姿を思い出し、ふるりと肩が震える。

 それを宥めるように、アルトラシオンがステラシアの上半身を胸元へと引き寄せる。包まれる温もりに身を任せてしまいそうになり、ステラシアは慌ててアルトラシオンから距離を取った。

 む、と形の良い金の眉が不満げに寄せられるが、ステラシアは気づかないふりで目を逸らす。


「違います……というか、わからないのです」


「わからない?」


「師匠から聞いた話ですが、わたしは生まれた翌日に『どちらかが慶星(いわいぼし)、どちらかが凶星(まがつぼし)である』と予言されたそうです。わたしは……わたしたちは、双子だったそうです」


 双子……。アルトラシオンから漏れた言葉が、重くステラシアの胸に沈み込む。


 双子であること。それ自体は特に珍しいことではない。その辺の道を歩いていても、双子の兄弟姉妹はよく見かけるものだ。

 だが、双子であることと、予言の内容が、不味かった。

 この国――この世界の創世神話において、双子であるのは星の女神ステシアと、光の女神アステリア、ただ二柱だけ。

 そして、光の女神アステリアは闇の神に乗っ取られ堕ちた。そしてアステリア神は、この国に魔獣を生み出し人々を襲わせた。

 ステシア神は心を痛め、人々に自らの力を分け与え祝福を授けた。

 それが、星の力。

 女性に星の力持ちが多いのは、魔獣に襲われた人々が圧倒的に女ばかりだったからだと言われている。

 ステシア神の浄化の力で敗北した闇の神は、名を奪われこの世界の中心に封印された。

 というのが神話の内容だ。

 人々は闇の神を退けた星の女神を慶の星(いわいのほし)として崇め、闇の神に乗っ取られた光の女神を凶つの星(まがつのほし)として忌避するようになった。

 それがこの国の成り立ちでもある。

 故に、生まれてくる子どもが慶星とされれば聖なる星の乙女"聖女"として大事にし、凶星とされた場合は陰り星の乙女"魔女"として厭い切り捨てた。

 陰り星の乙女は、魔獣の扱いに長けているのだという。ただ単純に殺されるだけならまだ救いはあったかもしれない。けれどおそらく、壮絶な虐待があったことは想像に難くない。

 ステラシアが図書館で調べた限り、いままで慶星と凶星が同時に生まれてくることはなかったはずだ。

 それが、今回は双子。

 それに慶星と凶星は、それぞれの女神の魂の欠片を宿していると言われている。

 スターリアは昨日、その力を示した。

 けれど、ステラシアは封印されているせいで力を出すことができない。

 深く息を吸ってから、細く長く吐き出した。

 正面ではなく隣に座るようになったアルトラシオンを見上げて口を開く。

 銀混じりの紫眼は揺らぐことなくステラシアを見つめているから、ドクドク煩かった胸のうちも、次第にゆっくり穏やかになっていく。


「アルト様。わたしの過去を、聞いてくれますか?」

新しい章になりました。

ここまで読んでくださった方いるのでしょうか?

もっとサクッと終わらせる予定だったのに……こんな長いところまでお付き合いくださり、ありがとうございます。

よろしければ☆とかをポチッとしていただけますと、嬉しいです。

モチベーションが上がるような気がします。きっと。

よろしくお願いいたします。

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