糾弾
ステラシア、ローゼリア、マリンの三人にユーフィリアを交え歓談していると、国王と第二王子が入場し夜会の開催を宣言した。
すでに和やかにさざめいていた会場に楽団の音楽が奏でられ始め、ひと組、またひと組と、クルクル踊りだす。
どこかへと行っていたアルトラシオンが戻ってきて、ステラシアへと手を差し伸べた。それは、これから踊ろうという合図だ。
マリンの元へはクリフォードが。あんなに仲が悪く見えたのに、クリフォードに優雅にエスコートされるマリンを見てステラシアは驚いた。
ローゼリアはアストリオルが相手をするらしい。ユーフィリアのところにはドゥーベルク公爵が訪れていた。二人ともパートナーは身内のようだ。
(婚約者とか、いないのかなぁ?)
アルトラシオンに手を引かれて会場の真ん中へと連れられながら、ステラシアはそんなことを思った。二回目のダンスだからか、少し余裕がある。
「……ステラ。なにを考えている?」
ホールドしたと思ったら、腰を思い切り引き寄せられた。あまりの密着具合に焦ってよろけたステラシアを抱き留めたまま、アルトラシオンが大きく一歩踏み込んでくる。
バランスが保てないままグラリとしたところで、ふわりと浮遊感に襲われた。腰を掴んで持ち上げられ、ストンと降ろされる。そして何事もなかったかのように、アルトラシオンはステップを踏み始める。
混乱しながらも、師匠に叩き込まれたステラシアの足は止まらない。第一王子のリードが上手すぎるせいもあるかもしれない。
傍から見たら、きっと一歩目でよろけたパートナーを転ばないように気づかって抱きしめて、正位置に戻したようにしか見えないだろう。
「な、なにするんですか……!」
小声で抗議するステラシアに喉の奥で笑い、アルトラシオンは目を細める。
「いや……余計なことを考えているようだったからな。――俺とのダンスだ。俺のことだけ考えていろ」
わずかに身をかがめ、耳元に唇を寄せたアルトラシオンが、低く囁く。
触れる熱い吐息に、首筋がゾクリとした。
頬が、熱を持つ。踊っているせいだけでは、きっとない。
「はい……」
羽虫の鳴くような声だったけれど、アルトラシオンは満足そうに笑った。その端正な顔をポーッと見上げながら、ステラシアは彼の力強いダンスに身を委ねた。
◆ ◆ ◆
ダンスが終わったあと、アルトラシオンはステラシアを壁際へと連れて行った。
夢見心地でふわふわしているステラシアを見下ろして、苦笑する。
歩いている給仕係からアルコールの入っていないグラスを受け取り、ステラシアへと手渡した。
「ほら、甘いジュースだ。少し熱を冷ませ」
「あ、ありがとうございます」
パタパタと顔を手で仰いでいる彼女は、きっと逆上せていることに自分でも気づいているのだろう。
いったいどのあたりでスイッチが入ったのかは……まぁ、わからなくもないが。
しばらくステラシアを休ませていると、ローゼリアやマリン、そしてなぜかユーフィリアまでもがやって来る。
アストリオルは妹を届けてすぐに去っていったが、ユーフィリアの父であるジェラルドはいつもの笑顔のままそこにいる。
気づいたステラシアが挨拶するのを、微笑ましそうに眺めている。視線がまるで父親のようだ。
アルトラシオンは、横目で会場を見上げた。国王は椅子に座り、ともに来ていたらしい王妃とにこやかに談笑している。そのすぐそばに神殿長の姿を見つけ、薄く眉を寄せた。
去っていったアストリオルの姿は見えない。大方、この夜会の主導を任されたものとしてどこかで指揮でも執っているのだろう。
アルトラシオンは今回、招かれた側だ。第一王子とその騎士団のためのお祝いであるため、夜会の進行には関わってはいないが、概要だけは把握している。
何かあれば動くことはできるが、さて――。
「殿下。神殿長が来てますね」
いつの間にかマリンのそばからアルトラシオンの斜め後ろ――いつもの定位置にやってきていたクリフォードが、耳元でボソリと言う。
「まあ、今回の遠征で神殿からの星の乙女を断って、ユーフィリア嬢を連れて行ったことに腹でも立てているんじゃないか?」
「……そう、ですね」
先ほどから、神殿長がチラチラとこちらに視線を向けていることはわかる。クリフォードに「あまり見るなよ」と釘を刺し、意識だけを残したままアルトラシオンは視線をステラシアへと向ける。
以前と違い、リラックスしている様子に安心した。
クセの強いユーフィリアとも、なんだか仲良くやっているようだ。
「かわいいな……」
「アルト、心の声が漏れてる」
「お前だって、マリン嬢のことをかわいいと思っているくせに」
「は!? ばっ……バカヤロウっ」
クリフォードの素っ頓狂な声に、女性陣の視線が集まった。慌てて口を押さえ、小声で罵られる。それを誰かに聞かれたら……と思うが、この男に気安く接することを許しているのは周知の事実だった。まぁいいかと空っとぼけて、アルトラシオンはステラシアに笑みを向けた。
◆ ◆ ◆
アルトラシオンとのダンスがふわふわしたままあっという間に終わってしまい、ステラシアはちょっと残念な気持ちで合流してきたローゼリアたちと話していた。
存在が強すぎて怖いと思ったユーフィリアも、話してみると不器用で優しくてとても可愛らしかった。
こっそりアルトラシオンとの噂を聞いてみたけれど、「わたくし、王家の男に興味が微塵もありませんの」と堂々と言い切られ、納得させられてしまった。
噂は噂で、事実無根なのだと。
きっと、この楽しい雰囲気のまま、夜会は終わるはずだった。
楽しくて、楽しくて。立場も、身分も、一瞬忘れてしまったから、罰があたったのかもしれない。
「ちょっと、お姉さま……?」
唐突に肩に手を置かれ、ステラシアは驚いて振り向いた。
「なんでこんなところにお姉さまがいるの……?」
銀に近い金の髪。濃く深い金の瞳。吊り目がちな猫目のせいでキツい印象を与えそうだが、ふわふわとした髪がそれを否定する。
(同じ、顔――?)
色味の似た髪。対象的な色の瞳。ほとんど同じ背格好。そして印象は違えどよく似た面差し。
胸元を強調するような大胆なドレスは深い緑色。首や耳に煌めく宝石は、大粒のエメラルド。
彼女のその顔を見た瞬間、ステラシアはこめかみを押さえてよろめいた。
雪の振り始めた寒い朝。商店立ち並ぶ石畳。ぶつかった少女、降り注ぐ石。視界は赤に染まり、痛みは冷たさに紛れてわからなくて。浴びせられる声に、突き刺さる視線。伸ばされた腕は届かなくて、それで……それで――。
突き出された手のひらに、幼い少女。苛烈な金色の瞳に、届かなかった腕。ふわりと浮いた体が落ちて、落ちて、落ちて。
――頭が、痛い。
――頭が、痛かった。
――頭から、血が、出ていて。
――悲鳴と、叫び声と、笑い声と……それから……。
――ああ、頭が、痛い。
「ステラ。大丈夫か?」
ふらり揺れた体を、背後から受け止められる。呆然として見上げた先に、銀混じりの紫色が見える。腰をそっと支えられている。
けれど、肩に置かれた手は離れない。ギリッと握りしめられて、ステラシアは思わず声を出しそうになった。
細い腕なのに、意外と力が強い。整えられた爪が、ステラシアの肩に食い込んでいる。
ツウ……とひと筋血が流れ、背後のアルトラシオンが目を眇めた。
目の前の少女の手首を掴み、ステラシアから離そうとする。
「その手を離していただこうか、ご令嬢?」
「はあ? なんなのよ! お姉さまが場違いにもこんなところにいるから、わたくしが追い出してあげようとしてるんじゃない!」
「……彼女は私のパートナーだ。あなたは私のことを知らないのかな? そういうことなら、一度は見逃してあげよう」
「〜〜っ、なによ! パートナー? ふざけないで! お姉さまなんか、この世にいちゃいけないのよ!? なによなによなによ! みんなしてお姉さまお姉さまお姉さまって! お姉さまなんか……お姉さまなんか、凶星のくせに! この世に災禍を齎す魔獣の乙女のくせに!」
ざわりと空気が揺れた。
少女の叫び声は、高く大きく、ホール全体に響き渡った。きっと、この会場にいた誰もが、この声を聞いただろう。
腰を抱く手にグッと力が込められたのを、ステラシアは感じた。
首を巡らせて、周りを見てみる。マリンも、ローゼリアも、ユーフィリアも、クリフォードにジェラルドも、ステラシアを驚いたような顔で凝視している。
遠くでイアンが立ち尽くしているのを見た。
階上に座っていた国王が腰を上げようとし、護衛の騎士に押さえられる。傍らにいた神殿長が含むように笑ったことを、誰も気が付かなかった。
ただ、アルトラシオンだけは強い視線で少女を見つめている。
水を打ったように静まる会場で、少女の声だけがこだまのように響いている。
「いつだって、お姉さまのいるところに魔獣は現れたでしょう!? お姉さまが魔獣を呼び寄せ生み出しているのだから当然ですわよね!」
「ち、ちが……わたしじゃ、ない……」
「なによ!? そんなこと、誰も信じるわけないじゃない! ほら、出してみなさいよ! 魔獣を! ねぇ、お姉さま!?」
「やっ、や……痛……っ! やめて!」
両手で掴みかかられて、ステラシアは悲鳴を上げた。痛い痛い痛い。頭だけじゃなくて、体がもう、ぜんぶ痛い。
――痛い。
――嫌だ。
――もう、やだ。
目の前の、よく似た顔の少女の瞳が、赤く光ったように見えた。
「スターリア! なにをしてるんだ、こんな騒ぎを起こして……!」
「だって、お兄さま! お姉さまが!」
「なにを言っ、…………ステラ、シア?」
銀に近い金の髪。ステラシアよりも明るい紫紺の瞳。口元にあるほくろが目を引いた。
魔法騎士団の団服を着た、綺麗な顔立ちの男性。その男が、泣きそうに顔を歪めてステラシアへと手を伸ばす。
その手を振り払ったのはスターリアと呼ばれた少女だった。
「なんでなのお兄さま……っ」
「スターリア、落ち着きなさい」
「みんなして、ステラステラステラ……お姉さまがなんだって言うのよ……見るがいいわ! ほら、お姉さまが魔獣を呼んだのよ!」
――パリィンッ!!
彼女が叫んだ瞬間、東の離宮の窓が弾け飛んだ。
びゅう、と風が吹く。
冬の、冷たい風。
そこに混ざる、鼻を覆いたくなるようなツンとした、臭い。濃く、強い、瘴気。
誰かが、耐えきれなかったのか、胸を押さえて吐き出した。
どこかで、グラスが割れる音がした。
グルグルと唸る声がする。
窓の外に、いくつもの蠢く闇がある。落ちた瘴気が床を、壁を融かし、毒を撒き散らす。
ヒラリと漆黒の体躯が地を蹴った。
「そ、総員! 迎撃態勢!!」
ステラシアの背後で、アルトラシオンの声が上がる。
この夜会は魔獣討伐騎士団のためのものだった。騎士団員たちは、今回正装だとしても団服を纏い、帯剣を許されている。
第一王子の号令に、彼の部下たちはいち早く反応した。
一体、また一体と魔獣が討伐されていく。止めを刺すのは、星の力を持った騎士。弱らせるのは剣を握った騎士たち。
「魔法騎士団、迎撃準備。それから、避難誘導を優先。避難場所は、二階の広間。窓には僕が防御結界を張ったから、そう簡単には突破されない。急いで」
外からアストリオルが走ってきて、指示を出す。夜会の警備にあたっていたらしい騎士団が数名、避難誘導と迎撃部隊に分かれた。
会場は悲鳴で満ちていた。我先にと逃げ出そうとする貴族たちを、アルトラシオンが声を上げて押し留める。
「みなさん、落ち着いて。魔法騎士団副団長の指示に従ってください。大丈夫。このための魔獣討伐騎士団です。――アストリオル、頼んだぞ」
「はい、兄上」
叫んでいるわけでもないのに、アルトラシオンの声はよく通った。
頷くアストリオルを見送って、アルトラシオンがステラシアの腰を引き寄せる。
いつの間にか、スターリアの手はステラシアから離れていた。
「マリン嬢、ローゼとステラを頼む」
「……わかりました」
「ステラ、しっかりしろ。俺は出なくてはいけないから、マリン嬢とローゼのそばにいるんだぞ」
ぼんやりとしているステラシアを正面から一度抱きしめて、アルトラシオンは瘴気の濃く溜まった方へと走っていく。その後ろをクリフォードもまた追いかける。
行かないでほしかった。ひとりにしないでほしかった。けれど、伸ばした手はいつだって届かない。
「ふ、ふふふ……あはは……っ、ほらお姉さま、見て? あんなに魔獣が。ふふっ……ふふふっ、いつもいつも、お姉さまのせいで、なにもかも台無しになっちゃうの! そう、お姉さまが……おねえさま……お姉さまのせいで、わたくしは……っ」
少女の悲痛な叫びに、ステラシアの伸ばした腕が空を切る。
(やめて、やめて……返して! わたしの……わたし、の……)
伸ばした腕はいつだって届かなくて。
伸ばしてくれた手はいつも掴めなくて、取りこぼして。
そう、いつだって。
だから、諦めて……。
だというのに、落ちそうになった腕を、横から攫われた。
「どこのどなたか存じませんけれど、ステラ様が凶星だなんて、そんなわけないじゃないですか。わたしは、こんなに綺麗で温かい星の力を視たことないんですから」
「マリン、さん……」
「まったくだわ。わたくしのステラが、いたるところに魔獣を呼び出すような酷いこと、するわけないじゃない」
「ローゼ様に同意いたしますわ。この惚けた子にそんなことができるとは、到底思えませんもの」
ローゼリアまでもが、ステラシアの手を取って絡ませあった。ユーフィリアにいたっては、ステラシアの首を押さえている。
まず、いつローゼリアのものになったのか教えてほしいし、首根っこを捕まえるのはやめてほしい。
でも、会ったばかりのユーフィリアはともかく、四六時中ずっと一緒にいたマリンが手を握ってくれたことが、ステラシアは嬉しかった。
――嬉しかったのだ。
【クリフォード・グレン=アルカイディス】
22歳
赤い髪に赤茶の瞳のどこか粗野な物言いの青年。明るく爽やか。
アルカイディス侯爵家の3男。
12歳の頃にアルトラシオンに出会い忠誠を誓い、ここまで来た。
イアンとは小さい頃からの幼馴染。ウィルフレッドは反りの合わない腐れ縁。アルトラシオンに気安く接することを許されている1人。
昔ひと目見た赤髪の少女に一目惚れしてから、たとえモテてもずっと一途。




